2026.08.12ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「才能では、勝てなかった」——RIZINのリングを去った格闘家が、仕組みで黒字ジムを築くまで。名古屋・フィットネス/キックボクシングジム代表 祖根寿麻さん

「才能では、勝てなかった」——RIZINのリングを去った格闘家が、仕組みで黒字ジムを築くまで。名古屋・フィットネス/キックボクシングジム代表 祖根寿麻さん

「才能で勝てなかった」。

この記事の要点

  • 01「才能ではなく仕組みで勝つ」と決めた祖根さんに、その原点と現在地、そして見据える50店舗の未来を伺った。
  • 02祖根さん:僕らの入会率が上がった理由って、そもそも僕が体験対応をすると90%くらい取れるのに、うちの子たちがなんで取れないんだろう、というところから始まったんです。
  • 03でも「このままじゃダメだな」と思って引退して、そこから本当に経営と向き合い出した、という感じですね。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「才能で勝てなかった」。

その一言を、彼はごまかさない。修斗で環太平洋王者に輝き、RIZINのリングに5度立った男が、自分の限界を誰よりも冷静に見つめていた。

名古屋市内でフィットネス・キックボクシングジムを2店舗展開する祖根寿麻さん。1号店は現役時代から続く格闘技色の濃いジム、2号店は名古屋・栄のドン・キホーテ5階に構える100坪規模の大型フィットネスジムだ。強さではなく「仕組み」で黒字ジムをつくり、入会率をおよそ25%引き上げた。

沖縄で生まれ、子どもの頃は90kg近い体重。学業は振るわず、団体競技になじめず、格闘技を始めたのは高校3年の終わり。工場勤務、失恋、そして「見返したい」という一心。そこから這い上がってプロになり、頂点近くまで駆け上がった。しかし才能の壁にぶつかり、28歳で引退とジム経営という次の道を選ぶ。

「才能ではなく仕組みで勝つ」と決めた祖根さんに、その原点と現在地、そして見据える50店舗の未来を伺った。以下、祖根さん。

【プロフィール】

事業:フィットネス・キックボクシングジムの経営(名古屋市内2店舗)

役職:代表

氏名:祖根 寿麻

才能ではなく「仕組み」で——黒字ジムのつくり方

——まず、いま取り組まれている事業を教えてください。

祖根さん:今やっている事業は、フィットネス・キックボクシングジムがメインですね。名古屋に2店舗あって、1店舗目は僕が現役の頃からもう何年もやっているジムで、ちょっと格闘技寄りです。

2店舗目はだいぶ大きいジムで、名古屋の栄のドン・キホーテの5階に100坪あるんです。ここはもう本当にフィットネスっていう形で、ビジネスに寄せたジムを作っています。

——入会率や継続率といった実数まで、SNSで公開されていますよね。

祖根さん:僕らの入会率が上がった理由って、そもそも僕が体験対応をすると90%くらい取れるのに、うちの子たちがなんで取れないんだろう、というところから始まったんです。

そこで、僕がやっている最初の体験レッスンや格闘技の教え方を全部動画化して、マニュアル化しました。こういう時はこう受け答えをしよう、と伝えるようにしたんです。そのクロージングマニュアルを作ったら、スタッフも80%くらいまで伸びた。だいたい25%ぐらい改善しましたね。

——集客はどこから入ってくる方が多いんですか。

祖根さん:基本的には広告と、あとはホームページですね。僕らのホームページは名古屋だとSEOがけっこう強い方なので、そこから新規で入ってくる人が多い。広告からの入会は、だいたい30〜40%くらいですかね。

エブリデイでかかった——太っていた子ども時代

——子どもの頃はどんなお子さんでしたか。

祖根さん:本当に太っていて、高校生の頃で90kgくらいありました。もうけっこうデブでしたね(笑)。体がでかいのは小学校の頃からエブリデイでした。

——スポーツは何を?

祖根さん:小学4年から中学1年の初めまで野球、そこからはバスケです。野球をやめたのは、単純にバスケが楽しかったからですね。

——バスケは高校まで続けたんですか。

祖根さん:いや、高校1年くらいでやめました。団体競技が、どうしても苦手だったんです。パスを出さなかった子のことで怒られた時に、「今のは俺が悪くない」って言い方になっちゃったんです。なんで俺が下に合わせないといけないんだって思ってしまった。あ、団体競技は向いてないよなって、その時に気づきました。

——勉強のほうは?

祖根さん:いや、もう学業はめちゃくちゃ頭が悪かったです(笑)。遊びとスポーツに明け暮れていましたね。

「見返してやりたい」——18歳、格闘技との出会い

——格闘技を始めたのはいつですか。

祖根さん:18歳、高校3年の終わりかけくらいですね。最初は知り合いのジムに月1回行くくらいのレベルでした。

ちょっとやんちゃなところもあって、喧嘩があると呼ばれる、みたいな。もしかしたら自分は強いのかもしれない、というのが始まりだったと思います。

——高校卒業後はどうされたんですか。

祖根さん:高校を卒業して県外に出て、工場で働いていました。その頃は格闘技はしていませんでした。

そこで出会った女性が名古屋の人で、工場を辞めていきなり名古屋に出てきたんです。でも、名古屋に出てきたのにその女性とすぐ別れちゃったんです(笑)。

——それは、なかなかこたえますね。

祖根さん:「これはダサいな」と思って、見返してやりたいという気持ちになった。それでやったのが、格闘技だったんです。名古屋でバイトをしながら、格闘技を本格的にやり始めました。

21歳でジムへ、28歳で独立——プロの日々

——本格的に格闘技の世界に入ったのは。

祖根さん:21歳くらいで、格闘技ジムで働き出しました。昼はジムで働いて、夜は練習。ずっとその繰り返しでしたね。

——修斗で環太平洋王者になられた頃は、どんな生活を?

