2026.06.13 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「みんなバカだな」と思っていた進学校の落ちこぼれが、10カ月で公認会計士に合格するまで——株式会社SOLEIL Libertad 代表 市ノ澤翔

進学校で、同級生が受験勉強に追われていた頃。彼はサッカーボールを蹴り、麻雀牌を並べ、「大学なんてお金払って遊びに行くだけじゃないか」と本気で思っていた。高校卒業後は進学も就職もせず、5年ほどをフリーターとして過ごした。
この記事の要点
- 01人がやるからやるとか、みんながそう言うからとか、そういう理由では動かないタイプなんです。
- 02経営しても、それは変わっていないと思いますね。
- 03経営者が「採用」や「集客」に集中できる環境をつくるためには、まず「お金の流れ」を正しく理解してもらうことが大事と思っています。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「みんなバカだなぐらいに思ってましたね」と、市ノ澤翔さんはあっけらかんと笑う。
進学校で、同級生が受験勉強に追われていた頃。彼はサッカーボールを蹴り、麻雀牌を並べ、「大学なんてお金払って遊びに行くだけじゃないか」と本気で思っていた。高校卒業後は進学も就職もせず、5年ほどをフリーターとして過ごした。
転機は24歳。「自分の力を証明したい。人に話を聞いてもらえる存在になりたい」
その一念で、三大難関資格のひとつ、公認会計士試験に挑戦することを決意する。そこから約10カ月、一発合格。世界No.1会計ファームのPwC Japan(あらた監査法人)へ入社し、その後独立。現在は株式会社SOLEIL Libertadの代表として、1000社以上の中小企業の財務改善を指導してきた。華やかな学歴も、順風満帆なキャリアも持たない。それでも、自分の頭で考え、自分の足で歩み続けた男の原点に迫った。(以下、市ノ澤さん)
会社名:株式会社SOLEIL Libertad
役職:代表取締役
氏名:市ノ澤翔(いちのさわ しょう)
ザ・昭和の中流家庭。勉強より、ふざけることが得意だった
——生い立ちから聞かせてください。どんな家庭で育ちましたか?
市ノ澤さん:いわゆる「昭和の中流家庭」ですね。父がサラリーマンで、母は専業主婦でした。小学校の高学年くらいからパートに出るようになって。弟がいる四人家族で、本当に「日本の昔の普通の家庭」って感じです。
会社経営とは全く縁がない家庭で、そういう教育を受けたこともなかったです。高校を出て、大学に行って、就職しろ。その流れを「当たり前」として育ちましたね。
——学生時代のキャラクターは?
市ノ澤さん:ひたすらふざけてましたね(笑)。勉強は全くしないし、先生の言うことも聞かない。ヤンキーとか、グループをつくって威張るタイプではありませんでした。ただただふざけているやつ、という感じで。先生からしたら扱いにくかったと思います。
サッカーはずっとやっていて、小学校・中学校はクラブチームで、高校は部活で続けました。正直、部活がなければ学校に行く意味もあまりなかったくらい。勉強以外は、友達と遊ぶかふざけているか、それだけですね。
——スポーツ少年だったんですね。
市ノ澤さん:そうですね。勉強は一切やらなかったけど、サッカーだけはやってた。でも、プロを目指していたとかじゃなくて、ただ好きだからやってた感じです。高校が進学校だったので、周りはめちゃくちゃ受験勉強してましたけど、自分はもう別の世界の話みたいな感覚でしたね。
進学校で「大学に行く意味」がわからなかった——本当に、一ミリも
——進学校に通いながら、大学には進まなかったと。
市ノ澤さん:そうですね。同級生は自分以外全員受験してましたけど、自分はそもそも大学に行けなかったんで。勉強を全くしていないので当然ですよね(笑)。
正直「なんでみんな大学行くんだろう」っていう感覚でしたね。みんなバカだなぐらいに思ってましたよ。
——バカ、というのは?
市ノ澤さん:だって大学って、遊びに行くところじゃないですか。「お金払って遊びに行くのか」みたいな感じで、理解できなかったんですよね。別に遊ぶだけなら、わざわざ高い金払わなくてもできるじゃないですか。
今思えば完全に視野が狭かったんですけど(笑)、当時はそういう発想がそもそもなかった。周りに流されるとか、親に言われるからとか、そういう動き方が自分には合わなかったんだと思います。
——その「人に流されない」感覚は今にもつながっていますか?
