2026.04.17 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「描いたら、動かない選択肢がなかった」──マッキンゼーを経てベンチャーに伴走する33歳の戦略家。前橋航介さん【人生ぶち上げch】

大和証券、慶應MBA、マッキンゼー。一流のレールを歩みながら、そのたびに「これじゃない」と気づき、次の扉を開けてきた男がいる。前橋航介(まえばし こうすけ)、33歳。独立・フリーランスとして、ベンチャー企業の立ち上げ・成長支援に走り続けている。
この記事の要点
- 0129歳で独立を志した背景には、東京で出会ったある経営者の「シンプルすぎる」一言があった。
- 02最終的には、一緒に創業期を抜けてきた仲間が、億単位で稼ぐのが当たり前の組織になってほしい。
- 03しかも単なる年収ではなく、それぞれが強みを持つ一流の人間——サッカーで言えばメッシ、イニエスタのような人たち——が、同じ目標に向かって自然と集まり、大きなことを成し遂げる組織を作りたい。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「描いたら、動かない選択肢がなかった」──マッキンゼーを経てベンチャーに伴走する33歳の戦略家。前橋航介さん
大和証券、慶應MBA、マッキンゼー。一流のレールを歩みながら、そのたびに「これじゃない」と気づき、次の扉を開けてきた男がいる。前橋航介(まえばし こうすけ)、33歳。独立・フリーランスとして、ベンチャー企業の立ち上げ・成長支援に走り続けている。
前橋さんの人生を貫くのは「描いたら、動かない選択肢がなかった」という一文だ。目の前の選択肢から選ぶのではなく、先の自分を描いてから道を決める。29歳で独立を志した背景には、東京で出会ったある経営者の「シンプルすぎる」一言があった。以下、前橋さんの言葉で語ってもらう。
プロフィール
会社:独立・フリーランス
役職:ベンチャー企業立ち上げ・成長支援コンサルタント
氏名:前橋 航介(まえばし こうすけ)
事業内容──「リテール×戦略実行」と「Fintech×次世代金融インフラ」の二軸
戦略立案で終わらせず、0→1/1→10のリアルを積む
——今はどんな活動をされているんですか?
前橋さん:大きく二つの領域で動いています。
一つ目が「事業戦略・グロース支援(リテール領域)」です。ブランドや店舗ビジネスを「どうすれば伸びるか」という視点から考え、全社戦略・事業戦略の策定から、出店戦略・多店舗展開(FC含む)の構築・展開支援、さらに各種戦略の実行支援まで、オペレーション・体制構築まで含めて担っています。戦略を描くだけで終わらせず、現場で動かすところまでやり切るのがこだわりです。
もう一つが「Fintech領域における事業開発・推進支援」。Fintech企業と一緒に、トークン化預金を使った新しいお金の流れをつくるプロジェクトに関わっています。金融機関・事業会社と連携して次世代の決済・送金インフラを構築しており、金融庁設置のプロジェクトへの参画・採択支援、金融インフラに関するスキーム・制度・オペレーション設計、そして実行支援まで行っています。
大事にしているのは、事業を0→1/1→10で伸ばすリアルな経験を積むこと。そして、戦略立案で終わらせず、実行して結果を出す力をつけることです。
ご経歴について──大和証券、慶應MBA、マッキンゼー、そして独立へ
営業から経営コンサルへ、違和感と成長欲求の軌跡
——これまでのキャリアを教えてください。
前橋さん:最初のキャリアは大和証券の営業です。横浜で3年間、新規開拓から既存顧客のリレーション深化まで、金融商品全般を扱っていました。
その後、完全に仕事を辞めて慶應のビジネススクールに入り直し、2年間学びました。在学中の4ヶ月間は、フランスのビジネススクールに交換留学しています。卒業後はマッキンゼーに入社して3年半、金融領域で戦略立案、コスト削減、DXといった案件に携わりました。そこから独立して、今に至っています。
営業への違和感──「本当にお客さんのためになっていない」
部署ガチャで運任せになる未来への違和感
——なぜ一度、大学院で学び直そうと思ったんですか?
前橋さん:大きく2つあります。一番は、正直「営業が嫌だな」と感じたこと。お客さんとの信頼関係で「前橋が言うならこの商品を買う」と言ってもらえること自体は本当に嬉しかったんです。ただ、会社の都合で「これはきついよな」と思う新商品を売ってこいと降りてくる。売った後に値が落ちて「上がると言ったのにどうするの」と言われても、今度は「今こそチャンスです、もっと買い増ししましょう」と言う。これは本当にお客さんのためになっていないな、とわだかまりが残りました。
もう1つは、仲良くなった社長さんから「うちの会社、この地域に工場を出そうと思うんだけどどう思う?」と聞かれても、株の知識しかないから何も返せなかったこと。経営やマーケティングの視点がなく、「そこの地域、中学の時サッカーの試合で行きました」みたいな、どうでもいい返ししかできない。本当にお客さんの役に立ちたいのに、自分に力がないんですよね。
加えて、証券の営業は「部署ガチャ」で、希望と違う部署に飛ばされることも普通です。運で成長領域が決まる未来は嫌だな、と強く感じていました。
MBAとの偶然の出会い──「バスケのNBAしか知らなかった」
公務員塾で20万払ったあと、パンフレットで見つけた道
——そこからどうMBAに辿り着いたんですか?
