2026.07.04 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「最終的には、何をやるかより誰とやるか」——湘南生まれの経営者が、ドローン業界の頂から語る"筋を通す"という生き方/株式会社ドローン・フロンティア 代表取締役社長 府川雅彦

「やりたいことは、正直ないんですよ」。
この記事の要点
- 01しかし、信頼していた経営者の詐欺で全財産を失い、子どもが生まれる直前に資金がゼロに。
- 02「一緒に働いたことを絶対に後悔させない」と語る経営者の、原点と現在地、そして見据える未来を聞いた。
- 03なぜなら、当時の自分は独り身に近かったけれど、組織を持つようになると「社員の給料を払えないかもしれない」という、もっと重い種類のプレッシャーがあるからです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「やりたいことは、正直ないんですよ」。
ドローンによる外壁調査・インフラ点検のリーディングカンパニーとして、業界で知らぬ者のいない存在となった株式会社ドローン・フロンティア。同社を率いるのが、代表取締役社長・府川雅彦(ふかわ まさひこ)さんだ。以下、府川さん。
神奈川県平塚市でサッカーと剣道に明け暮れた少年時代。サッカーではGKとしてプレー。大学時代のアルバイト先で経験した「店舗売上全国上位への押し上げ」。新卒で入ったダスキンのフランチャイズ会社で営業成績3年連続全国1位を獲得し、25歳で独立。順風満帆に見える、華やかなキャリア。しかし、信頼していた経営者の詐欺で全財産を失い、子どもが生まれる直前に資金がゼロに。そんな修羅場を超えた先に、2017年、ドローンという未知の市場へ飛び込んだ。
今や創業10期目。設立メンバーが今も全員残るチームと共に、湘南に拠点を置くプロサッカークラブである湘南ベルマーレのスポンサーも務める。「一緒に働いたことを絶対に後悔させない」と語る経営者の、原点と現在地、そして見据える未来を聞いた。
会社名:株式会社ドローン・フロンティア
役職:代表取締役社長
氏名:府川 雅彦(ふかわ まさひこ)
「ドローンが当然にある社会」をつくる——年間100件超の点検実績を誇るリーディングカンパニー
外壁・屋根・インフラ点検から国家資格スクールまで。ドローン領域の総合ソリューション企業
——まず、ドローン・フロンティア社の事業内容について教えてください。
府川さん:弊社は2017年に創業して、今期で10期目を迎えるドローン専門会社です。事業の柱は大きく分けると、ドローンによる建造物点検——マンションやオフィスビル、ホテル、病院などの外壁を、可視光と赤外線で調査・解析するサービスです。それと、屋根点検をドローンで行いたい住宅リフォーム事業者へ向けたドローン導入と屋根面積を積算するサービス「屋根はかる君」の提供、ドローンスクール「UAS技能教習所 東京校」の運営、空撮、機体販売、コンサルティング。要は、ドローンに関わることなら一通りお任せいただける会社です。
おかげさまで年間100件以上の点検実績があり、東京都足立区とは災害協定を、警視庁千住・南千住の各警察署とも災害協定を結ばせていただいています。国土交通省の登録講習機関でもあるので、国家資格「無人航空機操縦士」もうちで受講できる。本社は東京都荒川区西日暮里で、北千住・滋賀・熊本にも支店があります。
うちが大事にしているのは、「ドローンが身近にある」を当然とする社会をつくること。そのためには、いかに法律を遵守して安全に運用するかが大前提です。だからうちは、創業から圧倒的に事故が少ない状況を維持しています。これが業界では一番誇れることかもしれません。
平塚で育った1990年生まれ。「為せば成る」と信じて育った少年時代
母子家庭で過ごした幼少期、地元クラブ・湘南ベルマーレと共に過ごした青春
——府川さんはどんな子ども時代を過ごされましたか?
