2026.06.06 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】居場所がない、と感じたことはあるか。居場所を創ることで、人生のすべてを豊かにする男。株式会社BUSHITSU 代表取締役 樋口駿太朗さん【人生ぶち上げch】

仕事、遊び、体——人生はそのどれか一つでは完結しない。その全部を豊かにしたい。そう願って、『BAR BUSHITSU』を恵比寿と西麻布で展開しながら、人材紹介、SES、整体・美容鍼までを一つの会社で抱える起業家がいる。株式会社BUSHITSU代表取締役の樋口駿太朗さん(以下、樋口さん)だ。
この記事の要点
- 01「大人になると、どんどん居場所がなくなっていく」——BVEATS時代に多くの経営者・ビジネスマンと出会うなかで強く感じたこの想いが、創業の原点になっている。
- 02でも、研修や社内の打ち合わせで本気度が伝わったり、初月に掲げた目標が一個ずつ現実化していくにつれて、見る目が変わっていく感覚がありました。
- 03——BVEATSで成果を出されて、独立されるわけですが、創業のきっかけは何だったんですか?
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
仕事、遊び、体——人生はそのどれか一つでは完結しない。その全部を豊かにしたい。そう願って、『BAR BUSHITSU』を恵比寿と西麻布で展開しながら、人材紹介、SES、整体・美容鍼までを一つの会社で抱える起業家がいる。株式会社BUSHITSU代表取締役の樋口駿太朗さん(以下、樋口さん)だ。
中央大学法学部卒業後、新卒で株式会社コロプラへ入社しスマホゲームのマーケティングに従事したのち、
紹介制のパーソナルジムを運営するBVEATS株式会社へ転職。完全歩合制の営業で歴代営業記録を更新し、営業マネージャーと採用責任者を歴任。その後、株式会社BUSHITSUを創業。
「大人になると、どんどん居場所がなくなっていく」——BVEATS時代に多くの経営者・ビジネスマンと出会うなかで強く感じたこの想いが、創業の原点になっている。学生時代、「それなりに出来た」日々から一変。新卒で味わった人生最大の挫折、そしてBVEATSでの初月での快挙。今回は、樋口さんがどのようにして「夢を応援する場所」を創るに至ったのか、その軌跡を伺った。
会社名 株式会社BUSHITSU
役職 代表取締役
氏名 樋口 駿太朗(ひぐち しゅんたろう)
仕事・遊び・体——人生のすべてに、居場所を
一つの会社で、なぜ複数の事業を抱えるのか
——まずはじめに、現在の事業内容について教えてください。
樋口さん:はい。当社の理念は「しごと、あそび、からだのすべてを豊かにする」というものです。事業としては、『BUSHITSU』という名のBARを恵比寿と西麻布の2店舗で運営していて、それと並行して人材紹介、SES、それから整体・美容鍼の事業を手がけています。
一見バラバラに見えると思うんですが、根っこは全部一緒で。仕事だけ頑張っていても、遊びだけ充実していても、心と体が健康じゃないと、本当の意味で豊かじゃないと思うんですよね。だから、足りないピースがあるなら、そこに耳を傾けてあげられる会社でありたいと思っています。
——最初に始められたのはBARだったんですよね。
樋口さん:そうなんですよ。意外かもしれないですけど、ボディメイクの真逆にあるような事業からスタートしました(笑)。広告は一切打たず、紹介のみで運営しています。「ここに行けば誰かに会える」「ふらっと帰ってこられる」そんな学生時代の部室みたいな場所って、大人になるとなくなっちゃうじゃないですか。それを、もう一度作りたかったんです。
それなりに成果も出たが、挫折も味わったスポーツ少年時代
表彰されるレベルではあるけれど、全国に行くとボコボコにされる
——幼少期から学生時代まで、どんなお子さんだったんですか?
