2026.07.05 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】お金の苦しみを知る男が、「正しい金融教育」に人生を賭ける理由「お金の苦しみを、自分の周りからなくしたい」--ファイナンシャルプランナー 永原仁成

福岡を拠点に活動するファイナンシャルプランナー・永原仁成(ながはら・じんせい)さんが、迷いなく口にする言葉だ。生命保険の代理店に所属しながら、グループのIFA会社と連携してNISAや証券口座までワンストップで提案し、子育て世帯に向けたマネーセミナーを精力的に開いている。
この記事の要点
- 01過去の経験、いま向き合う使命、そしてこれから実現したい未来について、語ってもらった。
- 02中学から知らない土地に引っ越して、環境がガラッと変わったタイミングでもありました。
- 03間借り営業から始めて、「自分で社長になりたいって言ってたじゃん」と背中を押されて、21〜22歳くらいで個人事業主になる決断をしました。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
福岡を拠点に活動するファイナンシャルプランナー・永原仁成(ながはら・じんせい)さんが、迷いなく口にする言葉だ。生命保険の代理店に所属しながら、グループのIFA会社と連携してNISAや証券口座までワンストップで提案し、子育て世帯に向けたマネーセミナーを精力的に開いている。
その言葉に重みがあるのは、彼自身がかつて本気でお金に苦しみ、そこから一歩ずつ人生を立て直してきた一人だからだ。だからこそ永原さんは、「無知はコスト。事前の一手は事後の百手に勝る」と信じている。
過去の経験、いま向き合う使命、そしてこれから実現したい未来について、語ってもらった。
いまの仕事——「保険」だけで終わらせない 子育て世帯のお金の不安に、まるごと寄り添う
——まず、いまどんなお仕事をされているのか教えてください。
永原さん:生命保険の代理店に所属していて、生命保険の販売がメインの仕事です。ただ、うちはグループ会社にIFAの会社があって、証券口座を開設したり、資産運用をサポートしたりすることもできるんですよ。
だから、保険だけじゃなくて、「NISAをやってみたい」というニーズがあれば、そのままグループ会社につないで、一緒にライフプランを組んでサポートしていく。お金まわりをワンストップで見られるのが強みですね。
——お客様はどんな方が多いんですか?
永原さん:やっぱり、お子さんが生まれたばかりとか、まだ小学校に上がる前くらいのご家庭が多いです。子育て世帯ですね。そういう方に向けたマネーセミナーが中心で、そこからの個別相談が多いです。
セミナーはオンラインでもリアルでもやっていて、いろんな人とコラボしながら、月に2〜3回。もっともっと増やしていきたいと思っています。紹介とセミナーを通して、たくさんの方とお会いしております。
——お客様には、どんな価値を届けたいと思っていますか。
永原さん:保険や投資の「商品」を売りたいわけじゃないんです。その方の人生やご家族にとって、お金が安心の土台になるように整えていく。お金の不安をひとつずつ減らして、本当にやりたいことにエネルギーを向けてもらえるようにする。そのお手伝いができたら、一番うれしいですね。
ここまでの歩み——遠回りも、すべて意味があった 久留米で生まれて
——幼少期のことも少し伺えればと思います。どんな環境で育ったんですか。
永原さん:福岡の久留米で生まれました。田舎の方で。家庭の事情でいろいろあって、僕が12歳のときに引っ越すことになったんです。中学から知らない土地に引っ越して、環境がガラッと変わったタイミングでもありました。
昔から人の顔色をうかがうところがあって、その癖がしばらく抜けなくて。新しい土地で、なかなか馴染めずに、どっちかというと静かなタイプの子どもでしたね。
大学デビューと、学生起業
——大学に入って、過ごし方は変わりましたか?