府川さん:生まれは東京ですけど、4歳から平塚に移住したんです。だから僕は4歳からずっと平塚育ち。父、母と祖母と4人で暮らしてきました。
スポーツは、まず剣道。年中の時に親に入れられて始めて、小4の時に全国大会まで行ったんですよ。平塚では結構強い方で、神奈川での成績も良かったです。でも小2からサッカーも始めて、こっちのほうが楽しくなっちゃって、小5で剣道は一度やめました。
うちは別に経営者一家でも何でもなくて、母も普通にパートで働いていて、私生活の部分も主に母が支えてくれていたわけですが、ずっと一人で支えてくれた人なんです。でも、僕の意思決定には何一つ口を出さなかった。「やりたい」と言ったことは全部やらせてくれた。
その代わり、ガキの頃から浴びるように言われ続けた言葉があって——「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」。今でも僕の座右の銘は「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」です。やればできる、やり切ればできる。これは間違いなく、母から刷り込まれた信念ですね。
——サッカーを始めたきっかけを教えてください
府川さん:これは普通に、地元の友達がみんなやってたからです。一人っ子なのでお兄ちゃんの影響とかはなくて、小学校で友達と昼休みにやってるうちに自然と、っていう。
あとはやっぱり、僕の地元は湘南ベルマーレの本拠地ですから。当時はまだ「ベルマーレ平塚」って名前でした。平塚市にいる人間はもう、ほぼ全員心がベルマーレなんですよ。生まれた瞬間からそういう文化でした。
練習会で同世代のキーパーがゴロゴロ——サッカーは部活外で続け、剣道と両立した高校時代
サッカーはGK、剣道は個人で成果を出し続けた高校時代。
——高校はどんなふうに過ごされたんですか?
府川さん:小田原市にある私立の相洋高校(神奈川)に進みました。サッカー部に入るつもりで練習会に行ったんですけど、行ってみたらキーパーがめちゃくちゃ沢山いたんです。
高校3年間を試合に出れないままくすぶるのが嫌で、今考えれば練習頑張って這い上がれよって話しなんですけど、でもサッカーはやりたいから、じゃあサッカーは部活とは別でやろう、と決めたんです。でも部活は入らなきゃいけないルールがあって、何を入ろうか考えた時に、剣道の選択肢が浮かんできた。
見学に行ったら、先輩に一目惚れしちゃって(笑)。それで入ったんですけど、5年ぶりに試合をしたら、3年生にも勝てたんですよ。「あれ、意外といけるな」って。結局、剣道は3年間続けて、神奈川県内でそこそこまで行きました。神奈川って剣道は全国トップクラスの県なので、3年間しっかり練習頑張って主力として活躍できたという自信に繋がりました。
結論として、サッカーと剣道、両方やってきて本当によかったと今でも思っています。剣道は礼儀礼節を叩き込まれる武道だし、3〜4分という短い時間で相手にいかに勝つかを問われる個人競技。集中力や個の戦う力はここで身についた。一方、サッカーはチーム競技で、僕のポジションはGK。GKって、目立ったセーブをするよりも、点を取られないためにいかにディフェンスを動かすか、いかに自分の出番を減らすか、が大事なんです。打たせない、目立たないかをずっと考えてプレーしてた。視野の広さ、周りを動かす力——これはサッカーから学んだものです。
——剣道を再開する時、ご両親は何も言わなかった?
