2026.05.20 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「プライドで飯は食えない」——アサイーボールから始まった、大阪の若手経営者。株式会社TRY group・黒川虎偉さん

大阪を拠点に、飲食事業(アサイーボール)の立ち上げと売却を経験し、現在は営業代行を主軸に複数事業を展開する経営者・黒川虎偉さん(以下、黒川さん)。20歳でひとつの大きな経験を経て、ヘルメットを脱いで現場仕事を辞めたところから、約1年で個人事業主、その後2025年10月に株式会社TRY groupを設立しています。
この記事の要点
- 01大阪を拠点に、飲食事業(アサイーボール)の立ち上げと売却を経験し、現在は営業代行を主軸に複数事業を展開する経営者・黒川虎偉さん(以下、黒川さん)。
- 02同い年の経営者である米田さんとは、SNSのDMから出会い、AMEXのプラチナカードを目の当たりにして「この土俵で戦わないと負けたままだ」と直感。
- 03「プライドでは人はついてこないし、プライドでは飯は食えない」——プライドを捨てた瞬間に視界が変わったと語る黒川さんに、ラグビーから現場仕事までの道、20歳で迎えた人生の節目、そして母親の涙について伺いました。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
アサイーボール×営業代行で立ち上げた、再起のグループ経営
大阪を拠点に、飲食事業(アサイーボール)の立ち上げと売却を経験し、現在は営業代行を主軸に複数事業を展開する経営者・黒川虎偉さん(以下、黒川さん)。20歳でひとつの大きな経験を経て、ヘルメットを脱いで現場仕事を辞めたところから、約1年で個人事業主、その後2025年10月に株式会社TRY groupを設立しています。
同い年の経営者である米田さんとは、SNSのDMから出会い、AMEXのプラチナカードを目の当たりにして「この土俵で戦わないと負けたままだ」と直感。翌日には現場仕事の道具を置いて、別の世界へ踏み込みました。
「プライドでは人はついてこないし、プライドでは飯は食えない」——プライドを捨てた瞬間に視界が変わったと語る黒川さんに、ラグビーから現場仕事までの道、20歳で迎えた人生の節目、そして母親の涙について伺いました。
株式会社TRY group
代表取締役 黒川 虎偉
営業代行を主軸に、飲食・ハワイアンカフェまで——複数事業のグループ経営
木村:御社の事業を教えてください。
黒川さん:今は営業代行が主軸です。あわせて、飲食事業は別の方と共同で動いていて、ハワイアンカフェも進行中です。元々は飲食のアサイーボールの店から始まって、2店舗まで広げたんですが、2025年12月にM&Aで売却しました。今は営業代行を中心に、3事業ぐらいのグループ構造で動いています。
1,000万円の借金と、現場仕事——アサイーボール立ち上げまで
木村:起業に至るまでの経緯を教えていただけますか?
黒川さん:もともと現場仕事を、今の取締役と2人でずっとやっていました。1,000万円ぐらい借金があって、それを現場で返している状態でした。今の取締役にずっと「アサイーボールで起業しよう」と言われていたんですが、僕はずっと断っていたんです。
木村:きっかけは?
黒川さん:1ヶ月ぐらいずっと言われ続けて、初めてアサイーボールを食べに行ったんです。1,500円ぐらいする値段なのに行列ができていて、味もすごくおいしくて。「これ、俺でも作れるやん」と思って、そこから一気にやろうと決めました。
飲食の安定→「もっと刺激が欲しい」——令和の虎で見た同い年
木村:飲食を立ち上げてから、営業代行に動いた経緯は?
黒川さん:アサイーボールの店、初月からずっと黒字で、僕が店に立たなくても回る状態になっていました。そうなると、「もっと刺激が欲しいな」と思うようになって。たまたまYouTubeを見ていた時に、米田(現 株式会社笑覚代表)が出てきたんです。
地元で焼き鳥屋をやっているオーナーが米田だと、後から友達伝いに聞いて、同い年だと知って。「飲食やって、営業代行までやってる、こいつおもろいな」となって、僕からDMを送りました。
米田さんとの初対面——AMEXプラチナと1時間半の遅刻
木村:実際に会ってみてどうでしたか?
