2026.08.14ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「逆境が来るほど、ぶち上がる」――オーストラリアでホームレスを経験した大学生が、島根で抹茶ラテカフェを開く。ぐりはまっちゃ・浜口飛雄馬さん

「逆境が来るほど、ぶち上がる」――オーストラリアでホームレスを経験した大学生が、島根で抹茶ラテカフェを開く。ぐりはまっちゃ・浜口飛雄馬さん

「今となれば時給200円もホームレスも苦い経験でも何でもなくて。マジで自分のこの逆境に打ち勝つチャンスが来たんかなって」。 開業のわずか2日後にテレビの取材が入り、4ヶ月後には地上波で放送された抹茶ラテカフェがある。

この記事の要点

  • 01島根県松江市で「ぐりはまっちゃ」を営む浜口飛雄馬さんは、現役の大学生でありながら、開業からわずか9ヶ月で経営の浮き沈みを経験してきた。
  • 02今回は、そんな浜口さんに、弱かった過去から、島根への恩返しとして始めた抹茶ラテカフェ、そして来年から始まる新しい挑戦まで伺った。
  • 03浜口さん:開業は去年の10月27日で、まだ1年に満たないんですけど、開業当初は売上が伸びたものの、途中で大きく落ち込む時期もありました。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「今となれば時給200円もホームレスも苦い経験でも何でもなくて。マジで自分のこの逆境に打ち勝つチャンスが来たんかなって」。

開業のわずか2日後にテレビの取材が入り、4ヶ月後には地上波で放送された抹茶ラテカフェがある。

島根県松江市で「ぐりはまっちゃ」を営む浜口飛雄馬さんは、現役の大学生でありながら、開業からわずか9ヶ月で経営の浮き沈みを経験してきた。幼少期は人見知りで臆病、小中学校では体型をいじられ「言い返したくても言い返せない」9年間を過ごし、高校では甲子園を目指すもコロナ禍で大会そのものが消滅。その後の浪人生活にも失敗し、たどり着いた先が島根県だった。

オーストラリア留学中には時給200円で働かされ、3日間のホームレス生活も経験している。今回は、そんな浜口さんに、弱かった過去から、島根への恩返しとして始めた抹茶ラテカフェ、そして来年から始まる新しい挑戦まで伺った。以下、浜口さん。


【プロフィール】

屋号:ぐりはまっちゃ

業態:抹茶ラテ専門カフェ

氏名:浜口飛雄馬(はまぐち ひゅうま)


大学生が経営する、島根の抹茶ラテ専門カフェ

間借りスタイルで営む、週4日だけの店

――「ぐりはまっちゃ」は、どんなお店なんですか。

浜口さん:島根県松江市伊勢宮町にある焼肉店「焼肉一期」さんを、昼の時間帯だけお借りして間借り営業している抹茶ラテ専門カフェです。営業日は土曜日、日曜日、月曜日、祝日のみ。平日は大学の研究があるので、その合間を縫って店を回してきました。

――開業からの手応えはどうですか。

浜口さん:開業は去年の10月27日で、まだ1年に満たないんですけど、開業当初は売上が伸びたものの、途中で大きく落ち込む時期もありました。それでもSNSでの発信を軸に、着実にファンを増やしてきた感じです。

臆病だった幼少期と、9年間の苦い経験

言い返したくても言い返せなかった日々

――今のエネルギッシュな浜口さんからは想像できないですが、幼少期はどんな性格だったんですか。

浜口さん:初めてのことにめっちゃ怖がってましたね。保育園に行くのも泣きながらだったって、親から聞かされて育ちました。

――学校生活はいかがでしたか。

浜口さん:小中学校では体型をいじられて、性格も弱かったので、好き勝手なことを言われる9年間を過ごしました。言い返したいけど言い返せなかった苦い人生が、もう9年ぐらい続いとったんです。今の筋トレ習慣も、当時のコンプレックスがきっかけで始めたものですね。