府川さん:何も。剣道って防具で数十万円かかるんですよ。小5で僕がやめた時点で、親としてはがっかりしたはずなんです。なのに高校で「また始める」と言って、防具を買い直す。受験校も含めて、母は本当に何一つ口を出さなかった。今、自分が親になって思うと、これって相当すごいことだなって。本当に感謝しています。
一度の留年危機——それでも"自分の意思"だけは曲げなかった大学進学
サッカーと剣道に打ち込んだ高校時代を経た後に帝京大学へ。ベルマーレのゴール裏では太鼓を叩いていた
——高校を卒業された後の進路を教えてください
府川さん:はい。高校卒業後はで帝京大学に進みました。高校の部活を引退してから時間ができたので、ベルマーレの試合に行く頻度が増えて、気づいたらゴール裏でサポーターグループの中心メンバーになっていました。アウェーも全部行きました。札幌から九州まで、太鼓を叩いて。その時知り合った方々が、今ベルマーレのフロントや役員になっていて、5年前にうちがスポンサーになって戻ってきた、っていう繋がりが今も続いているんです。
アルバイト先の焼肉屋さんの実質的な店長を担い、売上全国上位まで上り詰めた経験——「自分の力で何かを変える楽しさ」を知った瞬間
大学4年で実質店長とされるポジションを任され、自分の人件費を削り、売上を引き上げた1年間
——大学時代の転機は?
府川さん:大学2年の終わりに、隣の茅ヶ崎市の焼肉屋でアルバイトを始めたんです。某大手外食グループのチェーン店で、150席ぐらいある大箱の店舗。最初はキッチンで配置転換が続いて、結果的に肉場・野菜場・デシャップ・ホール、全部できるようになった。アルバイトで全ポジションできる人がいなかったので、知らないうちに店の全ポジションを覚えてしまっていたんですよね。
そんなタイミングで、本来いた信頼していた店長が異動になって、新しい店長になってから売上が落ちてしてしまって。本部から人件費を絞られて、人を入れられなくなって、辞めていく人も増えて……。僕はそれが悔しくて。
大学4年になる時、前の信頼していた店長が兼任で戻ってきてくれた。「お前、店任せるからやってみるか?」って言われて、即答で「やります」と答えました。
そこから1年、全国60店舗ぐらいあるチェーンの中で、売上下位まで下がっていたのですが、1年間で全国上位まで押し上げました。
何をやったかというと、まず自分の人件費を徹底的に削りました。月の休みもほぼ無く、朝から晩まで店に入ってるのですが、自分の給料は削って、他の人を入れる原資にしたんです。リクルートスーツを着て近所の会社に飛び込み営業もしました。やったことのない法人営業に挑戦したり、自分の中で大好きなこの店と店の仲間のために、この店を愛してくれるお客様を増やすためにはお客様に喜んで帰っていただかないといけないので、そのためにできることは全部やった。
そこで初めて、「自分の力で何かを変える、何かを伸ばす、何かを作る」という仕事の楽しさを知ったんです。やりたいことは特になかったけれど、自分の力で何かやること自体が楽しかったですね。その感覚が、その後のキャリア選択の軸になりました。
新卒で全国1位を3年連続。3年半で独立、25歳で清掃会社設立——だが、その先に詐欺の罠が待っていた
ダスキンFCの法人営業で全国1位を獲得後、信頼した経営者にすべてを奪われた
——新卒ではどんな会社に?
府川さん:飲食は楽しかったですが起業して最初に箱ものはやりたくないなと思ったので。だったら「東京で、法人営業ができて、新規開拓ができる会社」、その3つで就活しました。やりたいことはないけど、自分の力で何かやれる場所を選んだ感じです。
入ったのはダスキンのフランチャイズ会社で、本社の新規営業部隊に配属されました。この頃は自分でも若さもありキレッキレだったと思います(笑)。1年目からご契約もガンガン頂いて、全国で個人売上3年連続全国1位。入社2年目で管理職になって、3年半で独立しました。
——独立して立ち上げたのが、清掃会社ですよね?
