2026.06.28 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「フリーランスの“当たり前”を、根っこから変えたい」——教育×SNSでフリーランス戦国時代を再定義する男。株式会社&Y/株式会社Alroute・梅原友祐さん

「個人の力で月収100万くらいなら、稼げるんですよ。でも、それだけじゃ面白くなかった」
この記事の要点
- 01「100人100VISION」——100人いれば100通りの夢や目標がある、という考えを掲げる、次世代のキャリア支援会社ですね。
- 02自分自身でやりたいキャリアやビジョンがあって、そこへ向けて学びたい・成長したいという人が入ってくる。
- 03なぜ面白くないかというと、共に志す仲間とか、組織というものの作り方が、当時の自分にはわからなかったからなんです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「個人の力で月収100万くらいなら、稼げるんですよ。でも、それだけじゃ面白くなかった」
そう静かに語るのは、株式会社&Y(アンドワイ)のCHRO(最高人事責任者)であり、自ら株式会社Alroute(アルート)の代表も務める梅原友祐(うめはら・ゆうすけ)さんだ。「100人いれば、100通りの正解がある」という「100人100VISION」を掲げる次世代のキャリア支援会社で、梅原さんが向き合っているのは「フリーランス」という、いまや何百万人もがひしめく巨大な戦場である。
名古屋に生まれ、教員を夢見た少年。一部上場の通信企業で営業トップに立ち、安定したキャリアレールを敷かれながらも「人生おもんないな」と飛び出した男は、脱サラ後の試行錯誤の末、オンラインの世界で個人年商1億円を達成する。だが、稼げるようになった先で見たのは、「月収100万いけます」という甘い広告に誘われて飛び込み、9割が挫折していくフリーランスたちの現実だった。
100人いれば、100通りの夢や目標がある。その一つひとつを本気で叶える——そんな思想で“フリーランス戦国時代”にメスを入れようとする梅原さんに、その原点と覚悟を伺った。以下、梅原さん。
【プロフィール】
会社名:株式会社&Y(アンドワイ)/株式会社Alroute(アルート)
役職:株式会社&Y CHRO(最高人事責任者)/株式会社Alroute 代表
氏名:梅原友祐(うめはら・ゆうすけ)
すべては「100人100VISION」のために——オンラインとオフライン、二つの顔
役員と代表、二足のわらじで描く事業の全体像
——まず、いまどんなお仕事をされているのか教えてください。
梅原さん:軸になるのが、株式会社&Y(アンドワイ)です。「100人100VISION」——100人いれば100通りの夢や目標がある、という考えを掲げる、次世代のキャリア支援会社ですね。僕はそこでCHRO(最高人事責任者)として、採用や社内の人材育成を見ています。それとは別に、Alrouteという会社では代表を務めていて、複数の事業が連なるグループの一員として動いています。
&Yは、もともとは営業会社として成長してきた組織なんです。でも、ただ成果を出すだけじゃなくて、一人ひとりが自分の力で人生の選択肢を広げていける状態こそが本当の自由だよね、と。だから「営業会社」から「教育」へ舵を切った。いまは13以上の自社事業をフィールドに、副業をやりたい方向けのオンラインスクールなども提供しながら、人を育てる会社になっています。
ただ、スクールを売ってお金を稼ぐだけの会社かというと、まったく違うんです。コンセプトはあくまで「教育」。掲げている「100人100VISION」は、100人いれば100通りの夢や目標がある、それを叶えさせていくのが使命だと、本気で思っているんです。
——「自己実現」のための手段としてのスクール
梅原さん:だから、オンラインスクールを売りたい人が集まる場所ではないんですよ。自分自身でやりたいキャリアやビジョンがあって、そこへ向けて学びたい・成長したいという人が入ってくる。ビジネス基礎から独立までを体系化した「フェーズ1〜9」の9段階の育成プログラムがあって、マーケティング・営業・チーム運営・事業開発、最終的には経営までを一つの流れとして習得していく。各フェーズで学んだことを、ただ知識で終わらせず、実際に自分のものにするためにアウトプットする。その手段の一つが、たまたまオンラインスクールの販売なんです。経営を目指す人なら、最短1年半で独立を実現できる設計にしています。
もう一方のAlrouteは、オフラインに特化した会社です。保険や不動産の営業マンに向けて、SNSを使いこなせる営業マンを育てるプログラムをやっています。出している会社は違っても、根っこにある思想はまったく同じなんですよ。
名古屋の「優等生」が、先生になりたかった理由
担任の一言で芽生えた、教育への憧れ
——幼少期は、どんなお子さんだったんですか?