甲子園消滅、浪人失敗――それでも語り続けた夢

一人で朝練を続けた高校時代

――高校時代は野球部だったそうですね。

浜口さん:甲子園を目指して、一人で朝練を続けてました。自分しかもう甲子園に行きたいっていうやつがおらんくて。周りに朝練とか誘っても誰もついてこーへんかったんです。父も甲子園経験者で、新庄剛志さんと同世代で共にプレーしていて。その父の思いも背負ってました。ちなみに自分の名前も、昭和の野球アニメの主人公にちなんで付けられているんです。

――甲子園への挑戦はどうなったんですか。

浜口さん:自分たちの代でコロナ禍が直撃して、甲子園そのものがなくなってしまって。加えて肩の靭帯を痛めたこともあって、野球を断念しました。そこから医師を志して1年間浪人したんですけど、これも失敗して。当時は夢や目標を語っても、周りからめっちゃ否定をされてました。

たどり着いた島根、出会った「大将」の一言

弱い自分を隠すための武装

――島根にはどうやってたどり着いたんですか。

浜口さん:大学受験に失敗して、たどり着いたのが島根県でした。大学入学当初は、弱い過去の自分を隠すために、サングラスや黒い革ジャンで外見を武装してましたね。大学デビューっていう言葉があるように、弱い自分を見せたくなかったんです。

――転機になった出来事は。

浜口さん:アルバイト先の割烹料理店で出会った大将の一言でした。「お前は弱さを隠そうとしたのが見え見えや」って見抜かれて、「一回海外行ってこい、自分がどれだけ力のない存在なんか味わってこい」って言われて。この一言がきっかけで、2024年からの1年間、オーストラリアへ渡ることになったんです。

時給200円、そして3日間のホームレス生活

法律が届かない場所で起きたこと

――オーストラリアでの生活はどうでしたか。

浜口さん:最初は英語が話せないことで理不尽にシフトを減らされたりして、苦労が続きました。自分を制するなら、絶対に英語をマジで死ぬほど勉強したろって一念発起して、猛勉強しましたね。

――特に厳しかった経験はありますか。

浜口さん:内陸部の農場で働いていた時期です。オーストラリアってめっちゃ広いから、真ん中らへんは正直法律関係ないんですよ。時給200円で働かされた上に、オーナーから理由もなく「お前ら全員出ていけ」って言われて。バス停や空港で夜を明かす3日間のホームレス生活を経験しました。

――その経験を今はどう捉えていますか。

浜口さん:今となれば時給200円もホームレスも苦い経験でも何でもなくて。あ、マジ自分のこの逆境に打ち勝つチャンスが来たんかなって、めちゃくちゃ悩みかけやったんです。この経験を通じて、人生をゲームとして捉えて、苦難が来るほど「ぶち上がる」というマインドを確立しました。

島根への恩返しとして生まれた「ぐりはまっちゃ」

抹茶文化が受け継がれる、珍しい街

――帰国後、どんな経緯で開業に至ったんですか。

浜口さん:2025年1月に帰国して、次の目標を探していました。海外生活を通じて日本文化が世界で愛されていることを実感しましたし、同時に弱かった自分を変えてくれたのが島根県だという思いから、島根に恩返しできる形を模索していたんです。

――「抹茶ラテ」に行き着いたきっかけは。

浜口さん:当時交際していた相手が「今、抹茶がすごい人気やで」って教えてくれたのがきっかけです。調べる中で、島根県は抹茶を点てる抹茶文化が江戸時代から現代でも受け継がれている珍しい街だと知って。これを広めたら日本の文化も、島根県の発信にもつながるって着想しました。2025年7月に構想を固めて、その年の10月27日にぐりはまっちゃをオープンさせたんです。