府川さん:そうです。今もその清掃会社は12期目で続いています。ただ、独立の直前にとんでもないことが起きました。
僕、新卒時代は経営者との関わりがあまりなかったんです。それが、ある六本木の会員制レストランの立ち上げに業者として呼ばれた時に、偶然出会った経営者の方がいて。「いつか独立したい」と話したら、「じゃあメシ行こう」と誘ってくれた。
そこから一気に、それまで知らなかった世界に連れて行ってもらった。六本木でキラキラ酒を飲んでる経営者ばかりの飲み会に、僕だけサラリーマンで混ぜてもらって。営業も連れ歩いてくれて、たくさんの人を紹介してくれた。当時の僕は社内ではトップを取って天狗になっていたんですけど、その人の営業力に鼻をへし折られました。その方は今でもめちゃくちゃリスペクトしてます。
その人に教わったスキームで独立する、という前提で動いていたんです。会社を辞めて、法人を作って、結婚もして、子どもの妊娠もタイミングを合わせて——という段階で、その人が詐欺師だと判明したんです。僕以外にも30人くらいの被害者がバーッと出て。
会社は辞めた、新会社は作った、子どもは生まれる、お金はなくなった。シンプルに困りますよね。
"義理と筋"を曲げなかった2017年——共同創業者と踏み出したドローンという未知の領域
——そこからどうやって立て直したんですか?
府川さん:転職活動をして、ありがたいことにDeNAから良い金額を提示してもらえたんです。だから「DeNAに行くか、箱だけ作った会社をやっていくか」の二択でした。
最終的に、勤めていた会社の社長が辞める最後のタイミングで僕を救ってくれて、自分の会社をスタートできた。あの時、人に助けられたことは一生忘れません。今振り返ると、人生で一番きつかったのはたぶんあの瞬間です。
でも、今こうして社員20〜30人の組織を10期続けてきて思うのは、あの時よりも資金がショートしかけた2〜4期目あたりの方が、メンタル的には何倍もきつかったということ。なぜなら、当時の自分は独り身に近かったけれど、組織を持つようになると「社員の給料を払えないかもしれない」という、もっと重い種類のプレッシャーがあるからです。
家賃が払えない、電気代が払えない——これは契約だからもちろんダメです。でも、自分が選んで「一緒にやろう」と声をかけた社員、自分から「お取引させてください」とお願いした取引先、その人たちに対して義理を果たせなくなる、約束が守れなくなるかもしれないという状況のほうが、よっぽどメンタルに来る。だから絶対にそうしたくなかった。
——ドローンフロンティアの創業のきっかけは?
府川さん:実は、共同創業者がもう一人いるんです。不動産屋の後輩で、当時リーシングをやっていた。あるドローンスクールの物件を一緒に内見していて、そのスクール側から「ドローン、これから市場が伸びるからやったら?」と言われたのがきっかけでした。
彼が僕に「やりたい」と相談に来た。僕も25歳で独立して清掃会社をやっていたけれど、「商品・サービスを売って数字を上げるだけ」の毎日に少し物足りなさを感じていたタイミングで、ゼロから何かを作りたかった。
だから「じゃあ一緒にやるか」と言って、2017年にスタートしたんです。市場としても面白そうだったし、何より一緒にやろうと集まった仲間たちが信頼できる人間だった。それが全てでした。
信念を曲げなかった黎明期——ドローン業界の波が来る前に、種を蒔き続けていた
「ドローン何それ?」の時代に始めた、地道なマーケとセールス
——2017年当時、ドローンはまだ黎明期でしたよね?
