2026.05.04ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「動き続ければ、運は降りてくる」——うつ状態から這い上がり、保険×鮨の二刀流でCOTを掴みにいく Exe insurance株式会社/北新地 鮨 寛学 南部亮介さん

「動き続ければ、運は降りてくる」——うつ状態から這い上がり、保険×鮨の二刀流でCOTを掴みにいく Exe insurance株式会社/北新地 鮨 寛学 南部亮介さん

すべての挫折に、意味があった。

この記事の要点

  • 01その店を経営しながら、平日は生命保険・損害保険のコンサルタントとして大阪を駆け回る男がいる。
  • 02それでも、保険業界で自分の裁量を取り戻し、6年目を迎えた今、彼は鮨店経営、鮨BAR、ポイ活、物販、イベント企画と、活動領域を広げ続けている。
  • 03僕、その人にお願いされることは絶対に断らないって決めているので、「やります」と。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

すべての挫折に、意味があった。

大阪・北新地の路地裏。4,400円のおまかせコースを掲げる「鮨 寛学(のぶたか)」のカウンターで、白衣の職人が魚を捌いている。その店を経営しながら、平日は生命保険・損害保険のコンサルタントとして大阪を駆け回る男がいる。MDRT(Million Dollar Round Table)を毎年クリアし、今期はその3倍基準であるCOT(Court of the Table)を本気で狙う——以下、南部亮介さん。

新卒で入った車のディーラー、その後のコピー機商社では、心が折れて半年仕事を休んだ時期もあった。それでも、保険業界で自分の裁量を取り戻し、6年目を迎えた今、彼は鮨店経営、鮨BAR、ポイ活、物販、イベント企画と、活動領域を広げ続けている。

なぜ「動き続ける」ことにこだわるのか。なぜ自分のためでなく、周りのために走れるのか。最も暗かったあの半年と、そこからの立ち上がり。そして、息子に託した人生の目的までを聞いた。

会社名 Exe insurance株式会社

役職生命 保険・損害保険コンサルタント

氏名 南部 亮介(なんぶ・りょうすけ)

保険と鮨、二つの現場——「お願いされたら断らない」と決めた日

信頼するお客様の一言から始まった、もう一つの事業

——いま、どんなお仕事をされていますか?

南部さん:保険代理店(Exe insurance株式会社)で、生命保険と損害保険のコンサルタントをやっています。それと、ちょうど1週間前なんですけど、大阪の北新地で4,400円のおまかせコースの鮨屋「鮨 寛学」をオープンさせました。

——保険と飲食。領域がまったく違いますよね。

南部さん:もともと飲食はやりたかったんです。学生時代に和食屋でアルバイトを4年半やっていて、ずっと「いつか自分でも」って思いはどこかにあった。きっかけは、僕が信頼している、本当に尊敬しているお客様の一言でした。

その方は北新地で会員制の割烹をされていて、僕、ずっとそこに通わせてもらっていたんです。お客様もご紹介させていただいたりして、「なんちゃん、よかったら一緒に鮨やらん?」って声をかけてもらいまして。僕、その人にお願いされることは絶対に断らないって決めているので、「やります」と。それが始まりですね。

大阪・堺の少年時代——「やりたくない」から始まった習い事

親に言われて始めた空手7年、テレビが変えた進路

——幼少期はどんな子どもだったんですか?

南部さん:大阪の堺市で生まれて、最初は親に言われて空手を7年間ぐらいやっていました。極真です。実は、あんまり乗り気じゃなかったんですよ(笑)。そんなに強くもなかったし。

でも2002年の日韓ワールドカップを観て、「サッカーやりたい」って思って。中学からサッカーを始めたんです。そこからはもうずっとサッカーでした。

——ご家庭は?