黒川さん:1時間半遅刻してきたんですよ(笑)。タクシーでバタバタやって来て、絶対に食べきれない量を頼んで残して、会計はAMEXプラチナでサッと払って「金あるんで」って。僕、その時まで基本的に「お金を出す側」だったんですよ。同い年に出されるのは初めてだった。
木村:そこで何を感じたんですか?
黒川さん:シンプルに「土俵が違うな」と。同い年でここまでやってる人を初めて見て、「こいつには相当やらないと勝てへんな」と人生で初めて思いました。その場で一緒にやりたいですと伝えて、翌日に現場のヘルメットを置きました。
2025年2月の個人事業主、10月の法人化——TRY group誕生まで
木村:法人化のタイミングを教えてください。
黒川さん:アサイーボールを始めたのが前年の9〜10月で、その半年後の2025年2月に個人事業主としてスタートしました。法人化したのが2025年10月なので、まだ1期目の半年ぐらいです。飲食事業も並行して動かしながら、営業代行をどんどん伸ばしてきている、というのが今のフェーズですね。
母親の涙——「自分自身だけじゃない」と気づいた20歳
木村:これまでで一番の挫折は?
黒川さん:20歳になる頃に、人生で一番きつかった時期がありました。今の自分があるのは、その時の経験のおかげだと心から思っています。当時は軽いうつ病みたいな状態で、何もできなくて、後悔と周りへの申し訳なさで毎日いっぱいでした。20歳の誕生日も普段とは違う場所で迎えたぐらいです。
木村:そこからどう立ち直ったんですか?
黒川さん:母親の存在がめちゃくちゃ大きかったです。母親は「ビッグマム」みたいに強い人だったので、それまで泣いている姿を見たことがなかったんですよ。それが、ある日僕が人を傷つけてしまった時号泣している母親を目の当たりにして、「自分が罪を犯すことで、自分だけじゃなく家族や周りまで傷つけている」と本当に痛感しました。それで「もうこのままじゃダメだ、必ず更生する」と決めました。地元の親友の存在も支えになりました。
「プライドは捨てる」——同い年から学んだ、経営に必要なもの
木村:今の経営観で大事にしていることは?
黒川さん:プライドを捨てることです。プライドでは人はついてこないし、プライドでは飯は食えない。これを20代前半で痛感したのが、自分にとって一番大きな転機だったと思います。だからすごく謙虚になりました。自分の信念は絶対に曲げないけど、プライドは要らない、というスタンスです。
木村:それを学んだ瞬間が、米田さんとの出会いだった?
黒川さん:そうですね。同い年で土俵が違うレベルの相手と話して、「こいつに勝つには、プライドを捨てて、まず学ばないと無理だ」と思いました。だから何より行動と謙虚さを大事にしています。
ラグビー12年、強豪校への推薦——スポーツで培ったベース
木村:スポーツのご経験は?
黒川さん:5〜6歳から高校3年までラグビーを12年やっていました。中学で大阪選抜に選ばれて、その実績で常翔学園に推薦で進学しています。全国大会の常連校で、毎年ベスト8か4ぐらいまで残るような環境でした。
木村:高校では?
黒川さん:練習は本当に厳しくて、僕は朝練が嫌いで隠れて日雇いの現場仕事に行っていたんです。お金が好きだったので。それがバレて試合に出られなくなったあたりから、熱が冷めてしまって。最終的に高校3年で退学しました。
読者へのメッセージ——「人生に無駄なことはない」
木村:これから挑戦したい若者へメッセージを。
黒川さん:人生に無駄なことはない、これは本当に思います。僕も10代の経験は、当時は誇れるようなものじゃなかったし、20歳のあの時間がなければ、今の自分はないんですよ。そこで気づいたプライドの不要さと、家族の存在の大きさが、今の経営の土台になっています。
だから、今しんどい場所にいる人ほど、そこで何を感じたかを大事にしてほしい。逃げずに、ちゃんと感じきること。そこから次の一歩が出ます。
会社概要
会社名 株式会社TRY group
代表取締役 黒川 虎偉
事業内容 営業代行事業、飲食事業(共同出資)、ハワイアンカフェ事業
本社 大阪
取材・文:木村光志(株式会社One Rep)
#経営者インタビュー#営業代行#飲食事業#大阪#20代経営者#人生ぶち上げch
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