梅原さん:生まれも育ちも名古屋で、いまも名古屋に住んでいます。本当に普通の幼少期でしたね。公立高校に行って、地元の愛知大学へ進んで、という。ただ、小学生の頃から人前に立つこと、スポットを浴びることに快感を覚えている節はあって。クラスでも、学校全体の生徒会でも、わりとそういう役回りをやっていました。
習い事も空手、水泳、バスケ、習字、ピアノ……と、興味があると手を出して、飽きたらやめる。広く浅く、というタイプでしたね。これは正直、いまもそうかもしれません(笑)。中学では「優等生」みたいなものに憧れていて、生徒会をやったり。高校は愛知県の昭和高校という、すごく自由な学校で、バドミントンをやっていました。大学では音楽に目覚めて、バンドでドラムを始めて。授業に出て、バンドやって、バイトして……という、ごく普通の大学生でしたね。
実は、大学に行ったのも「教員になりたい」という夢があったからなんです。小学5年生のとき、当時の担任の先生がとても素晴らしい方で。いたずらっ子だった僕に、「人とのコミュニケーションって、めっちゃ大事なんだぞ」みたいなことを、小学生なりにわかる形で伝えてくれた。それで「学校の先生って素敵だな」と思って、そこからずっと教員一本でした。
——教育実習で気づいた、理想とのギャップ
梅原さん:大学では通常の課程と教職課程を両方受けて、単位を一つも落とさずに卒業まで行きました。教員免許も取った。でも結局、教員にはならなかったんです。
きっかけは教育実習でした。僕はもともと哲学が好きで、人としての生き方とか、考え方とか、そういうものを発信していきたいという思いが強かった。でも実際の学校教育の現場は、一応進学校だったこともあって、教科書の内容を進めるのが基本なんですよね。それが学校に求められていることだ、と。いろんな教育観に触れる中で、「自分がやりたい教育は、ここにはないのかもしれない」と思ってしまった。それで、免許は取ったけれど、採用試験は受けないと決めたんです。
「人生おもんないな」——敷かれたレールを、自分で外した
入社2カ月で先輩の売上を塗り替えた新卒時代
——教員にならず、最初はどんなキャリアを?
梅原さん:教育への興味は残しつつ、いったん普通に一般企業へ就職しました。携帯・通信を扱う一部上場の会社で、全国に3,500人くらい社員がいるところです。配属されたのが、全国でもトップレベルに売上の高い店舗で、偉大な先輩方がそろっているような環境でした。
そこで、入社2カ月目に先輩たちの売上を全部塗り替えて、自分が1位になったんです。「あ、商売っておもしろいな」「営業って楽しいな」と。そこから岐阜の小さめの店舗に異動して副店長、店長を経験して。入社2年半が経ったタイミングで、新卒で配属された元の店舗に、今度は店長として戻ることになったんです。
——大先輩が全員“部下”になった日
梅原さん:これが、けっこう不思議な現象で。スタッフが変わっていないので、新人の頃に「岐阜行ってきます」と言って出た自分が、1年半後に店長になって帰ってくる。かつての大先輩たちが、全員自分の部下になっているわけです。
そこで初めて、コミュニケーションの壁にぶつかりました。実績を出すことだけじゃなくて、スタッフや部下との人間関係を築くことが、本当に難しいんだなと。いろんな壁にぶち当たった記憶があります。
それと同じ頃、もう一つ大きかったのが、自分の未来が見えてしまったことなんです。すごく大きな会社で、安心も安全もある。「君は会社の未来を担う人材だ」と言ってもらえたのは嬉しかった。でも、課長になって、部長になって、役員になって……というルートがもう示されていて。「梅原君は次はこうだからね」と言われたとき、「人生おもんないな」と思ってしまったんですよ。簡単に上がれてしまったがゆえに、挫折があまりなかった。だから、もっと刺激を求めて、独立や経営に強く惹かれていったんです。
月収100万でも満たされなかった「組織」への渇望
脱サラ、そして“なんでも屋”の3年半
——そこから独立へと動いていくわけですね。
梅原さん:はい。まずは副業で物販やアフィリエイトをやってみて、「意外と会社を辞めても生きていけるかもしれない」と思えた。それで、入社して3年半、25〜26歳になる年に脱サラしました。大手の看板も、安心も安全も捨てて、チャレンジしてみせる、と。
そこからは、個人事業主としていろいろやりました。通信の知識を活かして土日の催事で売る組織を作ったり、シェアリングでバーをやってみたり、人材紹介をやったり、不動産のブローカーをやったこともあります。本当に、なんでもやりましたね。
