2026.06.03 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「一番以外に、意味はない」——"至高×志高"を掲げ、日本一の保険代理店をつくる男UNITED PLANNING株式会社 代表取締役社長 寺山拓篤

「悩む時間があるなら、もう切り替えた方が早い」
この記事の要点
- 01創業からわずか一年で「代理店として日本一の生産性」を体現する会社へと駆け上がった。
- 02ただ、うちはちょっと特殊で、採用するのはMDRT以上のトッププレーヤーだけと決めています。
- 03これを僕らの世代や子どもたちの世代がどう運用していくかで、この国の未来は大きく変わります。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「悩む時間があるなら、もう切り替えた方が早い」
福岡・天神に本社を構えるUNITED PLANNING株式会社は、各保険会社で実績を積んだトップセールスだけが集う、保険代理店だ。MDRT、そしてその上位資格であるCOT・TOTの会員がずらりと名を連ね、社員の平均年収は3000万円規模。創業からわずか一年で「代理店として日本一の生産性」を体現する会社へと駆け上がった。プロ野球・福岡ソフトバンクホークスのオフィシャルスポンサーにも名を連ねる、いま業界で最も勢いのある会社である。
以下、代表取締役社長・寺山拓篤さんへのインタビュー。
大分大学経済学部を卒業後、新卒で証券会社へ。新人成績全国三位という出だしに「悔しさ」を覚え、五年目で全国トップへ。その後、外資系大手生命保険会社へ移ると、入社一年目で新人全国一位、以降も全国上位を走り続け、アジア地域の日本代表という要職まで担った。そして独立を果たした後、たった一人で立ち上げた会社はいまや70名規模へと膨らんでいる。支社は福岡をはじめ、埼玉、広島、仙台まで拠点を広げている。
「挫折を経験したことがない」と笑うこの人物が、なぜ独立を選び、何を成し遂げようとしているのか。過去・現在・未来の三つの時間軸から、その素顔に迫った。
会社名:UNITED PLANNING株式会社
役職:代表取締役社長
氏名:寺山 拓篤
トップセールスだけが集う場所——生産性日本一の代理店
「仕事ができない人とは、仕事をしたくない」という一点突破
——まず、いまの事業について教えてください。
寺山さん:保険代理店です。ただ、うちはちょっと特殊で、採用するのはMDRT以上のトッププレーヤーだけと決めています。各保険会社や代理店で結果を出してきた人たちが集まっていて、社員の平均年収は3000万円ちょっと。1期目を終えて70人くらいの規模ですが、代理店としては多分いま、生産性は日本で一番高いと思います。
——なぜ、そこまで採用基準を絞っているんですか。
寺山さん:シンプルに、仕事ができない人とは仕事をしたくないんですよ(笑)。マインドが成熟している人と一緒にやりたい。あと、保険の世界って、最初はみんな「自分が稼ぎたい」というフォーミーの発想なんです。僕もそうでした。でも、ある程度稼いで余裕が出てくると、フォーユーに変わっていく。人のため、世の中のため、日本のためになりたい。そういう人たちで組織をつくりたいんです。
——保険以外の領域にも広げていると伺いました。
寺山さん:はい。プライベートバンク、M&A、証券、不動産——金融に関わるお悩みなら、何でもワンストップで対応できるのが強みです。お客さま同士をつなぐビジネスマッチングも無料でやっています。本来なら高額なコンサル料がかかるようなことを、付帯サービスとして無料で提供する。金融のアドバイスにとどまらず、お客さまの事業そのものを伸ばすお手伝いがしたいんです。
「一番以外、意味がない」——父の言葉と、政治家を夢見た少年
真面目で、要領がよくて、いつも先頭に立っていた
——子どもの頃は、どんなお子さんでしたか。
寺山さん:けっこう真面目でしたね。小学六年生のときの夢が、内閣総理大臣だったんですよ(笑)。中学では生徒会や学年委員長、高校では三年間ずっと体育祭の団長をやっていました。成績も、小中高ほぼオール5でしたね。
——ご家庭の影響も大きかったんでしょうか。
寺山さん:それはめちゃくちゃあると思います。父が「一番以外は意味がない」というタイプの人で。母は看護師で優しい人なんですけど、父は破天荒で、勉強にはすごく厳しかった。常に「一番になりなさい」と言われて育ちました。姉もずっと同じことを言われていたと思います。
——経営者の家庭で育ったわけではないんですね。
