2026.07.31 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】学業も仕事もうまくいかずに、どん底を経験した青年が起業するまでの経緯。XENTEI株式会社・鈴木ジョナサンさん

がむしゃらに生きてきた男は、日本トップランナーのコーチング会社の執行役員を務めた。独立後のいま、「前提」を変える仕事をしている。 名古屋を拠点にキャリアスクールおよび英会話習得スクールを運営するXENTEI株式会社。代表を務めるのは、ポーランドと日本のハーフとして静岡県伊東市で生まれ育った鈴木ジョナサンさん。以下、ジョナサンさん。
この記事の要点
- 01大学院時代にうつ状態を経験しながらも路上ライブで気持ちを立て直し、友人との民泊事業の起業、IT企業での下積み、外資系医薬品企業での抜擢を経て、コーチング業界へ。
- 02今年7月には初めて社員を1名採用しまして、少しずつですが組織としても大きくしていきたいと思っているところです。
- 03その方だからこそ提供できる価値があって、しっかりと売上を立てられるくらいの成果も出されました。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
がむしゃらに生きてきた男は、日本トップランナーのコーチング会社の執行役員を務めた。独立後のいま、「前提」を変える仕事をしている。
名古屋を拠点にキャリアスクールおよび英会話習得スクールを運営するXENTEI株式会社。代表を務めるのは、ポーランドと日本のハーフとして静岡県伊東市で生まれ育った鈴木ジョナサンさん。以下、ジョナサンさん。
複雑な家庭環境の中で長男として家族を支え、奨学金で高校・大学・大学院へ進学。大学院時代にうつ状態を経験しながらも路上ライブで気持ちを立て直し、友人との民泊事業の起業、IT企業での下積み、外資系医薬品企業での抜擢を経て、コーチング業界へ。独立後の現在はXENTEI株式会社代表として、コーチングをベースとした、XENTEIキャリアスクール、英会話習得スクールを運営している。
会社名/XENTEI株式会社 役職/代表 氏名/鈴木ジョナサン
「対話」で人を変える、会社に依存しない、自分だけのキャリアを作るスクールの正体
個人にも組織にも伴走する
——まず、現在の事業内容について教えてください。
ジョナサンさん:今はコーチングスクールの運営を軸に、個人の方や経営者、リーダーの方向けにコーチングを提供しています。対話力を磨くこと、目標達成をすること、そして人材育成をすること。この3つを軸に、クライアントさんと伴走させていただいています。今年7月には初めて社員を1名採用しまして、少しずつですが組織としても大きくしていきたいと思っているところです。
電気が止まる家で、少年は”父親の代わり”を演じた
長男として家族を守る使命感
——幼少期はどのように過ごされていたんですか?
ジョナサンさん:静岡県の伊東市という、信号もないような田舎で生まれ育ちました。近所に同世代の子どもはほとんどいなくて、カブトムシやクワガタを捕りながら、自然の中でわんぱくに育った感じですね。ただ、小学校高学年から中学にかけて、家庭環境が大きく崩れていったんです。父はもともとプロのミュージシャンを目指していたんですが夢半ばで諦めて、そこから紆余曲折あり仕事が続かなくなって。母はポーランド人で、僕が長男だったので、父の代わりに家族を守らなきゃいけないという使命感で必死でした。家の電気が止まったり、先輩がご飯を差し入れしてくれたり。周りの友達にはなかなか言えなくて、高校時代は斜に構えていましたね。支えてくれたのは、父の影響で好きになった音楽でした。
「もうキャリアは終わったな」と思った、大学院でのうつ状態
一日の食費、100円
——これまでで一番きつかった経験を教えてください。
ジョナサンさん:奨学金で高校、大学と進んで、大学院では政治経済を研究していました。自分のような経済的に苦しい学生が減る社会を作りたいという思いがあって。大学院を受験する時期には、生活費を稼ぐアルバイトと研究の両立が本当にハードで、一日の食費が100円しかない時期もありました。キャベツ一玉をどうやりくりするか、みたいな。なんとか名古屋大学の大学院に入学することができましたが、その後の研究がきつすぎて、朝起きられなくなって。不眠にもなって、「もうこれで自分のキャリアは終わったな」と思いましたね。
誰も足を止めなかった路上ライブが、すべての始まりだった
「挑戦するものにこそ幸運が訪れる」
——そこからどうやって立ち直ったんですか?
