2026.07.21 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「才能じゃない、仕組みと継続だ」——トラック運転手から月収150万円の経営者へ。合同会社NEXEED ONE・奥園健一さん

「失敗をしなさい。たくさん失敗しなさい。」合同会社NEXEED ONE代表・奥園健一さんの言葉だ。トラック運転手として七年以上ハンドルを握り続けてきた男が、待機時間にパソコンで動画編集を学び始めたことをきっかけに、今ではSNS運用代行・内製化支援・ホームページ制作を手がける経営者になった。大手企業や教育機関のSNS運用にも携わっている。
この記事の要点
- 01トラック運転手として七年以上ハンドルを握り続けてきた男が、待機時間にパソコンで動画編集を学び始めたことをきっかけに、今ではSNS運用代行・内製化支援・ホームページ制作を手がける経営者になった。
- 02現在は経営者コミュニティ「明日会」の共同代表も務め、寿司職人としての新たな挑戦も始めている。
- 03奥園さん:2009年、専門学校で学んでいる頃にリーマンショックがあって、日本航空が経営破綻したんです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「失敗をしなさい。たくさん失敗しなさい。」合同会社NEXEED ONE代表・奥園健一さんの言葉だ。トラック運転手として七年以上ハンドルを握り続けてきた男が、待機時間にパソコンで動画編集を学び始めたことをきっかけに、今ではSNS運用代行・内製化支援・ホームページ制作を手がける経営者になった。大手企業や教育機関のSNS運用にも携わっている。
神奈川県横浜市の、決して裕福とはいえない家庭に三人兄弟の真ん中として生まれた奥園さん。航空業界のグランドハンドリング、クラブのオーガナイザー、カラオケ店員、プロパンガスの配送、宅配便のドライバー、セメント運搬と、二十代から三十代にかけて数え切れないほどの仕事を渡り歩いてきた。そのかたわらで始めた動画編集の副業が、今の事業の原点になっている。以下、奥園さん。
SNSの学びに300万円以上を投じても回収できず、半年間無収入が続いた時期もあったという奥園さん。それでも「営業をして仕事を取りに行く」という基本に立ち返り、月収150万円を達成するまでに至った。現在は経営者コミュニティ「明日会」の共同代表も務め、寿司職人としての新たな挑戦も始めている。何度も職を変えながら経営者にたどり着いた歩みと、そこで掴んだ信念を聞いた。
プロフィール
会社名:合同会社NEXEED ONE
役職:代表
氏名:奥園健一(おくぞの けんいち)
SNS運用代行から内製化支援まで。仕組みで企業を支える
大手企業から個人事業主まで、再現性ある収益構造をつくる
——まず、事業内容を教えてください。
奥園さん:合同会社NEXEED ONEという会社の代表をやっています。事業内容は、SNSの運用代行とSNSの内製化支援、あとはホームページやLP制作を主にやっている会社で、映像制作の会社と思っていただければOKです。単なる運用代行ではなく、企業や個人が自走して成果を出し続けられる仕組みづくりを支援していて、内製化・教育・構造設計まで一貫して行っています。それとは別に、経営者コミュニティ「明日会」の共同代表としても活動していて、毎月250件ほどアポイントを重ねる中で得たご縁を活かして、営業顧問の仕事もしています。
団地育ちの野球少年、経営とは無縁だった幼少期
三人兄弟の真ん中、病弱だったのに外遊びが大好き
——子どもの頃はどんな環境で育ちましたか。
奥園さん:出身は神奈川県横浜市です。うちは市営団地と言われる、裕福ではない家庭で、三人兄弟の真ん中、長男坊として生まれました。とにかくバカしかしない子供で、裸で走り回ったり、泥遊びで体が茶色くなるくらい外で遊んでいましたね。人見知りはあまりなくて、誰とでも仲良くなれるタイプでした。ただ体は弱くて、生まれてから小学校2年生ぐらいまでは病弱で、喘息を持っていたので走ることすらできなかったんです。会社経営が身近にあったかというと、全くなくて、父はNTTの下請けの電気会社で経理部として働いていました。僕もただ親の言うことを聞いて、親のレールに敷かれたような生き方をしてきた感じです。
グランドハンドリング科、そして航空業界。夢を砕いたリーマンショック
「簡単に会社が潰れるんだ」という衝撃
——学生時代はどんなことに打ち込んでいましたか。
奥園さん:小学校2年生から少年野球を始めて、体が強くなって、そこから野球に没頭しました。ただ勉強が大嫌いで、県立高校に行けるかもわからないくらいでした。神奈川県立田奈高校という、当時は誰でも入れると言われていた高校にすら行けなくて、工業科なら手に職がつくと思って磯子工業高校の機械科に進学しました。機械いじりが好きで、車の整備士になろうと思っていたんです。ただ高校卒業後、車の整備士だとこれから食っていけないと言われて、飛行機のグランドハンドリングに興味を持ち、専門学校で学ぶことにしました。
——そこからどうなったんですか。
奥園さん:2009年、専門学校で学んでいる頃にリーマンショックがあって、日本航空が経営破綻したんです。就職先がほとんどなくなってしまって。国営だった会社が民営化した後に潰れるなんて思ってもいなかったので、「簡単に世界の情勢で会社が潰れてしまうんだ」とすごくショックを受けました。家からは大手や公務員を目指しなさいとずっと言われていたんですが、日本航空が潰れるならどこへ行っても同じだと思ってしまって。結局、就職せずにそのまま専門学校を卒業しました。