寺山さん:ええ、両親は会社員と看護師です。だから将来経営者になりたい、という気持ちは正直あまりなかった。経営を意識するようになったのは、社会人になってからですね。
同期三位の悔しさ——証券会社で見つけた"勝ち方"
「言い訳を並べていた自分が、恥ずかしかった」
——新卒では証券会社に入られたんですよね。
寺山さん:はい。一ヶ月の新人研修のあと全国に配属されたんですが、僕は新人成績で全国3位だったんです。一位が札幌、2位が大阪、3位の僕が福岡でした。
——3位でも十分すごい成績だと思うのですが。
寺山さん:いや、悔しかったんですよ。「福岡は経済圏が弱いから」なんて、心のどこかで言い訳をしている自分がいて。それがすごく恥ずかしかった。地方でも1位は取れるはずなのに、と。同期で競えるのは新人のときだけですから、それを取れなかった。だから「次は全体で全国一位を取る」と決めて、必死に働きました。
——結果は。
寺山さん:5年目で、全社の全国トップを取りました。出世も記録更新も、全部最年少で。いま振り返ると、あの新人時代の悔しさが、ある意味で僕にとっての"つまずき"だったのかもしれないですね。
「挫折はない」——転職、そして恩師との出会い
ステージ4のがんを乗り越え、いまも共に働くおじいちゃん
——その後、生命保険の世界へ移られます。
寺山さん:外資系の大手生命保険会社ですね。証券時代に保険はまったくやっていなかったので、一からの勉強でした。ちょうど長男が生まれたタイミングで、「最低でも年収1000万はないと家族を養えない」という現実もあって、それが大きなモチベーションになりました。入社1年目で新人全国1位、その後も毎年のように全国上位を走らせてもらいました。3000人規模のなかでです。
——畑が変わっても、すぐにトップへ。何が決め手だったんでしょう。
寺山さん:一番は人脈ですね。証券時代に築いたお客さまとの信頼があったから取れた。でも、根っこにあるのは「家族を幸せにしたい」という気持ちでした。保険屋ってどうしても家を空けがちなんですよ。仕事をさせてもらっている分、それ以上に家族を幸せにしないと、と。
——失礼ですが、これまでで一番の挫折は何でしたか。
寺山さん:実は……挫折って、したことがないんですよ(笑)。経営者の方ってみんなそう言うらしいですけど、僕も思い当たらなくて。悩む時間があるなら、切り替えた方が早いと思っているので。
——独立を決断したきっかけは。
寺山さん:僕を採用してくれた上司の存在が大きかったです。当時の僕が抜けると、その方の年収が2〜3000万円下がってしまうので辞められなかった。だから、その方が70歳で退官されるタイミングを待って独立したんです。その方、咽頭がんのステージ4を克服されて、いまうちの執行役員として72歳で現役なんですよ。先日も手術から退院したその足で「ご迷惑かけました」って出社してきて。本当にパワフルで、尊敬しています。
"至高×志高"——理念に共感した者だけが集う組織
トッププレーヤーで、しかも、みんないい人
——会社のコンセプト「至高×志高」について教えてください。
寺山さん:"至高"は、保険業界のトッププレーヤーに集まってもらっているという意味。"志高"は、日本のため、人のため、子どもたちのため、お客さまのために良くなりたいという志の高さです。僕がより大事にしているのは、後者の"志高"のほう。最高の実力と高い志、その掛け算でこそ、お客さまにとって本当に最高のサービスが提供できると信じています。
——実際、どんな方が集まっているんですか。
寺山さん:トッププレーヤーなのに、みんなめちゃくちゃいい人ばっかりなんですよ。これ、珍しいことなんです(笑)。支社長クラスはTOT、その下はCOTという布陣で、生え抜きのメンバーもどんどんTOTになっていく。ありがたいことに「YouTubeを見ました」「一緒にやりたいです」とトッププレーヤーの方から声をかけていただくこともあれば、僕から「一緒にやりましょう」とオファーすることもあります。
——なぜ、いま代理店というフィールドなんでしょう。
寺山さん:代理店はブルーオーシャンだと思っているからです。利益率は低いんですが、ちゃんと経営戦略を打てている会社が少ない。しかも業界の平均年齢は六十代で、若くて伸びている代理店がほとんどなかった。ここはチャンスだなと。だからいま、トッププレーヤーをうちに一極集中させているんです。
教育事業、そして税理士業界との"共創"
「TOTだけが先生をやる教育事業」という前代未聞の挑戦
——新しく教育事業も始められるそうですね。