――店名の由来を教えてください。

浜口さん:自分の姓「浜口」のニックネーム「ハマグリ」を逆さにした「グリハマ」に、「ちゃ(茶)」を足しただけなんです。意外と気負わないネーミングですよね。

開業2日後にテレビ取材、開業4ヶ月でメディア露出

SNSが生んだ、外国人観光客の来店

――反響はいかがでしたか。

浜口さん:開業からわずか2日後には、早くもテレビの取材が入りました。放送は12月頭で、開業から4ヶ月というスピードでのメディア露出でしたね。反響はSNSが中心で、外国人観光客の来店も少なくないです。本当に周りが入り組んでいる立地なので、SNSでしか来れないんですよ。個人アカウントの「sekainogurihama」とカフェアカウントの「gurihamatcha」、両方で発信しています。

――メディア掲載の実績は。

浜口さん:これまでに山陰放送(TSS)や日本海テレビなど地元テレビ局2局、雑誌・記事媒体には約10本掲載していただきました。

従業員の熱意とのギャップ――経営で学んだ人の扱い方

前で走るだけでは、誰もついてこない

――経営で苦労したことはありますか。

浜口さん:開業当初は5人体制でスタートして、大学生活の一環としてボランティア感覚で参加してくれるメンバーもいました。でも自分自身の熱量と周囲の熱量には大きな差があって。自分は理想にめがけて突っ走っちゃうタイプで、結構自分だけが前で走ってる感じだったんです。

――そこからどう学びましたか。

浜口さん:深夜まで無理に働かせてしまうなど、従業員のケアが不十分だったために辞めていくメンバーも多かったです。本当は前で走るんじゃなくて、背中を見せてやれる経営者がいいなと思うので。この経験から、メンタルケアを含めた人の扱い方を学びました。

来年は上京、目指すは年収3000万円とドバイでのパーティー

卒業後のキャリアと、店の行方

――卒業後の進路は決まっているんですか。

浜口さん:来年の大学卒業を控えて、東京のIT機器法人営業のベンチャー企業から内定をもらっています。会社選びでは悩んでいた時期もあったんですけど、その懸念は解消できたので、このままこの会社に進むつもりです。

――目標にしている数字はありますか。

浜口さん:年収3000万〜5000万円ですね。憧れのYouTuber「ボバ・トルランス」がドバイのブルジュ・ハリファの前で撮影した動画に影響を受けていて。自分もドバイの高層ビルのてっぺんでパーティーできるような人間になりたいです。

――店舗はどうなる予定ですか。

浜口さん:卒業を機に一区切りをつける可能性もあります。誰かが継ぎたいと言ってくれるならいいと思うけど、自分がいるからこそのぐりはまっちゃだなと思ってる自分もいて。カフェ運営に限らず、抹茶のワークショップなど別の形での島根への関わり方も模索しています。

人より働き、誇れる人生を――読者へのメッセージ

キョロキョロしてる暇はない

――一歩を踏み出せずにいる読者に、伝えたいことはありますか。

浜口さん:人生は本当にあっという間です。キョロキョロしてる暇はなくて、何者かになりたいなら人より働いて、それで自分の人生に誇りを持てるような人生を歩んでほしいです。本当に過去の自分に打ち勝って、それで未来の自分にも打ち勝てるような、そういうぶち上がる人生を送ってください。


臆病だった幼少期、甲子園消滅と浪人失敗を経て、たどり着いた島根での出会い。オーストラリアでの時給200円とホームレス生活という逆境を「ぶち上がる」力に変え、浜口さんは島根への恩返しとして「ぐりはまっちゃ」を立ち上げた。従業員との熱量の差に悩みながらも人の扱い方を学び、来年は上京してIT業界でのキャリアを歩み始める。逆境が来るほど燃える――その原動力は、これからも形を変えて浜口さんを前に進ませていく。


店舗概要

屋号:ぐりはまっちゃ

代表:浜口飛雄馬

業態:抹茶ラテ専門カフェ

所在地:島根県松江市伊勢宮町(焼肉一期を間借り営業)

営業日:土曜日・日曜日・月曜日・祝日

開業:2025年10月27日


取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)


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