市ノ澤さん:そうかもしれないですね。人がやるからやるとか、みんながそう言うからとか、そういう理由では動かないタイプなんです。良くも悪くも。経営しても、それは変わっていないと思いますね。
麻雀・パチンコ・フリーター。それでも「焦り」はなかった
——高校卒業後、約5年間はフリーターだったとのことですね。
市ノ澤さん:進学もせず、就職もせず。バイトや派遣社員をやりながら、地元でふらふらしてましたね。定職には就いていないです。麻雀とかパチンコとか、そんなんばかりやってました。今の自分からは想像つかないかもしれないですけど(笑)、当時はそれが普通でした。
——周りは就職していく中で、焦りや迷いはなかったですか?
市ノ澤さん:なかったですね。当時は「このままじゃいけない」っていう感覚があったら、もっと早く動いてたと思うんです。でも正直、そこまでリアルじゃなかった。
お笑い芸人になりたいっていう気持ちもありましたよ。毎日楽しかったし、あとはそれで完結してた。でも、何かが足りない感覚はうっすらあって。それが変わったのが、24歳のときでしたね。
24歳、「自分の力を証明したい」——消去法で選んだ公認会計士
——24歳で転機があったと聞きました。
市ノ澤さん:「今のままじゃいけれど、自分の力を証明したい。人に話を聞いてもらえる存在になりたい」っていう気持ちが急に出てきて。じゃあ何か難しい資格を取ろう、と。
——なぜ公認会計士だったんですか?
市ノ澤さん:消去法ですね(笑)。三大難関試験を調べたんですよ。司法試験、公認会計士、国家一種。国家一種は面接があるので学歴なしの時点で無理。司法試験は当時テレビで弁護士が沢山出ていたので粋が無いかなと。で、残ったのが公認会計士だった。動機はそれだけです。
でも、始めてみたら面白かったんですよ。数字を通じて会社の実態が見えてくる感覚とか、難しいからこそ燃えてくる感覚とか。気づいたら本気になってましたね。
——そこから約10カ月で一発合格。相当な集中力だったと思いますが。
市ノ澤さん:もう死ぬ気でやりましたね。ニートだったので時間はあった。逆に言えば、退路を断って勉強するしかなかった。2007年10月に合格して、翌年にPwC Japanに入りました。
世界No.1の監査法人へ。そして1000社以上の財務を変える経営者へ
——PwCというのは、世界的な会計ファームですね。
市ノ澤さん:そうですね。大企業の監査業務を担当して、製造や商社、小売業などを見てきました。当時の自分からしたら、考えられない場所にいるなって感じでしたよ(笑)。
その後、ボッシュ(パッケージングテクノロジー)の財務部でM&A関連業務を担当して、2014年に独立しました。
——そして今の株式会社SOLEIL Libertad(旧名称リーベルタッド)を立ち上げた。
市ノ澤さん:はい。今はMonolith_Partnersという会計事務所のフランチャイズも展開していて、中小企業の財務改善・資金繰り改善支援をしています。1000社以上に関わってきて、やっぱり財務が弱い会社は本当に多いなと感じますね。
経営者が「採用」や「集客」に集中できる環境をつくるためには、まず「お金の流れ」を正しく理解してもらうことが大事と思っています。それが私の仕事のベースにあります。
——最後に、これからどんな方と一緒に働きたいですか?
市ノ澤さん:即戦力で、マネジメントができて、会計・税の知識がある方が今一番欲しいですよ。難易度は高めだとわかってますけど(笑)。あとは若手の営業マンも育てていきます。
自分がそうだったように、学歴とか最初のキャリアは関係ないと思っています。自分で考えて動ける人なら、一緒に面白いことができると思いますね。
会社名:株式会社SOLEIL Libertad 設立:2011年10月 代表:市ノ澤翔(いちのさわ しょう) 事業内容:中小企業の財務改善・資金繰り改善支援、会計事務所フランチャイズ(Monolith_Partners FC) 所在地:茨城県守谷市
市ノ澤さんのVoicyはこちらから
取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社One Rep)
ぶち上げch noteインタビュー希望の方はこちら
人生ぶち上げch出演希望の方はこちら
この会社が気になったら
この会社に興味があります
読み込み中…



