2026.08.05 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「うまくいかないことが、楽しかった」——18年間のサッカーを手放し、19歳で光回線営業の会社を立ち上げた23歳。中山遥貴さん

「うまくいかないことが、楽しかったんですよ」。 光回線の訪問販売を手がける営業会社の代表・中山遥貴(なかやま はるき)さん。愛知を拠点に独立し、現在は三期目を迎える。 五歳から十八歳までサッカー一筋。中学で日本一、高校では全国ベスト十六。将来の夢はプロサッカー選手だった。しかし高校三年の夏、その道を手放して起業を志す。営業一年目で年間獲得三百七十件という数字
この記事の要点
- 01読んでいくうちに、だんだん「起業したいな」「お金持ちになりたいな」という気持ちが強くなって。
- 02どうせやるなら一番きつい訪問販売がいい、給料も結果でしかもらえないところがいい、と決めていて。
- 03でも管理職に上がると、生きてきた時代も価値観も違うメンバー一人ひとりを見ていく。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「うまくいかないことが、楽しかったんですよ」。
光回線の訪問販売を手がける営業会社の代表・中山遥貴(なかやま はるき)さん。愛知を拠点に独立し、現在は三期目を迎える。
五歳から十八歳までサッカー一筋。中学で日本一、高校では全国ベスト十六。将来の夢はプロサッカー選手だった。しかし高校三年の夏、その道を手放して起業を志す。営業一年目で年間獲得三百七十件という数字を叩き出し、十九歳で独立。今も同じ光回線の訪問販売で会社を率いている。
サッカー少年はなぜビジネスの世界に飛び込み、何を掴んだのか。その原点と現在地、そして見据える未来を伺った。以下、中山さん。
【プロフィール】
会社名:株式会社ナカハル
役職:代表取締役
氏名:中山 遥貴(なかやま はるき)
事業:光回線の訪問販売
「業務内容は独立前と全く一緒」——十九歳で立ち上げた光回線営業の会社
——まずは、どんなお仕事をされているのか教えてください。
中山さん:代表取締役をやっています。事業内容は、光回線の訪問販売です。
実は独立する前に一年間営業をやっていた会社と、業務内容は全く一緒なんですよ。同じ光回線の訪問販売で独立して、今もなお、光回線の訪問販売の営業会社をやっています。
——独立されたのはいくつのときだったんですか。
中山さん:十九で独立して、現在は三期目になります。
営業一年目で結構な成績を残せて、そのまま独立させてもらったという流れですね。
ピアノ、水泳、陸上、そしてサッカー——「やりたいことは全部やらせてもらった」
——どんな幼少期を過ごされたんですか。
中山さん:生まれは徳島県の美馬市で、育ちは宮崎県の延岡市です。両親がいて、貧しいという思い出は正直なくて、自分の中では全然裕福に暮らさせてもらったなという感覚です。
やりたいことは全部やらせてもらいました。サッカーとピアノと陸上と水泳とバドミントンと、本当にいろいろやっていて。「やりたいことはやりなさい」という家で、おじいちゃんおばあちゃんが「私たちが払うからやらせなさい」と手助けしてくれる。そんな環境で育ちました。
——将来の夢は何だったんですか。
中山さん:ずっとサッカー選手一筋でしたね。
——ポジションはどこだったんですか。
中山さん:僕はボランチですね。利き足は右足なんですけど、コーナーキックは左足で蹴っていました。
ただ、空いたところに出るような感じで、両サイドハーフ、両サイドバック、トップ下、フォワードも、キーパー以外はほとんど全部やっていましたね。
日章学園でのサッカー漬けの日々——「僕の脳のフィルターは"楽しい"しかなくて」
——サッカーはかなりの強豪校だったんですよね。
中山さん:日章学園の中高一貫です。選手権という全国大会にバンバン出るような学校で、めちゃくちゃ強いんですよ。
ただ、なんだかんだ二、三回戦までしか行けなくて。「毎回出るけど、ベストエイトにはいないよね」みたいな(笑)。
——学生時代、つらかったことや挫折したエピソードはありますか。
中山さん:それが、僕の脳のフィルターが「楽しい」しかなくて、あんまり記憶に残ってないんですよ。
当時は苦しいと思っていたのかもしれないですけど、「あれやばかったよね」と思い出すほどのものがなくて。強いて言えば、毎週のフィジカルトレーニングですかね。走りがとにかくやばかった、というイメージだけは残っています。
高校二年、両親の離婚——「うち、お金ないんじゃね?」から始まった読書
——プロを諦めたのはいつだったんですか。
