2026.06.17 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「世界最高峰のリユース企業を、必ず成し遂げる」——顧客満足度主軸の経営者。株式会社RAFUCAL・吉岡慈恩さん

名古屋を拠点に、リユース(不用品買取・再販)事業を展開する経営者・吉岡 慈恩さん(以下、吉岡さん)。取材時27歳(来年28歳)で、現在は会社4期目を迎える。営業会社では珍しく「インセンティブなし」の報酬体系を採用し、顧客満足度の最大化を主軸に組織を作り上げている人物です。
この記事の要点
- 01営業会社では珍しく「インセンティブなし」の報酬体系を採用し、顧客満足度の最大化を主軸に組織を作り上げている人物です。
- 022ヶ月で100人組織を作り、20歳で組織人数は1000人を超え、月収300万円・組織売上は数億規模。
- 03元々は売上ベースで世界一を目指していたんですけど、それは自分の目指す組織じゃないなと気づいて、軸を変えました。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
世界最高峰のリユース企業へ—顧客満足度を主軸に、インセンティブを撤廃した営業組織
名古屋を拠点に、リユース(不用品買取・再販)事業を展開する経営者・吉岡 慈恩さん(以下、吉岡さん)。取材時27歳(来年28歳)で、現在は会社4期目を迎える。営業会社では珍しく「インセンティブなし」の報酬体系を採用し、顧客満足度の最大化を主軸に組織を作り上げている人物です。
18歳でネットワークビジネスのセミナーに参加し、19歳で本格的に活動を開始。2ヶ月で100人組織を作り、20歳で組織人数は1000人を超え、月収300万円・組織売上は数億規模。しかし、関係する会社が1年で3回飛び、半年間のニート期間を経て、通信営業(auショップで光回線販売)で東海ナンバーワンを獲得。その後、リユース業の世界に飛び込み、株式会社RAFUCALを設立しました。
「世界最高峰のリユース企業」を必ず成し遂げる—売上ではなく顧客満足度を指標に置く、その想いについて伺いました。
会社名 株式会社RAFUCAL
役職 代表取締役
氏名 吉岡 慈恩(よしおか じおん)
インセンティブを撤廃した営業会社—売上ではなく顧客満足度で測る組織設計
木村:御社の事業について教えてください。
吉岡さん:リユース業—不用品の買取と再販です。リユースって、お客様にもメリットがあって、売る側買う側両方が得をして、社会のためにもなる、しかも世界にも展開していけるという、僕の中で本当に素晴らしい業界だと思っています。
木村:営業会社ではかなり珍しいと聞きましたが、インセンティブ制度がないんですよね。
吉岡さん:そうなんです。リユース業界って、高額インセンティブがあるとお客様のためじゃなく会社の利益のために動く営業担当が多くなってしまうんですよ。それを根本から変えたくて、顧客満足度の最大化のためにインセンティブを撤廃しました。これがうちの一番の特徴だと思います。
大学野球の怪我から、心に穴が開いた18歳—ネットワークビジネスとの出会い
木村:起業に至るまでの経緯を教えていただけますか?
吉岡さん:大学で野球をやっていて、怪我で野球ができなくなったのが大きな転機です。お金もあるし、バイトもできるし、時間もあるのに、人生が急につまらなくなって、心に穴が開いた感じになって。18歳のとき、大学の同級生にネットワークビジネスのセミナーに誘われて、「熱中できそうだな」と興味本位で参加しました。最初は名古屋のセミナーで、その2〜3日後に奈良で研修があるというので、大学の野球をサボって奈良まで行ったんです。それがビジネスとの最初の接点でした。
2ヶ月で100人組織、月収300万円—20歳での感覚崩壊と、1年で会社が3回飛んだ経験
木村:ネットワークビジネスでの実績を教えてください。
吉岡さん:まず19歳になるまでの半年間はTwitterのアフィリエイトをやっていました。2ヶ月でフォロワー3万人まで伸びたんですが、仕掛け方が悪かったのか、8ヶ月目でやっと月収10万円ぐらいでした。毎日10時間、ひたすら手動でフォローし続けていたんですよ。
19歳でネットワークに本格的にシフトしてから、2ヶ月で100人組織になって、20歳のときには組織人数が1000人を超えました。月収は300万円、組織全体の売上は数億規模、僕自身もかなり稼いだ計算です。20歳でこれぐらいお金が入ると、本当に感覚が狂いますね。良いお金の使い方を知らずに、ブランド品と飲み代に使って、もう何も残っていません。
ところが、ちょうど2年経ったタイミングで会社が飛んだんです。そこから別のネットワークに2回行ったんですけど、特定商取引法の問題でまた飛んで、もう1回も飛んだ。1年で3回会社が飛びました。会社が悪いんですけど、僕らの信用がなくなって、組織もどんどん小さくなっていきました。
半年のニート期間、auショップで東海ナンバーワン—実業への転換
木村:そこから実業の世界にどうやって入っていったんですか?