樋口さん:もうずっとスポーツ少年でしたね。小学校で水泳と柔道、中学でサッカー、高校で水球、大学でラクロス。ほんと、その時々で気が多くて、何にでも飛び込むタイプでした。
水泳は地区大会で常に優勝するくらい、柔道では東京都で準優勝までいって。地元では「ちょっと肩で風を切って歩く」みたいな感じだったんです。でも、全国大会に行くと一気にボコボコにされる。「上には上がいる」というのを、毎回思い知らされていました。
——いつも上を見ると、まだ上がいる。
樋口さん:そうなんです。だから子供ながらに、ずっと「中途半端だな、自分」っていうコンプレックスがあって。それでも興味あることはガンガン挑戦してしまうから、また同じことを繰り返すんですけど(笑)。
家族は4人兄妹で、両親はデザイン系の仕事をしていて、母が柔道経験者だったので、その影響で柔道や水泳をやらされてきた感じです。祖父母は両方とも自営業で、祖父からは「建設会社を継がないか」と言われたこともあります。ただ当時は事業を継ぐイメージが全然湧かなくて、お断りしていました。
「最後のチャンス」だった大学ラクロス、そして引退の絶望
言い訳ができない環境で、本気で向き合った結果
——学生時代で、一番つらかったタイミングはいつですか?
樋口さん:大学のラクロスを引退した瞬間ですね。あのときは本当に絶望しました。
ラクロスって、ほとんどの人が大学から始めるスポーツなんですよ。だからスタートラインがみんな一緒なんです。それまで僕は水泳もサッカーも水球も柔道もやってきて、いつも「後から始めたから」「環境が悪いから」って、どこかで自分に言い訳していたんですね。でもラクロスはそれが通用しない。
それまで僕はどのスポーツも後発組ながら、チーム内の記録は常に更新できていたんです。だから、「自分はやれるやつだ」って思いはあったんです。それを証明する最後のチャンスが、大学のラクロス部でした。
——その最後のチャンスで、結果は……。
樋口さん:人生で一番打ち込みました。本気で向き合った。それでも日本一にはなれなかったんです。引退が決まった瞬間、もう本当に、何者にもなれなかったなって。部活で結果を出して終われなかったコンプレックスは、社会人になってからもずっと尾を引きました。
人生最大の挫折——自分を全否定されることもあった新卒時代
コミュニティの中では常に上にいた人間が、初めて自分を全否定された
——その流れで、社会人スタートはどうだったんですか?
樋口さん:これが、人生最大の挫折で。
就活では、当時の営業会社の大手から内定をいただいていたんですけど、なんかそこに行くのは「挑戦じゃないな」って気がしてしまって。それで内定を辞退して、メガベンチャーと言われていた株式会社コロプラに入社しました。「ここなら部活の次の挑戦ができる」と思って。
でも正直、社会をなめていました。蓋を開けてみたら、仕事が全然できなかったんです。
——具体的には、どんなふうにできなかったんですか?
樋口さん:マーケティングの部署に配属されたんですけど、企画を50本くらい出して、全部通らなかったんですよ。
それまで、勉強もスポーツも突き抜けてはいないけど、コミュニティの中では常に上のほうにいた人生だったんです。だから、ここまで自分自身を否定されるような経験は初めてで。「やるって言ったことができなくて、もう期待しないわ」みたいな空気が一番きつかったですね。
ピーク時はストレスから口内炎が口の外まで出るくらい追い込まれていました。今でこそ笑って話せますけど(笑)。
——口の外まで……。
樋口さん:精神的に来てましたね。当時はサウナと筋トレでなんとかごまかしていましたけど、現実逃避みたいなものでした。「自分はこうはなりたくなかったな」っていうダサい社会人になっていた時期です。
ただ、いま思えば、その時期があったから、「できないこと」「身についていないこと」「苦しい状況」を本当に理解できる人間になれた。社内のマネジメントも、人材事業の求職者さんへの向き合い方も、あの時期があるからこそ愛を持ってやれていると思います。
BVEATSとの出会い——お客として通い、人生が変わった
「自分の人生を謳歌している人たち」のエネルギーに惹かれて
——そこから、BVEATSへの転職につながるんですよね。
樋口さん:きっかけは、BVEATSにお客さんとして通っていたことなんです。
恵比寿の飲み屋で知り合った営業マンに紹介いただいて、当時BVEATSの営業マンだった森山さんとお会いして。「自分の人生を変えたい、いい流れを作りたい」という気持ちで入会しました。