——「一人では、面白くない」
梅原さん:そうやって動く中で、気づいたことがあって。個人の力で月収100万くらいなら、別に稼げるんですよ。でも、あんまり面白くなかった。なぜ面白くないかというと、共に志す仲間とか、組織というものの作り方が、当時の自分にはわからなかったからなんです。
一緒にやっている人はいたけれど、僕は意思が強めで「俺はこうしたい、こうしたい」とやってしまう。みんなで楽しくチームビルディングができていないな、と感じていた。そんなときに紹介してもらったのが、いまCHROを務めている株式会社&Yでした。約4年前のことです。
業務委託で関わり始めて、そこで初めてオンラインの世界を知ったんです。それまでゴリゴリのオフラインでやってきたので、「SNSを運用するんだ」「こういう世界があるんだ」と。自分でTikTokやInstagramでショート動画を作るようになって、2〜3週間で問い合わせが来て、テレアポ・セールスで案件を回せるようになった。2年ほどで、個人年商で1億円くらいまでいきました。
“フリーランス戦国時代”という、放っておけない現実
9割が月5万円も稼げていない
——いまの事業の核にある問題意識を教えてください。
梅原さん:僕はいまの状況を「フリーランス戦国時代」と呼んでいるんです。増えすぎたフリーランスの方々が、かなり苦しんでいると思っていて。クラウドソーシングを見ても、9割以上の方が月5万円も稼げていない。平均収入はサラリーマン以下、という現実がある。
誰しも、自分の理想を叶えたいから、雇われずにチャレンジしようと背水の陣で飛び込んでくる。それ自体は素晴らしいことなのに、9割の方がうまくいかずに挫折してしまう。
それなのに、「フリーランスで月収100万いけますよ」「大成功できますよ」という広告があまりにも多すぎる。それを誘発しているのは、正直、スクール業界だと思っているんです。「月収何十万、何百万いこうぜ」と謳うスクールが増えすぎたせいで、何も知らない会社員や、夢を見たい人たちがつられて会社を飛び出す。でも現実はそう甘くなくて、挫折して、焦げついてしまう。
——コンテンツ業界が、ないがしろにしてきたもの
梅原さん:コンテンツ業界って、理念や思想、人材の育て方、社内の仕組みみたいな部分を、けっこうないがしろにしてきたと思うんです。なぜかというと、それがなくても稼げてしまうから。高単価の商材を一件売れば、それで1カ月生活できてしまう。だから、その場その場で「売って、売って、売って」となりがちだった。それで良しとされてきたんですよね。
でも、それでいいのか、と。僕らが大事にしたいのは、「何百万稼いでフリーランス金持ちになろうぜ」じゃなくて、自己実現なんです。そのために必要なビジネスの基礎スキルや知識って、ちゃんとあるよねと。SNS運用やAIといった“点”のスキルじゃなくて、論理的思考力や戦略を組む力、タスク管理の力みたいな、生き残るために必要な土台から叩き込む。それを、いま社内のカルチャーとしてやっています。
オンラインとオフライン、両方を知る者の“掛け算”
Alrouteが挑む、営業マンのブランディング
——もう一社のAlrouteでは、何をやっているのでしょう。
梅原さん:Alrouteは元々僕が生業にしてきた『オフライン』という世界にメスを入れる会社です。
いくつもやりたいことはあるのですが、第一弾として、保険や不動産などのオフラインビジネスに向けた、『SNSを使える営業マン育成』です。オンラインがどんどん広まってきた一方で、オフラインの営業現場には、まだ発展の余地がすごくある。紹介、紹介、紹介で回っているけれど、いまはオンラインで事前に比較されてしまう時代でもある。これが、フリーランスや営業マンの足を止めている原因の一つだと思っているんです。
僕はもともとオフラインからオンラインの世界に来て、両方をがっつり経験している。だから、その良い部分を組み合わせられるのが自分の強みかなと。同じ商材を売っていても、「日々SNSを見ているこの人なら信用できる」となる。その人の考え方や、お客さんへの向き合い方をすべて言語化して、アカウントに反映させていく。契約後もSNS上でお客さんと営業マンがつながれる。そういう世界を作れたら、オフラインの強さにSNSが乗っかって、すごく強いと思っているんです。市場を調べても、まだやっている企業がない。かなりの隙間だな、と。
最終的には、営業マンに「事業を持たせたい」