永原さん:いわゆる大学デビューですね(笑)。「ここからは自分らしく楽しむぞ」って。いっぱい挑戦して、本当に悔いのない大学生活でした。
その流れで、3年生くらいのときに学生起業もしたんです。異業種交流会で出会ったカフェのオーナーさんに「夜は店が空いてるから、一緒にバーをやらないか」と声をかけてもらって。間借り営業から始めて、「自分で社長になりたいって言ってたじゃん」と背中を押されて、21〜22歳くらいで個人事業主になる決断をしました。親には就職を勧められたんですけど、父とカフェで話して、「自分の道に行きたいんだ」と。日本酒のバーを2〜3年押し切るようにやりました。
すべてを失った時期——そして、再起へ
——その後、大きな転機があったと伺いました。
永原さん:お店が軌道に乗ってきた矢先に、コロナが来たんです。飲食店なので、もろに打撃を受けました。そんなときに、ある経営者の先輩から「面白い投資の話がある」と持ちかけられて。当時の僕は焦っていたこともあって、借りられるだけ借りて、全財産を投資してしまったんです。
最初の半年は配当のように現金が入ってきて、「これはすごい、人生上がったわ」と思っていました。でも、その話は結局立ち行かなくなって、お金は全部なくなってしまった。
24歳で、大きな借金を抱えました。お店は倒産して、仕事もない、お金もない、大事な人もいない。家族はすごく心配してくれていました。心も体も限界で、しばらくは前を向けない時期もあったんです。25歳のときでしたね。
——そこから、どうやって立ち上がったんですか。
永原さん:たまたまYouTubeを見ていたら、尊敬していた経営者の先輩が、アチーブメントという人材育成の会社の研修を発信していて。青木仁志社長のことや、その研修を受けている人の言葉が、めちゃくちゃ魅力的で。「こんなふうになりたい」「この研修を受けたら変われるかもしれん」って、ビビッときたんですよ。
何もなかったけど、藁にもすがる思いで電話して。受講料は分割でなんとか工面して、コールセンターで働きながら、研修に通い始めました。
そこで言われたのが、「事実は一つ、解釈は無数」ということ。過去の挫折やコンプレックスを、ずっとマイナスに捉えていたけれど、それを原動力に変えられると気づいたんです。コンビニで100円のパンにするか、138円のパンにするかを20分も悩む。そんなふうに本気でお金に苦しんだ経験があったからこそ、「この苦しみを、自分の周りの人からなくしたい」って心から思えた。それが、いまの原点なんですよ。
ファイナンシャルプランナーへの道——諦めなかった先で見えた光
——そこから、どうやってファイナンシャルプランナーになったんですか。
永原さん:26歳くらいで「FPになる」と決めたんです。でも最初は、実績がないから面接で落ち続けて……。やっと採用してもらえた会社に入ったのが27歳くらい。そこからも、しばらくは結果が出ませんでした。人脈もないし、それまでバーとコールセンターしかやってこなかったので。
それでも「絶対に諦めない」と誓って、学びを続けて。本当に成果が出始めたのは、ここ最近なんですよ。
年収も1,000万円を超えて、保険業界の基準(MDRT)も超えられるようになりました。いまはその基準を更新し続けられている、という感じです。遠回りはしたけれど、ようやくここまで来ました
いま伝えたいこと——「正しい情報」で、苦しみを防ぎたい
——いまの永原さんが、一番大事にしている想いを教えてください。
永原さん:僕は「情報」って本当に大事だと思っているんですよ。一つの間違った情報で大きくつまずいたこともあれば、一つの良い情報(研修との出会い)で人生が好転したこともある。両方を、身をもって経験したんです。
金融も同じで、世の中には人を惑わせる情報が腐るほどある。でも、それに出会う前に、正しい金融知識が頭にインストールされていれば、「これっておかしいよね」って自分で気づけるはずなんです。
だから、詐欺に遭わないための正しい資産形成・資産管理の知識を届けていきたい。あの頃の僕みたいに、お金のことで人生を狂わせてしまう人を、一人でも減らしたい。これが、僕の体験から来る一番の想いなんです。
これから——「人生ぶち上げビレッジ」をつくりたい 情報と経験で、人の人生を変える場所を
——もっと先の夢はありますか。
永原さん:40歳になったら、「人生ぶち上げビレッジ」みたいな場所をつくりたいんですよ。海がきれいな場所に、セミナールームがあって、好きだったバーがあって、筋トレできるジムやサウナもあって。そこで1泊2日のセミナーをして、訪れた人が物心ともに豊かになる——そんな情報と経験を、与え続けられる場所にしたい。
僕自身が、情報と経験によって人生を変えてきたタイプなので。今度は自分が、その「変わるきっかけ」を誰かに渡せる存在になりたいんです。
そのためには、まず圧倒的な実績が必要。だから30代は、徹底的に結果を出すことに集中します。
名前の通りに、生きる 「仁の男だった」と言われる生き方を
——最後に、これだけは伝えたいということを。
永原さん:僕の名前の「仁」には、思いやり・優しさ・愛という意味があるんですよ。人を、いい方向に導いていく。その名前の通りの生き方をしたい。
最期に、「この男は本当に、名前の通り仁の男だったね」って言ってもらえる。それが、僕の最終的なゴールなんです。お金の苦しみを知っているからこそ、同じ苦しみを誰かからなくしたい。その一心で、これからもやっていきます。
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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