吉岡さん:3回飛ばれて、もう「ネットワーク無理かも」と思って、半年ぐらいニートしていました。就職する選択肢もなかったので、当時のアップラインだった方に相談して、社長を紹介してもらいました。最初はauショップに入って光回線の営業をする仕事で、半年で東海ナンバーワンを取りました。
もっと稼げて、お客様に還元できる仕事がないかなと探していた時に、その社長がリユース業をやっているのを見学させていただいて、「これならできるな」と思って始めたのが今の会社の1期目です。
事務所はコンテナ、車のライトで夜まで出品—1期目の冬と夏
木村:1期目の時はどんな環境だったんですか?
吉岡さん:最初の1年間は事務所を借りるお金もなかったので、コンテナで1年やっていました。電気もトイレもなくて、夜になったら仕事ができないんで、車のライトをつけてネット出品していました。冬はカイロを持ってきて、手をかじかませながら出品。夏は汗だくになりながら蚊取り線香を置いて。今振り返ると、これがあったから今があると本当に思います。1年間全く上手くいかなかった最近の採用活動でも、この会社の歴史を絶対に話すようやり方を180°変えてみたら、ここに共感してくれる素敵な人が入り、上手くいくようになりました。
飛んだ時の周囲の目—「やべえやつ」と見られた1年
木村:これまでで一番きつかった経験は何ですか?
吉岡さん:飛んだ時、周りから「あいつがやってたやつ、飛んだわ」みたいに見られるんですよね。詐欺師じゃないんですけど、そういう目で見られて。インスタの発信もできなくなったし、人と会うのも怖いなと思った時期がありました。
乗り越えた理由は、「このままで終わりたくない」が大きかったです。20代の前半でそれだけの規模感の組織を経験している人って、自分の周りにも本当にいなくて、その自信は確かにあった。「このままで終わるわけない」という気持ちで踏ん張りました。
セミナー年間50本、1000人の前で話した経験—成功する人に近い基準値
木村:基準値の高さや人を巻き込む力は、どこで培われたんですか?
吉岡さん:もともとそうだったわけじゃなくて、ネットワークの時の研修の仕組みがとてもよかったんですよ。19歳から20歳の2年間で、セミナーを50本ぐらいやっていて。300人の前で1時間話したり、500人の会場の司会進行をしたり、1000人の前で話したこともあります。あの時期に「成功する人って何やっても成功する」という考え方の部分が、自分の中にインストールされた気がします。
世界最高峰のリユース企業へ—売上は通過点、お客様の質を主軸に
木村:今後のビジョンを教えてください。
吉岡さん:「世界最高峰のリユース企業」を必ず成し遂げます。元々は売上ベースで世界一を目指していたんですけど、それは自分の目指す組織じゃないなと気づいて、軸を変えました。今は、お客様の満足度が一番高い、リピーターがすごく多い、社員の質が一番高い、そこを目指す組織になっています。
もちろん100億といった売上は通過点として追っていきますが、それ自体がゴールではない。リユースっていう業界自体を、後々変えていきたいんです。
やらない後悔より、やった後悔—理想の自分と向き合うことから始まる
木村:これから挑戦したい若者へメッセージをお願いします。
吉岡さん:まずは人生の目的・目標を明確にすること。若い子って、ここがすごく不明確なんですよね。だから一歩踏み出せない。自分と向き合うことから始めてほしいなと思います。
あと、自分で決めてやったことって、別に後悔しないんですよ。今みんなが感じている後悔って、やった後悔じゃなくて「やらなかった後悔」がほとんど。「もっと勉強しておけばよかった」「もっと部活頑張ればよかった」みたいに。やった後悔って、好きな子に振られたり、部活で結果が出なかったりっていうものだと思うんですけど、これを今でも引きずっている人ってほぼいないんですよね。これは科学的にも証明されている。やった後悔の方が、得られるものが絶対に多いです。
挑戦し続ける日々を、一緒に歩んでいきましょう
会社概要
会社名:株式会社RAFUCAL
代表取締役:吉岡 慈恩
事業内容:リユース業(不用品買取・再販)
本社:名古屋
取材・文:木村光志(株式会社One Rep)
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