南部さん:親はちょっと厳しかったですね。門限があって、それを言われ続けるうちに逆に腹が立ってきて、中学のときはずっと破ってました(笑)。グレてはないんですけど、サッカー仲間はやんちゃな子も多くて、そのグループに混ざって遊んだりはしていました。

ちなみに父は住友生命で30年近く勤めています。今思えば、保険業界に入ったのは、無意識のところで影響されていたのかもしれません。

社会人スタート、そして心が動かなくなった半年間

主任に昇格した直後、手が震えた

——新卒からのキャリアを教えてください。

南部さん:トヨタカローラ南海でディーラーを2年。実家の近くに本社があって、たまたま受けたら受かりまして。その後、大塚商会でコピー機の営業を3年半やりました。

2年半ぐらいで主任に昇格したんですけど、そこからが苦しかったですね。部下を持つようになって、上の方との板挟みもあって、自分の数字も追わないといけない。そのバランスを、当時の僕は取り切れなかった。気づいたら、心と体がついてこなくなっていました。

——どんな症状だったんでしょうか。

南部さん:手が震えて、携帯を見るのが怖くなって。着信音が鳴るだけでも、もう。朝、ベッドから起き上がれないんです。半年弱、仕事を休みました。

絶望でしたね。次の転職先も決まっていない、戻るのも辛い、家にこもって散歩だけしながら「どうしよう、どうしよう」って。ただ、そのときお金の勉強だけは続けていて、「もうちょっと知識があれば、こういう状況にならなかったかもしれない」って思ったんです。それが、保険業界に飛び込むきっかけになりました。

「自分の裁量で働ける」——保険という再起の場

サラリーマンではなく、一人親方として

——立ち直れたきっかけは?

南部さん:知り合いから保険の仕事を紹介してもらったんです。3社ぐらい候補を見せてもらって、その中の1社に転職しました。本当に周りの方のおかげで、もう一度社会に戻れました。

保険業界って、いわゆるサラリーマン的な働き方じゃなくて、個人事業主とか一人親方に近いんですよ。自分の裁量で仕事ができる。ノルマも、人に決められるんじゃなくて自分で決める。「これなら、もう一度自分でやれるかもしれない」って思えたんです。

最初は前職の損保会社で法人営業を1年ちょっと。ちょうどコロナの真っ只中で、緊急事態宣言の時期だったので、ほぼ電話営業でしたね。そこから今のExe insuranceに移りました。

業界に来て最初の半年——一番きつかった「友達からの拒絶」

「あいつ、保険売り込んでくるぞ」

——保険業6年目だそうですが、一番辛かった時期は?

南部さん:今のExe insuranceに来て、最初の半年です。「この人なら入ってくれるだろう」って思っていた友達から、立て続けに断られて。しかも、「あいつ最近ちょっと保険売り込んでくるみたいやで」って、周りからそんなふうに言われていることが伝わってきた時期があったんです。

それが、本当にきつかった。

数字も出ない。このままだとMDRTどころか、生活も成り立たない。半年間、思ったような結果が出ませんでした。

「自分のためじゃなく、支社のために」——意識が切り替わった瞬間

——そこからどう抜け出したんですか?

南部さん:大阪支社のメンバーが、僕を見捨てなかったんですよ。支社長を含めて、もっと仲良くやろうって声をかけ続けてくれた。

うちの大阪支社、本当に動物園みたいなんです(笑)。うるさいし、1人で勝手に喋ってる面白い人ばっかり。でも仕事の話になると全員真剣で、本当に熱い心を持っている。仲間思いで。

この人たちの中で、自分のためじゃなく「この支社のために」やってみようって思えたんです。お客様に対する気持ちも、自分の数字のためじゃなくて、お客様の人生を勝たせるためにっていう方向に切り替わった。

そこから、数字が結果としてついてきました。意識が変わっただけなんですよ。

MDRTを毎年、そして今期COTへ——習慣化した「動く」という選択

知り合いの外側へ、一歩踏み出す

——MDRT基準を継続して達成されています。

南部さん:正直、運の要素もあったと思っています。ただ、明確に変えたのは「いろんな場所に顔を出す」ことでした。

それまで、自分の知り合いか、知り合いの知り合いぐらいまでしか動かなかったんです。営業しに行くのが、本当は好きじゃなかったので。でも、お客様のためにという軸ができてから、交流会にも積極的に行くようになって、自分から連絡を取るようになって。