中山さん:高校三年の夏ですね。これにはきっかけがあって。
高校二年のときに、両親が離婚したんですよ。ずっと戸建てで四人家族で暮らしていたんですけど、母と二人でアパートを借りて家を出て。そのときに初めて、「あれ、うち今、全然お金ないんじゃね?」って気づいたというか。
中山さん:母が働き始めて、手取りがいくらで、家賃がいくらでと考えると、たぶん祖父母が裏で手伝ってくれてるんだなと。
それまでは平気で「スパイク買って」と言っていたけど、母は見せないだけで、本当はお金がなさそうだと見えてしまって。それをきっかけに、めちゃくちゃ本を読み始めたんです。
——どれくらい読んでいたんですか。
中山さん:一ヶ月に五冊は読むようになりました。
読んでいくうちに、だんだん「起業したいな」「お金持ちになりたいな」という気持ちが強くなって。高校三年の夏に、もう起業家になろうと決意したんです。
一日七ツイート、一年半——自分との約束を守り続けた高校時代
——起業を志したとき、一番最初にやったことは何だったんですか。
中山さん:ひたすら本を読む。そして、当時のTwitterに一日七ツイート。これを一年半、継続しました。
読んだ本のアウトプットをそのまま投稿するんです。学校に行くと携帯を回収されるので、朝と夜の時間で次の日の七ツイート分を予約投稿しておく。逆に言うと、本を読まないとツイートする内容がないんですよ。だから「やべえ、本読まないと」って(笑)。
——本の中で、今でも一番生きている学びは何ですか。
中山さん:圧倒的に『七つの習慣』ですね。分厚くて、本なんて嫌いだったのに、なぜか一冊目に買っちゃって。それが一発目でよかった。
有名な「影響の輪」と「関心の輪」の話があって。常に自分に矢印を向けていれば、自分が影響を及ぼせる範囲、つまり影響の輪が勝手に広がっていく、という内容なんです。他責思考じゃなくて自責思考じゃないと、結局、自己成長にならない。それを一発目で知りましたね。今でも覚えています。
稼働五日目、初契約の前夜——「お客さんの前で、泣いちゃって」
——最初のビジネスは、どうやって始まったんですか。
中山さん:営業からですね。コロナ禍で、カズマさんという方がTikTokでめちゃくちゃバズっていて。高校三年でインターハイに負けて宮崎に帰った直後、その方にインスタでDMを送ったんです。
どうせやるなら一番きつい訪問販売がいい、給料も結果でしかもらえないところがいい、と決めていて。面接させてもらって、高校を卒業した四月から働き始めました。
——訪問販売は、営業の中でも大変とされる仕事ですよね。一年間やってみてどうでしたか。
中山さん:めちゃくちゃ楽しかったです。うまくいかないことが、楽しかったんですよ。
最初は契約が全然取れなくて。稼働五日目でようやく初めて一件取れたんですけど、その前、四日目の夜にお客さんの前で泣いちゃって。夜八時過ぎに訪問した新築のお家のご主人がすごく優しくて、一時間くらい相談に乗ってくれたんです。契約には至らなかったんですけど、久しぶりに、勝手に涙が出てきて。翌日、予約が一軒取れたんです。
——一年間で残した数字を教えてください。
中山さん:一年目の年間獲得件数が370件でした。
365日ずっと現場に出ているわけじゃないので、年間通しての生産性が初年度で約130で結構いい数字を残せたんじゃないかなと思います。
プレイヤーから経営者へ——「能力がある人は給料を、人徳がある人は役職をもらうべき」
——一年で一番成長したポイントはどこでしたか。
中山さん:人間性ですね。
プレイヤーは自分のことだけ考えていればいい。でも管理職に上がると、生きてきた時代も価値観も違うメンバー一人ひとりを見ていく。最初は絶対うまくいかないんですよ。自分の思い通りに相手は動いてくれない。そこで、まず自分が変わらないと、鏡なのでスタッフも変わらないと気づいて。人間性が一番変わったなと思います。
——マネジメントで失敗した経験もありますか。
中山さん:山ほどありますよ。
自分が全然行動してないのに「なんでお前は今日こんな行動量なんだ」と言ってしまって、それでやめてしまった子もいました。上司に相談すると「お前だよ」と言われる。でも言葉だけじゃ理解できないんですよ。言葉と経験が掛け算にならないと腹落ちしない。自分が経験して、もう一度その言葉を言われたときに「あ、そういうことか」と。だから、行動量が大事なんです。
——プレイヤーと経営者の一番の違いは何だと思いますか。
中山さん:脳の使い方じゃないですかね。好きな言葉があって。能力が高い人間は給料をもらえばいい。でも人徳がある人間は、役職をもらうべきなんです。