通い始めて気づいたのが、BVEATSで働いている人たちのエネルギーがとんでもなかったことなんです。トレーナーも営業の方も、みんな自分の仕事と人生に誇りを持って、100%の力で打ち込んでいるんですよ。
——お客様としての時間が、転職の決め手になった。
樋口さん:そうですね。「ああ、自分が部活時代に持っていた、あの挑戦したい気持ちは、まだここで取り戻せるんだ」って感じたんです。それで転職を決めました。
なかでも特に魅力的だったのが、当時お世話になっていた森山さんの存在です。仲間への愛がとんでもないんですよ。実力もあって、周りからの信頼も厚い。でも何より、「人」への愛がある。ああいう人になりたいなって、強く思いました。
初月で月収100万円超——誰もなし得なかった偉業を達成する
商談ではなく、まずは打席に立たせてもらうことから
——BVEATSに入社してからは、相当な記録を打ち立てられたと伺っています。
樋口さん:はい。初月で報酬100万円を超えました。当時BVEATSには「ミリオネア」という、月収100万円を一つの基準とする目標があって。みんなだいたい1年くらいかけて積み上げて達成しに行く目標なんですけど、僕は初月でそれを達成しました。
きっかけは、「初月から、BVEATS代表の芦名さんがビビるような記録を作りたい」と思ったことです。結果的に57名の方にご入会いただきました。
——1ヶ月で57名……それは、どうやったらそんなことが起きるんですか?
樋口さん:シンプルに、先輩たちのやっていることを2〜3倍の数をやりました。また、本気の想いが伝わり、たくさんの方に応援していただいたというのが本当に大きいですね。
当時はまだ営業として実力もないので、商談させてくださいというより、「とにかく打席に立たせてほしい」というお願いをひたすらしていました。少しでも興味のある方がいたら、会わせてほしい、と。自分の想いと、サービスの魅力を全部セットで語って、ご紹介をいただいてました。一日中同じ場所にいて、1時間おきに打ち合わせを入れていました。1ヶ月で300アポくらい入っていたと思います。
——周りの反応はどうでした?
樋口さん:最初は社内のメンバーからも「何言ってんだこいつ」って空気は当然ありました(笑)。でも、研修や社内の打ち合わせで本気度が伝わったり、初月に掲げた目標が一個ずつ現実化していくにつれて、見る目が変わっていく感覚がありました。
実は、BVEATSは社内ルールで営業職も全員トレーナー試験を受けるんですが、僕の場合はそれだけじゃ足りないと思っていて。朝7時から自分自身がBVEATSに通って、まずは誰よりも自分でサービスを使い倒したんです。お客さんとしての視点、トレーナーとしての視点、両方を持ち合わせて初めて、自信を持ってサービスを提案できるようになる。そこまで突き詰めていたことが、覚悟として伝わったのかもしれません。
「居場所を作りたかった」——BUSHITSU創業の原点
大人になると、どんどん居場所がなくなる
——BVEATSで成果を出されて、独立されるわけですが、創業のきっかけは何だったんですか?
樋口さん:BVEATSは、体の側面から人を豊かにする会社でした。それも素晴らしいんですが、自分が創業するなら何をやりたいかと考えたとき、一番にあったのは「居場所を作りたい」という思いだったんです。
BVEATSでいろんな人と関わるなかで、「大人になると、どんどん居場所ってなくなっていくな」と感じていて。そこに対して何かしたかった。
——最初の事業がBARだった理由が、そこにあるんですね。
樋口さん:そうなんですよ。フィットネスとは対極にあるような事業からのスタートでした。でも、自分がやりたいと思える事業をやりたかったし、部室のようなBARという形に「居場所」のコンセプトがすごく合っていたんです。
ただ、未経験ながら、勢いで恵比寿と西麻布の2店舗を同時オープンしたんですよ。お酒の作り方すら知らない状態でスタートしたので本当に大変でした(笑)。店舗も飲食も初めてだったので、周囲からはとても反対されましたね。固定費もかかるし、売上が立たないと家賃も給料も払えない。広告も打たず紹介だけでやってきたので、結局、自分が現場最前線で接客もマネジメントも全部やる時期が続きました。夜の仕事なので体も悲鳴を上げていたし、昼夜逆転もありました。
でも、そこで気づいたんです。事業とお客様への愛、そして仲間がいれば、なんとかなるって。それが、いまの自分の大きな自信になっています。
メンバーへの愛——「夢を応援する場所」をつくる
夢を持った人が集まる、応援し合える環境を
——現在は、メンバーの方は何名くらいいらっしゃるんですか?