ジョナサンさん:もし最後にやり残したことがあるなら音楽だと思って、奨学金で楽器を買って路上ライブを始めたんです。歌が得意だったので、これで思い残すこともないだろうと思っていたら、全く人が立ち止まってくれなくて。それがなんだか悔しくて、「明日もまたこよう」という、うつ状態から抜け出すポジティブなきっかけになったんです。でも毎日続けていたら、少しずつファンがついてくれるようになって、歌の仕事を紹介してくれる人まで現れて。そうやって好きなことを仕事にしていく中で、メンタルが少しずつ回復していきました。実は僕、18歳の時にポーランド人の叔父から名刺入れをプレゼントされたことがあって、そこにポーランド語で「挑戦するものにこそ幸運が訪れる」ということわざが書いてあったんです。振り返ると、本当にその通りの人生でした。ピンチの時ほど何かに挑戦して、なんとか前に進んできた気がします。
会社が一度潰れ、あえて選んだ「一番下」からの出直し
好条件のオファーを断った理由
——大学院を出てからのキャリアも波乱万丈だったそうですね。
ジョナサンさん:大学院在学中に、外国人の友人と一緒に民泊事業を立ち上げたんです。最初はCEOという立場で任せてもらって、部屋数も1部屋、2部屋と増やしていきました。ただ、僕は品質を上げたい、彼は拡大してシェアを取りたいというところで噛み合わなくなって、結局喧嘩別れをしてしまって。会社も一度潰れました。組織って本当に難しいんだなと痛感しましたね。実はその頃、別の民泊運営会社から役員としてヘッドハンティングの話もあって、営業車や一軒家まで用意するという好条件だったんですが、僕はそれを断って、あえて30人規模の中小IT企業に一番下の立場で入社しました。組織というものをちゃんと経験してから挑戦したいと思ったので。26歳で新卒として入社し、まずは「髭を剃ってきてください」と指摘されて、とても恥ずかしかったです(笑)。
「このままだとまずい」英語ゼロから外資系へ飛び込んだ
入社3か月で後任に指名される
——その後、外資系の医薬品業界に転職されたと伺いました。
ジョナサンさん:コロナ禍で周りの営業マンがどんどんリストラされていくのを見て、「このままだとまずい」と思って転職しました。世界で2番目にガラス製の注射器を供給しているステバナートグループ(Stevanato Group)というイタリアの会社で、英語しか使わない環境でした。それまで英語は全然話せなかったんですが、面接の練習を丸暗記するくらい猛勉強して、3回の英語面接を突破して入社しました。入社して3か月くらいで、日韓の顧客を担当していた先輩が退職することになって、僕が後任に指名されたんです。周りの社員全員が「入って3か月でできるわけがない」と反対する中で、最終的に僕になったという経緯でした。引き継ぎの2週間は1日12時間くらい英語漬けで、最終日の彼のお別れ会でお酒を飲んだ時には、頭がバグってしまった感じで、急に日本語が話せなくなりました(笑)。そこから3年半、日韓のお客様を英語で担当して、鍛えられました。
社名「XENTEI(前提)」に刻んだ
生き生きする家庭を増やしたい
——会社名にはどんな思いが込められているんですか?
ジョナサンさん:「新しい前提を作れば、問題は解決できる」と僕は思っていて、そこから「前提」という社名にしました。新たな「ゼンテイ」を創り出す。「前提」が変わり、働くお父さんが活き活きすれば、「善」い家「庭」が増える、という思いも社名に刻んでいます。善い、家庭、でゼンテイという意味も入っているんです。僕自身、コーチングやコンサルティングで関わらせていただく中で、お父さんお母さんに当たる人が元気になれば、その姿を見て子どもたちも生き生きしてくる、ということを何度も見てきたんです。生き生きする家庭が世の中に増えたらいいなという願いを込めました。あと、海外の方々と仕事をしてきたからこそ、日本人の勤勉さや精神性が本当に素晴らしいと感じていて、その良さを世界に発信したいという思いも、日本語の社名に込めています。
お金だけ追えば、家族と健康を失う。人生を満たす8つの領域
——コーチングをする上で、一番大切にしている価値観を教えてください。
ジョナサンさん:バランスという考え方です。人生をキャリア、お金、家族、趣味、学習、健康、人間関係、社会貢献という8つの領域に分けて、そのすべてを満たしていくことが、一番豊かになる生き方だと思っています。本気でお金だけを追いかければ稼ぐことはできると思うんですが、その代わりに健康や家族との時間を失ってしまうこともある。僕がやりたいのは、会社に依存しないキャリアを、コーチングのスキルと自分の好きなことで作っていくことなんです。
好きなこと”で成果を出す
——クライアントさんの挑戦を後押しできて、印象的だったエピソードはありますか?
ジョナサンさん:コーチングスキルを、好きなことと掛け合わせたら、みるみる成果が出るお客様が多かったです。たくさんあるんですが、最初に「コーチングを教えてください」と言ってきてくれた方は、成長がすごくて。今では本業の会社で社内コーチとして大抜擢されていて、すでに有料のクライアントさんも抱えています。自分だけのサービスをつくって、売り上げを立てるまで伴走支援するのですが、開始2ヶ月で70万円売り上げた女性コーチがいたり、同様に2ヶ月で160万円の企業案件が成約となった方がいたりします。その方だからこそ提供できる価値があって、しっかりと売上を立てられるくらいの成果も出されました。皆さんが本気で挑戦して、成果を出していく姿を見られるのは、本当にやりがいを感じます。
「挑戦しない人生も、絶対に大変」。すべての人へ
スーパーウルトラホワイト企業を目指して
——今後、挑戦していきたいことを教えてください。
ジョナサンさん:いつか、18歳以下の方が無料でコーチングを受けられる「第二の学校」のようなものを作りたいと思っています。今年7月に初めて社員を1名採用したんですが、週休3日、1日6時間労働という条件で、家族との時間も自分の趣味の時間も大切にしてほしいという思いを込めています。今、僕の会社で働きたいと言ってくれる方が2、3人いて、それが本当に嬉しいですね。スクールを広げていって、いっぱいお休みもあるし、やりたいことも実現できる、そんな「スーパーウルトラホワイト企業」を作っていきたいです。
——最後に、挑戦したくても一歩を踏み出せない方へメッセージをお願いします。
ジョナサンさん:挑戦した先にある人生も大変です。めちゃくちゃ大変。でも、挑戦せずに今の仕事を続けていくのも大変ですよね。楽な仕事なんて、僕は見たことがありません。どんなキャリアを歩んでも、絶対に大変なんです。挑戦しても、挑戦しなくても、大変であることに変わりはありません。どちらを選択したいか、だと思います。だったら、どうせ大変なら、挑戦した方が楽しいんじゃないかな。この言葉を、皆さんに届けたいと思います。
会社名/XENTEI株式会社
代表/鈴木ジョナサン
事業内容/コーチングスクール運営、個人・経営者・リーダー向けコーチング
所在地/愛知県名古屋市
取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)
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