根本のところで人のために動けるかどうか。人のために動ける脳を持っている人は経営者思考だし、自分優先で一人で稼いでいきたい人はその思考でいい。悪いことじゃないんです。ただ、そこが違いだなと。
満たされる瞬間、そして採用の悩み——「毎日全力で生きてれば、出会うときに出会う」
——中山さんが「満たされる」のは、どんなときですか。
中山さん:人に感謝されるのが、やっぱり大好きなんですよね。
もともと自分にお金を使うより、誰かにお金を使って「ありがとう」をもらうときの方が、めちゃくちゃ気持ちいい。自分で稼いで人にお金を使えるようになったとき、「あ、この感覚だな」って感じたんです。
——会社経営をしていて、やっていてよかったと思う瞬間は。
中山さん:自分と同じ志のメンバーが増えていく、そのストーリーですね。それがやっていてよかったなと思います。
——順風満帆に見えますが、悩んでいることはありますか。
中山さん:めちゃくちゃありますよ。
理想と、実際に起業してみた現実は全然違う。思い通りには絶対いかないんです。目指すところが高い人ほど、自分の結果とのギャップに悩む。挑戦すればするほど、そのギャップは大きくなる。人生は面白いですけど、そういうものだなと。一番困っているのは、採用ですね。
——採用について、どんな人と出会いたいですか。
中山さん:この考え方が面白くて、出会うべき人とは出会うタイミングで必ず出会うという原理原則があると思っていて。
人生は全ていい方向に向かっている。だから「困った」と思っても、毎日全力で生きていれば、必ず出会うときに出会う。それくらいの感覚でやっていますね。
見据える未来——「来期、年商一億。その先に、年商百億」
——今後の数値的な目標を教えてください。
中山さん:特別なビジョンはなくて、なるようになると思っているので、目の前のことを全力で、というだけなんです。
ただ数字で言えば、今三期目で、来期は絶対に年商一億をやると。光回線販売は月販三百件が肝で、来期の十一月に達成する計画を立てています。その先には、年商百億も考えています。
くすぶっている人へ——「付き合う人、環境、時間配分を変えろ」
——挑戦したいけれど一歩踏み出せない、くすぶっている人へアドバイスをいただけますか。
中山さん:最後は、大前研一さんの言葉で締めくくりますね。人が変わるには三つの条件がある。付き合う人を変える。環境を変える。時間配分を変える。この三つを変えれば絶対にうまくいくし、変えられないならそのままくすぶってください、と。
付き合う人を変えれば環境も変わるし、環境を変えれば付き合う人も、一日の時間配分も変わる。全部つながっているんです。
中山さん:僕自身、宮崎から愛知へ環境を変えたんです。すると、それまで付き合ってこなかった年収の高い人たちと過ごすようになる。生活のリズムが変わって、それが三百六十五日当たり前になる。気づいたときには成長しているんですよ。
素直が一番大事で。日本最高の経営コンサルタントがそう言っているなら、真似するだけ。「地元で起業したくて」とか言っているくらいなら、そのままでいてください、という感じですね。
——一緒に働きたいのは、どんな人ですか。
中山さん:とにかく「稼ぎたいんだ」という人。もしくは「自分を変えたい」と思っている人。そういう人とは、ぜひ一緒に働きたいですね。
——最後に、これまで関わってくださった方へのメッセージをお願いします。
中山さん:今の自分を作ってくれたのは、過去に関わってくれた人たちなんです。
自分一人だけだったら、絶対にこんな人間にはなっていない。誰かが昔から自分を磨いてくれて、その途中段階が今の僕だと思うので、そこには絶対に感謝したい。感謝は、見えないものを見る力だと思っていて。その見えない部分を見られるような努力は、常にし続けたい。感謝を忘れたら終わりだと思っているので、人の存在は常に見ていきたいですね。
サッカー日本一の少年が、家計の危機をきっかけに本を開き、一日七ツイートの自分との約束を積み上げ、初契約の前夜に涙を流しながら営業の世界を駆け上がった。「うまくいかないことが楽しい」と言い切る自責の思考と、人への感謝を軸にした組織づくり。二十三歳の代表が見据えるのは、年商百億という遠い頂と、その道をともに歩む仲間の存在だった。
会社概要
会社名:株式会社ナカハル
事業内容:光回線の訪問販売
代表:中山 遥貴
所在地:愛知(拠点)
取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社One Rep)
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