祖根さん:ベルトを取ったのが、ちょうど独立した時だったんです。28歳ですね。

生活は、午前中にプロ同士で練習して、昼はパーソナルの仕事、夜はレッスン、9時くらいからは所属のアマチュアの子たちとまた練習。もう格闘技に明け暮れていました。

——ベルトを取った時の気持ちは。

祖根さん:めちゃくちゃ嬉しかったですね。でも、自分が嬉しいより、周りが喜んでくれているのが一番嬉しかった。

RIZINという大舞台——そして訪れた区切り

——RIZINには5回出場されていますよね。印象に残っている試合は。

祖根さん:全部思い入れはあるんですけど、ある試合で人生で初めて、試合中に「どうやって勝てばいいんだろう」って思っちゃったんです。

その前に、シュートですごく強い相手に勝ってしまった試合がありました。日本に初めて帰ってきた有名な選手に僕が勝っちゃったんです。そうしたら「お前を出さないといけない」となって、次の一戦は僕を勝たせるための相手のはずだった。なのに、僕がポカをしてしまった。

——最後の試合は。

祖根さん:沖縄でキックボクサーの皇治選手とやりました。僕はもともとMMAがやりたかったし、キックは専門じゃない。「なんで俺がキックをやらないといけないんだ」という思いもあった。でも「このカードじゃないと盛り上がらないから」と言われました。

僕は沖縄出身なので、沖縄で、と思いました。その皇治選手戦から、大晦日の試合を最後にRIZINを退きました。

才能の限界と向き合う——引退という決断

——SNSで「才能で勝てなかった」と綴られていました。

祖根さん:やっぱり僕は、格闘技の才能も練習も、トップでUFCに行けるとか、RIZINでチャンピオンになれるという逸材ではない、と自分で気づいていたんです。

だからこそ、そのためのセカンドキャリアとして、28歳で自分のジムをやっていた。

——ジムはゼロから立ち上げたんですか。

祖根さん:いや、もともと店長をやらせてもらっていたジムを、買い取ったんです。だから僕のネームで来てくれる人が最初は多くて、そこで苦労はなかった。

でも「このままじゃダメだな」と思って引退して、そこから本当に経営と向き合い出した、という感じですね。

マニュアルとAIで——「仕組み」を武器にする

——「仕組み化」について、具体的な取り組みを教えてください。

祖根さん:やっぱりマニュアル作りですね。スタッフの入会対応のマニュアルも含めて、今は全てをマニュアル化している状態です。

スタッフの育成にも、AIを活用しています。才能や属人性に頼らず、仕組みで再現できるようにする。それが今のうちのやり方です。

——LINEでは経営相談や開業希望の相談も受けているそうですね。

祖根さん:多いのは集客の相談と、「レッスンはどういう感じでやっていますか」という内容ですね。

24時間、格闘家であれ——組織と、格闘家のセカンドキャリア

——いま感じている課題はありますか。

祖根さん:スキルの育成というよりは、対人との関わり方ですね。スタッフがどういうことを思っているのか、何を課題に持っているのか。

そのベクトルを、どうやって向けてあげるか。それが今の僕の一番の課題です。

——一緒に働きたいのは、どんな人ですか。

祖根さん:もう、格闘技が大好きで、格闘技で食っていきたいという人。プロじゃなくても、アマチュアくらいの子で十分だと思っています。

——格闘家のセカンドキャリアにこだわる理由は?

祖根さん:格闘家って、僕の中では「24時間格闘家であれ」なんです。どこかで働いて夜だけ練習するより、午前中にプロやアマチュアと練習して、夕方からジムで働いて、夜はまた午前中に学んだことをアマチュアの子にアウトプットする。

そのほうが24時間格闘家でいられるし、生活もできる。試合も組み込んで、名前も出して、そこからジムを運営するための取り組みを少しずつ教えていく。それをやりたいんです。

——発信で大切にしていることは。

祖根さん:昔からですけど、相手の批判をしないこと。しっかりリスペクトを持って対応する。それはずっと大事にしています。

「まずは、ミニマムでやってみること」——踏み出せない君へ

——目指していきたい姿を教えてください。

祖根さん:これからやっていきたいのは、ジムを50店舗。明確な数字を目標に立ててやっていきたいと思っています。

——最後に、一歩を踏み出せない読者へメッセージを。

祖根さん:本当に踏み出せない子が多いと思います。でも、まずは小さいことでもいいから、やってみること。「自分にはできない」じゃなくて。

そして、やり続けること。ランニングするだけでもいいし、シャドーをするだけでもいい。それは経営も一緒だと思うんです。まずはミニマムでやってみること。やり続けてみること。それがすごく大事なのかなって思います。

太っていた少年が、失恋の悔しさから格闘技に飛び込み、頂点近くまで駆け上がった。そして才能の限界を認めた場所から、今度は「仕組み」という武器で立ち上がる。強さだけではたどり着けなかった景色へ、祖根さんはマニュアルとAIを携えて、もう一度歩き出している。

会社概要

事業内容:フィットネス・キックボクシングジムの経営

拠点:名古屋市内2店舗(2号店は名古屋・栄/ドン・キホーテ5階・約100坪)

取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)

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