府川さん:本当に「ドローン?飛ぶやつでしょ?」というレベルの認知度でした。市場もまだ小さくて、仕事らしい仕事もそこら辺に転がっているわけじゃない。
でも、市場全体が発展していった2020年以降に、僕らがそれまで蒔いてきたマーケティングやセールスの種が一気に花開いたんです。
苦しい時期に僕や社員たちみんなが大事にしてきたのは、「義理と筋」を絶対に曲げないということ。数字は欲しい、もちろん欲しい。でも、お客さんを裏切らない、押し売りしない、筋違いなことをしない、紹介でつないでくれた人への筋を通す、マメな連絡を絶やさない。これだけは、どんなに数字が悪い時もピンチの時も、誰一人として曲げなかった。
ドローン黎明期は変な人もいっぱい入ってきた業界です。ビジネスマナーが守れない、人としての義理が果たせない人間は、コロナ禍などを経て勝手に淘汰されていった。そうなった時に、ずっと真っ当にやってきた僕らのところに、お客さんも仲間も集まってきてくれた。だから今があるんです。
頑張ること自体は当たり前。でも、苦しい時こそ自分たちの信念を曲げなかった——これが乗り越え方の全てですね。
「IPOには興味はない」——何をやるかより、誰とやるか。最終的に行き着いた経営哲学
一緒に働いた仲間を、絶対に後悔させない。それが府川雅彦の生き方
——今後の展望を教えてください。
府川さん:僕、IPOには興味がないんです。知らない株主や監査に何か言われながら仕事するのはたぶん合わないので。(笑)
ドローンフロンティアは、本当に良い仲間がついてきてくれている会社で、社員たちの頑張りのおかげで、業界の中では知らない人がいない会社になれた。これ以外にも3〜4社経営していますが、共通して言えるのは——僕、やりたいことが正直、今もないんですよ。
大学の時もそうだった。やりたいことがないけど「自分で何かやれたらいいな」と思って東京で営業ができる会社を選んだ、と。ドローンも、「ドローンで世界をイノベートしてやるぞ」というモチベーションで作ったわけじゃない。
でも、信頼している仲間と、同じ方向を向いて走ることに対しては、全てにおいて楽しいんです。やるからには全業界でトップを取るぐらい大きくしたい。でも、僕一人の力なんて知れている。だからこそ、自分が持っていない力を持っている仲間と、ドローンフロンティアはもちろん、他の組織やこれから作るかもしれない何かを、本気で一位を取りに行く——それができたら、僕は幸せです。
20代の頃はまだ「やりたいこと」を探していた自分がいたけれど、今はもう探していない。探す必要もない。僕は何をやるかより、誰とやるかを選択する人間なんだということが、途中でハッキリわかった。逆に、こだわりがないことが僕の強みなんです。
これまで関わってくれたすべての人へ——「あなたの人生をぶち上げられる存在になりたい」
数時間でも、数百時間でも。僕のために時間を使ってくれた人を、絶対に後悔させない
——最後に、これまで関わってきた方々へメッセージをお願いします。
府川さん:こんな僕と、過去であれ今であれ、つるんでくれてありがとうございます——まずこれを伝えたいです。
人生って本当にあっという間です。一年一年、すごい早さで過ぎていく。その中で、数時間でも、数百時間でも、僕のために時間を使ってくれる人がいるということは、改めて感謝しなきゃいけないことだなって最近本当に思います。
その「ありがとう」と同じくらい伝えたいのは、僕自身がもっとレベルを上げて、関わってくれた人の人生を、仕事を、もっとぶち上げられる人間になるということ。仕事だけじゃない。サッカーが好きで夢があるなら、そこでも貢献できるかもしれない。ビジネスでも趣味でも、「目標があるなら一緒に上げにいこう」と言える存在でありたい。
僕と関わってくれた時間を、絶対に損をさせない人間になれるよう、努力し続けます。だから、これからも一緒にそういう仲間をいっぱい増やしていきたいと思います
会社名:株式会社ドローン・フロンティア(Drone Frontier Co., Ltd.)
設立:2017年3月13日
代表:府川 雅彦
事業内容:ドローンによる建造物点検(可視光・赤外線)/屋根積算アプリ「屋根はかる君」の運営/空撮・映像制作/ドローンスクール「UAS技能教習所 東京校」の運営及びFC展開/ドローン導入コンサルティング/ドローン及び周辺機器の販売
所在地:〒116-0013 東京都荒川区西日暮里1-60-12 CATS 2F(本社)/北千住支店・大津支店・熊本支店
URL:https://www.drone-frontier.co.jp/
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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