寺山さん:はい。募集人向けの教育事業を始めます。面白いのは、TOTのメンバーが月替わりで先生をやるという仕組み。TOTが十二人も揃って講師をする教育事業なんて、ほかにないと思います。そもそもTOTが十二人集まること自体がまずないので。実際の案件や、どうやって結果を出したのかというリアルな部分を共有していく、生きた教育です。
——税理士業界との連携にも力を入れていると。
寺山さん:「日本の中小企業は税理士が守る、日本の未来は税理士が作る」——この言葉が僕は大好きなんです。税理士の先生たちも、優秀な保険屋と組みたいけれど、誰と組めばいいか分からない。だったら「UNITED PLANNINGに聞こう」となるハブになりたい。税理士業界と保険業界が"共創"していく、その真ん中にうちがいる。そういう地盤を、これから数年かけて確固たるものにしていきます。
売上百億、そして子どもたちの金融リテラシーへ
「教育は、必ず無料であるべきだ」
——今後の数字の目標を教えてください。
寺山さん:2期目で140名、売上で40億前後を見込んでいます。3期目で250名・70億、4期目で売上100億を達成できるかなと。代理店は利益率が低いので、規模を追っていく形ですね。会社としてはホールディングス化を進めていて、不動産やM&A、IFAなど、お客さまにシナジーのある分野へ広げていきます。だからいまは、銀行評価を上げることに一番注力しています。役員報酬も、あえてかなり低く設定しているんですよ。
——その先に見据えているものは。
寺山さん:子どもたちの金融リテラシーを上げる活動を、全国で、しかも無料でやりたいんです。僕は「教育は必ず無料であるべきだ」と思っているので。日本には個人金融資産が二千兆円以上ある。これを僕らの世代や子どもたちの世代がどう運用していくかで、この国の未来は大きく変わります。そこに携われる会社になりたい。会社を大きくしたいというより、日本のために良くなりたいという思いのほうが、ずっと強いんです。
【メッセージ①】くすぶっているあなたへ——営業の本質は"信頼"
目の前のお客さまを、実直に幸せにし続けること
——いま、何かを成し遂げたいのに、何をすればいいか分からず、くすぶっている方へ。
寺山さん:営業って、心理学を学んだり、見た目を磨いたり、目先の何かを変えようとする人が多いんですけど、本質はそこじゃない。営業の本質は、お客さまの信頼を勝ち取ることなんです。
信頼は、一朝一夕では手に入らない。年数をかけないと積み上がらないものです。でも、僕はそれこそが営業の醍醐味だと思っています。お客さまをファンにしていく——ファンマーケティングですね。
だから、目の前のお客さま一人ひとりを幸せにすること。やってはいけないことはやらず、クリーンに、お客さまのプラスになることをやり続ける。それを一年、二年、三年……十年と続けていけば、必ず信頼を勝ち取れます。そうなれば、どんな業種にいても、起業しても、その人の人生は絶対にプラスになる。目の前のお客さまを幸せにし、信頼を勝ち取り続けること。これに尽きると思います。
【メッセージ②】共に走る仲間たちへ
「一緒に働けて、幸せです」
——最後に、ご家族や、共に働くメンバーの皆さんへ。
寺山さん:うちに来てくれているのは本当にトッププレーヤーばかりなので、僕から言うことなんて、正直ないんですよ(笑)。「そのまま頑張ってください」って感じです。
僕、社内では「ATM」って呼ばれてるんですけどね(笑)。みんなにお金を運んで、やりたいことを叶えてもらう役。でも、それが楽しいんです。みんな本当にいい人ばかりで、一緒に働けて幸せだなと思っています。
これからも志の高い仲間がどんどん入ってきてくれるのが楽しみですし、このまま一緒に頑張っていけたら、それでいい。日々、本当に楽しいですね。一緒にできて、幸せです。
会社名:UNITED PLANNING株式会社 設立:2025年1月31日 代表者:寺山 拓篤(代表取締役社長) 資本金:800万円 事業内容:生命保険・損害保険の募集に関する業務、資産形成・金融商品のコンサルティング、ビジネスマッチング 他 所在地:〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神4-7-5 AUSPICE福岡天神9F(ほか東京・大阪・名古屋・新潟・埼玉・広島・仙台に支社)
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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