前橋さん:正直、ちゃんと考えて選んだわけじゃないんです。転職も公務員も見ましたが、転職先は営業会社ばかり。公務員塾には20万払って入ったのに、3コマ目で「絶対違う」と直感してしまった。
親に相談したら、父が新薬の研究者、母が看護師で、「じゃあ医者になればいいじゃん」と軽いノリで言われて。話を聞きに行ったら、医学部入学まで2年、研修医卒業までプラス8年、トータル10年。当時25歳の僕にとって、35歳まで自分の給料で稼げない状態はさすがに現実的じゃなかったです。
そのとき社会人塾に置いてあったパンフレットの中で、たまたま「MBA」の文字を見つけたんです。当時はバスケのNBAしか知らなかったので「なんじゃこれ」と開いたら、経済や戦略を学べると書いてある。大和証券でやってきたことと近い部分もあるし、ここにかけてみよう、と受験を決めました。
——ご両親の後押しも大きかったんですね。
前橋さん:めちゃくちゃ大きかったです。学費が年間200万、2年で400万、しかも会社を辞めているので衣食住も全部自分で賄わないといけない。両親が「金はなんとかしてやる。その代わり、本気で打ち込んでこい」と言ってくれた。よく聞いたら、父も母も苦労して生きてきた人たちで、「こいつが自分で決めた道を突き進むなら、自分たちは最大限サポートする」と思ってくれていた。あの両親がいたから挑戦できました。
マッキンゼー入社──「1週間目の労働時間は90時間、1日平均18時間」
MBAで離れた2年を取り戻すための、死ぬほどの成長
——マッキンゼーに入社してからはどんな日々でしたか?
前橋さん:最初はもうボコボコでした。MBAで知識はついていたけれど、実務は2年離れていたので。20代後半で一気に取り戻して、30代以降どの会社でも戦える自分になる、お客さんの役に立てる自分になる、と成長欲求が半端じゃなかったですね。
入社1日目は9時から22時。「意外と早く帰れるな」と思っていたら、2日目に朝2時、3日目は朝3時。入社1週間目で労働時間を計算したら、5日間で合計90時間、1日平均18時間でした。それでも「これがコンサルだよな」と、むしろ燃えていました。
一番きつかった瞬間──「あなたの3時間の価値はゼロ」
80枚書いて、使われたのは1〜2枚
——当時、一番きつかった経験は?
前橋さん:最初のプロジェクトで、ピラミッドストラクチャーという、コンサル1年目なら誰でも知っているはずの構造の話を上司に聞かれ、「わからないです」としか言えなかった。調べて作って提出しても毎回差し戻し。
一番刺さったのは、3時間かけて作ったアウトプットを一瞬でペケにされて、「前橋さん、3時間頑張ったかもしれないけど、あなたの出した3時間の価値はゼロだね。価値ゼロの仕事を頑張っても意味がないから、最大の価値を作るために、どう効率的に動くか、誰にどう助けを求めるか、から勉強しなきゃだね」と言われたことです。最初のプロジェクトで80枚ほどスライドを書きましたが、最終アウトプットに採用されたのは1〜2枚。しかも大事なスライドじゃなく、本当に些末な情報が載っているスライドだけ。ほぼ成果なしでした。
乗り越え方──「上司の思考を徹底的にパクる」
卵の殻から出て、ひよこが歩き始めるまでの半年
——その状態をどう乗り越えたんですか?
前橋さん:上司の思考を徹底的にパクろう、と決めました。周りの人が本当に優しくて、自分でやった方が早いのに一緒に考えてくださる。その考え方、動き方、スライドの作り方を全部真似させてもらいました。
半年経ったとき、ある上司に言われた言葉が忘れられません。「あなたがプロジェクトに入ってきたとき、ひよこどころか、卵からもまだ出てきてないやつが来たと思っていた。ようやく殻を破って、ひよことして歩き始めましたね。次のプロジェクトでどんな鳥になって羽ばたいていくか、楽しみにしています」。毎日フィードバックをもらって、2週間に一度は自分で振り返りと次の目標を決める。本当にボコボコにされながら、温かく育ててもらいました。
起業のきっかけ──「先を描いてから考えないと、結局また同じことの繰り返し」
夜8時で終わるプロジェクトが、人間関係の扉を開いた
——そこから、なぜ独立へ?