樋口さん:アルバイトの子たちを含めると、全部で50名くらいです。
会社として、創業当初から一貫して掲げているのが「夢を応援する場所」というコンセプトなんです。BAR事業のメンバーには、俳優を目指している人もシンガーソングライターを目指している人もいる。それ以外の事業のメンバーも、それぞれ「こういうことをやっていきたい」という夢を持っている。
そういうメンバーの夢を、応援できる環境でありたい。だからチャレンジできる環境も、働きやすい環境も、すごく大事にしています。
熱狂の原点——4ヶ月の世界一周と、インド・南アフリカでの体験
知らない世界を見に行くことが、自分のスケールを広げる
——少しお話が変わりますが、世界一周をされていたと伺いました。
樋口さん:はい。大学で部活を引退してから、新卒でコロプラに入社するまでの4ヶ月で世界一周してきました。
ずっと「自分のスケールを広げたい」「知らない世界を見に行きたい」という気持ちが強くて。あの4ヶ月は、自分にとってすごく大事な時間でした。
——一番印象に残っている国はどこですか?
樋口さん:いろいろあるんですが、インドはおすすめしたいですね。「全てが規格外で、自分の常識が通じない感じ」がめちゃくちゃ面白いんです。あと、人の優しさにも触れられる。
ガンジス川で泳ぐのに2回トライして、2回とも寝込んでいるので(笑)、3回目のリベンジには行きたいと思っています。
——南アフリカに行ってみたいんですよね(笑)(筆者の個人的な質問)
樋口さん:南アフリカも衝撃的でした(笑)。コンビニが全部鉄格子で囲まれているんですよ。店内に入れず、小さな窓から商品を受け取る。強盗されるから店側がそうしているんです。観光地は意外と大丈夫そうに見えるんですが、油断した瞬間にターゲットになるので、本当に気をつけたほうがいいです。
知らない世界を見に行く——これは大人になっても続けたい習慣ですね。
読者へのメッセージ——「過去最高の自分を、更新し続ける人生を」
部活を超える熱狂を、社内の行動指針にも掲げている
——最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。これから何か成し遂げたい、何者かになりたいけど、何をしたらいいかわからない若い方へ。
樋口さん:当社では「部活を超える熱狂」というのを社内の行動指針にも掲げています。
誰しも、何かに夢中になったり、のめり込んだりした時期があると思うんです。向上心のある方なら、なおさら。そのときの自分を、いまのあなたが超えている状態を、ぜひ作ってほしい。
もし超えられていないなら、まだその環境が見つかっていないだけだと思うんです。「これだ」と思える環境を探してほしいし、過去最高の自分を更新し続けるような人生を、ぜひ送ってもらいたいなと思います。
——では、これまで関わってきてくださった方々、前職の同僚や、今一緒に働いている仲間にもメッセージを。
樋口さん:当社の理念でもあるんですが、「しごと、あそび、からだのすべてを豊かにする」——これに尽きます。
人生って、仕事だけでもないし、遊びだけでもない。仕事で頑張って、遊びで思いっきり楽しんでいたとしても、心と体が健康じゃないと、本当の意味で豊かじゃないと思うんです。
頑張ることは、もちろん大事です。でも、自分の中で足りないピースがあるなら、そこにちゃんと耳を傾けてみてほしい。気が向いたら、ふらっとBUSHITSUに息抜きしに来てくれたら嬉しいです。
会社名 株式会社BUSHITSU
代表 樋口 駿太朗
事業内容 BAR運営(恵比寿、西麻布)/人材紹介/SES/整体・美容鍼
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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