インスタのストーリーでも、いろんな取り組みを発信していました。そうしたら、友人や周りの方も応援してくれるようになっていったんです。

「運を動かす」と書いて「運動」って言うじゃないですか。動き続けていれば、運は降りてくる。そう信じています。

鮨店オープン、最大の試練——スタッフが揃わない店

開店準備が終わったタイミングで、職人が離れた

——「鮨 寛学」を立ち上げて、大変だったエピソードを教えてください。

南部さん:いろいろあったんですけど、一番きつかったのは、最初に予定していた職人さんが、ご事情で急にうちから離れる結果になったことですね。お店も全部借りて、内装もほぼ準備が終わっていた段階で。

職人ありきで店を組んでいたので、肝心の職人がいない。「どうしよう、僕が握るわけにもいかんし」って、本気で焦りました。

でも、たまたま——本当にたまたまなんですけど——僕が尊敬しているお客様の知り合いに、別の日本料理店で働いていて、環境を変えたいと考えていた職人さんがいたんです。お互いのタイミングが噛み合って、「うちで一緒にやりませんか」と。

今、握ってくれているのはその職人さんです。本当に運に拾われたなと思っています。

1から事業を立ち上げる醍醐味と、お金のリアル

「高級路線×4,400円」のギャップを埋める

——飲食店をやってみて、やりがいを感じる瞬間は?

南部さん:0から1を作る経験が、今までなかったんです。お酒とお寿司の合わせ方一つとっても、ものすごく考えさせられる。お金は当然有限で、うちは内装は高級路線なのに価格は4,400円という、かなりギャップのある設計なので、出ていくお金を抑えながら、出すクオリティを担保しないといけない。

物件は居抜きで借りられたので、いろんな方の協力で初期費用はだいぶ抑えられました。「1を作る」っていう一連のプロセスそのものが、今、一番のやりがいです。

これから——COT、副支社長、3ヶ月待ちの店

大阪支社全員をMDRTにする

——今後の展望を教えてください。

南部さん:保険業では、今期必ずCOT(MDRTの3倍基準)になります。残り7、8ヶ月。MDRTにはほぼ近づいているので、ここからが勝負です。

それから、大阪支社には今、支社長と副支社長が2人います。もう1人と並んで、3人目の副支社長になる。そして、大阪支社のメンバー全員をMDRT以上に押し上げる。これが目標です。

「鮨 寛学」のほうは、すでに予約が入り始めているので、3ヶ月待ちのお店にする、と決めています。

くすぶっている人へ——「考えるより、動く」

動けば、運は寄ってくる

——人生ぶち上げチャンネルの読者には、これから稼ぎたいけれど何をすればいいかわからない、という方が多いです。メッセージをお願いします。

南部さん:考えるより、動く。これに尽きると思います。

それから、自分を信じること。「運を動かす」と書いて「運動」と読むので、何かを動き続けていれば、運は必ず舞い降りてくると僕は思っているんです。考えながら手が止まるんじゃなくて、考えながらでも動く。それが一番大事です。

知り合いの皆さんへ——「人生の目的」を、一緒に持とう

息子を一流の人間にする、と決めている

——既存のお知り合いの方へのメッセージは?

南部さん:僕は正直、まだ何者でもありません。でも、これからもっと成長していくつもりです。だから、僕の知り合いの皆さんも、一緒に成長して、一緒に成功しましょうって、伝えたいですね。

僕、人生の目的を持つことがすごく好きで。僕自身の目的は、息子を一流の人間にすること。そう決めて、毎日動いています。

皆さんにも、何か一つ、人生に目的を持ってほしい。そう思っています。

会社・店舗概要

会社名:Exe insurance株式会社

事業内容:生命保険・損害保険のコンサルティング

役職:コンサルタント

関連事業:北新地 鮨 寛学(鮨店経営)/鮨BAR/ポイ活/物販/イベント企画

店舗名:北新地 鮨 寛学(きたしんち すし のぶたか)

所在地:大阪・北新地

コース:おまかせコース 4,400円(税込)

ご予約:https://www.tablecheck.com/shops/sushi-nobutaka/reserve

SNS・ご予約

南部亮介さん Instagram:@namchangram

鮨 寛学 Instagram:@sushi.nobutaka

鮨 寛学 ご予約:https://www.tablecheck.com/shops/sushi-nobutaka/reserve

取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)

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