前橋さん:あるとき入ったプロジェクトが比較的早い、夜8時に終わる日が続いて、初めて時間に余白ができたんです。それまでは家に帰って寝るだけで、プライベートも、彼女との時間も基本なし。「10時か、暇だな」と思ったとき、MBA時代の先輩から言われた「人生のステージが上がったら周りにいる人は変わるよ」という言葉を思い出して。ふと振り返ると、僕の人間関係はこの1年3ヶ月、マッキンゼーの仕事仲間と昔の友達のままで、何も変わっていなかった。
そこから、呼ばれた飲みには全部行こうと決めて動き始めました。そこで出会った2人に強烈に影響を受けます。1人は同じ大学、同い年の友達で、すでに起業していて「将来こうしたい」と語る仲間と走っていた。「前橋は将来どうしたいの?」と聞かれて、僕は答えられなかった。「先を描いてから考えないと、結局また同じことの繰り返しじゃない?」と言われて、ぶっ刺さりました。
もう1人は、東京で出会った経営者さんです。会った瞬間「この人、本物だな」と思いました。大和証券で金持ちの社長、マッキンゼーで一流企業の役員クラスと仕事をしてきて、見る目はあるはずなのに、自分の積み重ねでは絶対にこの人にはならないと感じた。それぐらい強烈でした。
価値観の転換──「時間もお金も、どっちも取ればいい」
両方欲しいと描いた瞬間、動かない選択肢はなくなった
——その経営者さんに、何を言われたんですか?
前橋さん:当時の僕は「マッキンゼーはバカほど働くからお金がもらえる。お金をもらう=超働くこと」だと思い込んでいました。でも、両親にしてもらったみたいに、自分が家族を作ったら子どもに「何でも挑戦してこい」と言える親父になりたい。その両立モデルが、周りに一人もいなかったんです。
経営者さんに「時間とお金ってトレードオフですよね、どっちを取ればいいかわからない」と話したら、「なんで?時間もお金も欲しいんやろ、両方取る選択肢はないの?」と言われて。めっちゃシンプルじゃん、と。「できるかできないかじゃなくて、シンプルに、本当に求めているものを描いてみたらいい」と続けられて、目が覚めました。
改めて描いてみたら、成長、成果、思いっきり働ける仲間、家族への愛情、息子や娘に「尊敬している人は誰?」と聞かれたときに「パパ」と言われる存在、全部欲しい。そう描いた瞬間、マッキンゼーでは実現できないと分かった。「描いてしまったら、動かない選択肢がなかった」。これが独立を決めたすべてです。
今後の展望──「年収1000万を当たり前に、桁を1000万ずつ上げていく」
一流のメッシたちが、自然と同じ目標に集う組織を
——これから何を実現していきたいですか?
前橋さん:まずは自分自身が最前線で死ぬほどチャレンジし続けること。社長として転び続けて、社員と一緒に現場で働いている状態でありたいです。
その上で、自分と一緒に働く仲間が、まず年収1000万をベースとして達成する。そこで止まったらマッキンゼー時代の自分から見て「いけてない」と思うので、収入の桁が1000万ずつ当たり前に上がっていく。最終的には、一緒に創業期を抜けてきた仲間が、億単位で稼ぐのが当たり前の組織になってほしい。
しかも単なる年収ではなく、それぞれが強みを持つ一流の人間——サッカーで言えばメッシ、イニエスタのような人たち——が、同じ目標に向かって自然と集まり、大きなことを成し遂げる組織を作りたい。
そうすれば、次の世代の子どもたちが「社会人って、一番面白そうな顔をして走っているやつがおるやん」と思える。働くことは楽しいんだ、人生の選択肢は広がるんだ、と背中で見せられる大人でありたいんです。
読者へのメッセージ──「描いたら、動かない選択肢はない」
目の前の選択肢の前に、まず先の自分を描いてみる
——最後に読者の方へ。
前橋さん:僕の人生は、ずっと「目の前の選択肢から選んで、失敗して、また選び直す」の繰り返しでした。その中で強く感じたのは、先の自分を描かずに選んでも、結局また同じことを繰り返すということ。
自分が本当は何を求めているのか、シンプルに描いてみる。描いてしまえば、あとは動くしかありません。僕にとっても「描いたら、動かない選択肢はなかった」んです。もし今迷っているなら、目の前の選択肢よりも先に、その先の自分を一度描いてみてほしいです。
活動概要
名前:前橋 航介(まえばし こうすけ)
年齢:33歳(起業を志したのは29歳)
職務:ベンチャー企業立ち上げ・成長支援コンサルタント
活動形態:独立/フリーランス
取材・文:木村光志(株式会社One Rep)
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