梅原さん:あくまでフロントはSNSとオフライン営業の掛け算ですが、最終的にやりたいのは、うちに入ってきてくれて、自分でブランディングをかけられる営業マンをたくさん育てて、その子たちに事業を持たせていくこと。そこからホールディングス化していきたい、という思想があるんです。
社名の「Alroute(アルート)」も、そこに通じる造語なんですよ。「アルト」——アルトリコーダーのアルトで、イタリヤ語やフランス語で「高い」という意味があって、それに「ルート(route/道)」と「ルーツ(roots/原点)」を重ねている。自分自身の理想や高みへの道を示すのがうちの会社で、ここで経験した人が「なんでそんなに能力が高いの?」と聞かれたとき、「原点はAlrouteなんです」と言ってもらえる。そういう意味を込めています。
「100人いたら、100人の夢を叶える」——掲げる旗
百億は“結果論”、本当に大事なのは
——グループとして、どんなビジョンを描いていますか。
梅原さん:僕らが掲げるのは「100人100VISION」。100人いたら、100人の夢や理想を叶える。そのためには会社を大きくしていく必要があるので、グループ全体のKGIとして「百億」を掲げています。「100億宣言」もしているんですよ。
ただ、100億はあくまで結果論だと思っているんです。自分たちが有名になって、でかいことがしたい、ではなくて。関わる人が100人いたら、その100人の夢を叶えるのが、最終的にやりたいことなんです。会社や事業が社内に増えれば増えるほど、所属するメンバーの理想を叶えるきっかけも増えていく。だから、自分たちだけで稼ぐなら、わざわざパッケージ化して卸す必要なんてない。年収を10億、20億と人の力で上げていくこともできる。でも、それじゃ業界は何も変わらないんですよ。
一人ひとりの「ロードマップ」を、本気で敷く
梅原さん:飲食店を出したい、実業をやりたい、自分でコンテンツの会社を作りたい——そう言ったときに、グループがちゃんとバックについて支援できる体制を整えたい。中には、代表気質ではなく「最強の二番手」を目指す人もいる。ワンピースでいうゾロみたいな人ですね。そういう人には、「どうやったらそのポジションを取れるか」を一緒にロードマップしていく。
一人ひとりの理想に向けて、必要なスキルはこれとこれだよね、と並走してやっていく。その人のやりたいこと、叶えたい世界線に本気で向き合う。ここは、すごく大事にしているところです。
そして、&Yで再現性を確かめてきた教育のフレーム——理念や人材の育て方、マネジメント、社内の仕組みまでを丸ごとパッケージ化して、FC展開していこうとしています。今年の夏ごろから、モニターを少人数で始める予定です。これができれば、いまのフリーランス戦国時代に、本気でメスを入れられると思っているんです。
孤独なフリーランスへ——「戦略を、一緒に練ろう」
届けたいのは、一匹狼で悩むあなた
——最後に、どんな方に届けたいか、メッセージをお願いします。
梅原さん:僕らが届けたいのは、ある程度ビジネスをやってきたけれど、「一人ぼっち」で悩んでいるフリーランスの方々です。孤独だったり、売上の天井が見えていたり、事業がスケールしない、そもそもどうビジネスを進めればいいかわからない——そういう人たちですね。
スクールに入ってみたけど「点」のスキルしか身につかなかった、独立してみたけどうまくいかない、という人は本当に多い。でも、自己実現のための戦略を、ちゃんと練れている人が圧倒的に少ないんです。「今月の戦略をマインドマップに書いてください」と言って、書ける人はほとんどいない。「一番のセンターピンはどこですか?」と聞いても、通じないことが多い。
だからこそ、そこを僕らは教えていきたい。一匹狼で、組織が作れない、事業がスケールできない——そういう人にこそ、うちの教育の考え方を届けたいんです。少しでも興味を持ってもらえたら、InstagramのDMからでも、気軽に連絡してもらえたら嬉しいです。一緒に、あなたの「やりたい」を叶える戦略を練りましょう。
会社概要
会社名:株式会社Alroute
代表:梅原 友祐
事業内容:「人の自己実現」を軸に、オフライン×オンラインを複合したビジネスモデルを展開している。
取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)
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