クラブ、カラオケ、配送。転々とした二十代
倒産、コロナ禍の激務、働き方改革。時代に翻弄された日々
——そこからのキャリアを教えてください。
奥園さん:20代は正直、何もなかったです。専門学校を卒業した後は横浜のクラブでイベントオーガナイザーをしながらDJやダンサーの活動をしていて、渋谷のATOMでもイベントをやっていました。昼間はカラオケ店員としてバイトしていて、隣にあったダーツにのめり込んで2年ぐらい大会にも出ていましたね。ただそのカラオケ店が2011年、3.11の後に潰れることになって、閉店の1週間前に知らされました。たまたま来てくれた常連のお客さんに誘われて、プロパンガスの運送会社に入ることになって、そこから7、8年ほどトラック運転手として働きました。
その後、景気が回復してきたのでヤマト運輸に転職したんですが、そのタイミングでコロナ禍が来て、荷物の量が普段の倍以上に増えてしまって。新人でも1日300個近く持ち出すような状況で、ベテランでもきついと言うくらいだったので、1年ちょっとで辞めました。次に入ったバラセメントの運送会社では4年ほど働いたんですが、働き方改革で残業時間が制限されるようになって、トラック運転手は残業ありきの生活だったので、収入が不安定になってしまったんです。
半年間の無収入。300万円かけても回収できなかった日々
「ノウハウバカ」になっていた自分
——これまでで一番大変だったエピソードを教えてください。
奥園さん:トラック運転手をしながら、待機時間を使って動画編集の副業を始めたんです。ただ、好きなことが仕事になると、納期というストレスが発生してしまって、4ヶ月ぐらいで続かなくなりました。それでもSNS自体は好きだったので、今度はマーケティングを学ぶことにして、自分でコンテンツを作って販売するようになりました。ただ、学ぶために投資を重ねるうちに、いわゆる「ノウハウバカ」になってしまって、300万円、400万円とお金をかけても、それを回収することができなかったんです。半年間ほど案件が取れず、無収入の状態が続きました。貯金を切り崩して、人から借りたりもして生きていました。
結局、営業しないと仕事は取れない
案件を取りに行く中で見えてきたこと
——そこからどうやって乗り越えたんですか。
奥園さん:スクールで学んで教わったのが、結局は営業だったんです。営業をしないと仕事は取れない。WantedlyやクラウドワークスでメールをたくさんSNS送って案件を取りに行きました。ただ、当時は動画編集の単価がすごく安い時代で、ショート動画はほぼタダ、長い動画でも4千円、5千円ぐらいでした。これでは全然利益にならないと思って、SNS運用の案件を取りに行くように切り替えていって。世の中にはお金を持っている人とそうでない人がいるけれど、今お金を持っている人も、必ずゼロから始まっているはずだと考えて、自分もゼロから頑張ろうと思ったんです。
元トラック運転手が、月収150万円を達成するまで
才能ではなく、仕組みと継続
——今の事業にはどうつながったんですか。
奥園さん:試行錯誤を重ねた結果、半年で月収150万円を達成することができました。この経験から、才能ではなく、仕組みと継続が人生を変えるんだと確信するようになったんです。努力しているのにやり方を知らないだけで成果が出ない人が多いという違和感が、会社を立ち上げた原点になっています。今は無理な拡大はせず、人が消耗しない仕組みを大事にしていて、人が続くから事業も続くと思っています。最近は、経営者コミュニティ「明日会」の共同代表としての活動や、縁あって寿司職人としても銀座のお店で修業させてもらっていて、思いがけない広がりも生まれています。
今後の展望
子どもたちに、自分で稼げる力を残したい
——今後の目標を教えてください。
奥園さん:僕には子供が3人いるんですが、子供たちにお金を残すのではなく、自分で一人で稼げるようにしてあげたいと思っています。そのために今、自分が頑張っているという感覚です。会社としても、5年後、10年後には「ここに関われば稼ぐ力が身につく」と言われる存在になりたいですし、会社を大きくすることよりも、人を強くする会社であり続けたいと思っています。
読者へのメッセージ
自転車を思い出してほしい
——一歩を踏み出せない人へ、メッセージをお願いします。
奥園さん:まず言えるのは、失敗をしなさい、たくさん失敗しなさいということです。子供の頃、自転車に乗る練習をしていたことを思い出してほしいんです。何回もこけては立ち上がって、こけては立ち上がってを繰り返していたはずなのに、大人になるとそれを忘れて、一発で乗ろうとしてしまう。それでは全く成長しません。こけるからこそチャレンジが生まれます。失敗の数だけ成功しますし、成長します。だからぜひ、自転車のことを思い出してほしいなと思っています。
会社概要
会社名:合同会社NEXEED ONE
代表:奥園健一
事業内容:SNS運用代行、SNS内製化支援、ホームページ・LP制作、営業顧問業、経営者コミュニティ「明日会」共同運営
所在地:東京都中央区日本橋箱崎町30番1号 1F
取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社ONE REP)
#経営者インタビュー#SNS運用代行#トラック運転手からの転身#明日会#人生ぶち上げch
この会社が気になったら
この会社に興味があります
読み込み中…



