2026.06.22 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「市場に求められることを愚直にやる」——アンチコンサルで人材紹介会社様のインフラを構築する Def Works株式会社 代表取締役 小林 大真さん

Def Works株式会社・代表取締役の小林 大真さん。人材紹介事業の立ち上げから改善までを一気通貫で支援する事業を展開し、20代特化型の人材紹介会社では、導入3ヶ月で昨対比売上122%の成果を叩き出している。以下、Def Works代表取締役の小林さん。
この記事の要点
- 01人材紹介事業の立ち上げから改善までを一気通貫で支援する事業を展開し、20代特化型の人材紹介会社では、導入3ヶ月で昨対比売上122%の成果を叩き出している。
- 02「市場に求められていることを、愚直にやる」——その信念のもと、勝てる領域に絞って事業を展開する小林さんに、これまでの歩みと描く未来を聞いた。
- 03昨今、色々なツールやコンサル会社が出てきたり、AIによる打診求人の進化が行われている市場ですが、どこまで行っても最終は人が介在するビジネスであり、手を動かすのは、営業である事実は変わらないです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
ボール拾いから、すべては始まった。
Def Works株式会社・代表取締役の小林 大真さん。人材紹介事業の立ち上げから改善までを一気通貫で支援する事業を展開し、20代特化型の人材紹介会社では、導入3ヶ月で昨対比売上122%の成果を叩き出している。以下、Def Works代表取締役の小林さん。
4歳でサッカーを始め、高校を経て、強豪・京都産業大学体育会サッカー部へ進む。しかし待っていたのは「入部拒否」。3ヶ月間のボール拾いからのスタートだった。副キャプテンまで上り詰めるも、プロへの道は断念。新卒で株式会社レバレジーズに入社し、若年層人材紹介領域で3年連続の全社表彰を受ける。新規事業検討室を経て2023年9月に独立、2024年7月にDef Works株式会社を設立した。
「市場に求められていることを、愚直にやる」——その信念のもと、勝てる領域に絞って事業を展開する小林さんに、これまでの歩みと描く未来を聞いた。
プロフィール 会社名:Def Works株式会社 役職:代表取締役 氏名:小林 大真(こばやし・たくま)
事業内容——「アンチコンサル」を掲げる、人材紹介立ち上げのプロ
アドバイスで終わらない。手を動かし切ることで、教科書通りのオペレーションをインストールする
——現在、小林さんが展開されている事業について教えてください。
小林さん:メインで手がけているのは、人材紹介会社様に特化した立ち上げ・改善支援のサービスです。人材紹介事業の立ち上げから、既存事業の改善まで、一気通貫で伴走しています。
いちばんの特徴は、「アンチコンサル」を掲げていること。コンサルのように、アドバイスだけで終わらせることは絶対にやりません。僕らが業界トップクラスの人材と一緒に直接手を動かして、作るところまでやり切るサービスにしています。
というのも、アドバイスだけで関わっていても、お客さまの事業がうまくいかないケースのほうが多いんです。僕自身、フリーランス時代にそういった案件でご一緒したことも多かったのですがやはり、密に連携を取り合いながらプロジェクトを一緒に手を動かして作ったほうが、クオリティも高いし、ノウハウも社内に蓄積される。だからあえて「伴走して作り切る」ほうに振り切っています。
業界のトッププレイヤーの教科書を最短でインストールする
——具体的には、どういう座組みなのでしょうか。
小林さん:座組としては、その領域で実績を出している人材紹介会社出身の人材をデータベースとして社内で蓄積しています。現在累計100名以上のプロの知見をベースに人材紹介会社を支援しているサービスです。
特徴としては、お客様の課題に応じて「この市場なら、このオペレーションで、こういう検証をしていくのが最適解」というベストプラクティスを、自社とプロ人材で組み上げてお客さまの事業の悩みに合わせてインストールしていくサービスになっています。
実際に支援する中身としては、営業プロセスの最適化、スクリプト作成、集客戦略、営業メンバーへのマイクロマネジメント、オンボーディング、数値分析、どの広告経路が一番成約率が高いかの精査まで、エージェントを立ち上げるにあたり必要となるインフラについては構築するというのがサービスの概要です。
昨今、色々なツールやコンサル会社が出てきたり、AIによる打診求人の進化が行われている市場ですが、どこまで行っても最終は人が介在するビジネスであり、手を動かすのは、営業である事実は変わらないです。だからこそ面談するキャリアアドバイザーの履行品質を、市場でベストとされているノウハウをベースにマイクロマネジメントしていくサービスです。だからこそ、これまでの支援実績として成約率の改善は約7%ほど出ている状況です。
また近年、人材紹介事業の参入障壁は低くなってきているが故に、ステークホルダーも増加している市場です。例えば送客サービスや求人プラットフォームなどもそれに該当します。どれも素晴らしいサービスですが、正しいノウハウがなければ正しい選択ができず、利益率は落ちていく、それによって求職者にとっても良くない提案を受けることが多くなっているように思っています。僕らは、人材紹介企業様にしっかりとした利益を積み上げていただくことで、求職者にとってもいいサービスになることを目指しています。
幼少期〜学生時代——サッカー少年の原風景
「4歳から、近所の公園がすべての始まりだった」
——ご出身や、子ども時代のことを教えてください。
小林さん:僕は、4歳からサッカーを始めて、本当に近所の公園に毎日通っていたのが僕のすべての始まりですね。幼稚園から小学校は、もうサッカーしかしていなくて、チームでも1〜2番にうまいレベルだったと思っています。
父は元々化粧品や美容領域で会社を経営していて、売却も経験していたり会社経営を中心とした父親でした。また最近知ったんですけど、祖父は島根県で政治家をしていたこともあり、元々遺伝子的にもパワーのあるタイプだったと最近になって感じることが多いです。ただ、幼少期から金銭的な支援は一切受けずに育ってきた、ガッツリスパルタな家系でした。
家族にスポーツ関係者がいるわけでもなく、僕はたまたまサッカー一筋だっただけ。でも体育の球技でも「絶対に負けたくない」という、一番厄介なタイプの少年でした(笑)。
高校は県内ベスト8——進学コースからプリンスリーグへ
——小学校から高校までのサッカー歴を教えてください。
小林さん:中学は身長が思ったより伸びず、正直、泣かず飛ばずの時期でした。高校は県内ベスト8クラスの中堅校で、進学コースに入って、音楽以外の成績はオール5みたいな勉強も嫌いではなかったタイプでした(笑)。
転機は高校2年のとき。全国レベルの強豪が集うプリンスリーグという強豪校がひしめくリーグで試合をする機会があって、負けまくったのですが「トップレベルまで、もしかしたら努力量によっては登り詰められるかもしれない」と距離が縮まった感覚がありました。そこから大学は京都産業大学へ、もう一段、勝負する決断をしたんです。
大学時代の挫折——ボール拾いから始まった大学時代
入部拒否、そして3ヶ月のボール拾い
——大学サッカーで、一番苦しかった時期のことを聞かせてください。
小林さん:入部できなかった時期が一番きつかったです。入学してすぐ、保険の都合など諸々あるとのことで入部ができないところから始まりました。チームに入れなかったんです。
それでもなんとか「この学校でサッカーをやるために来たんで」と食い下がって、「3ヶ月間ボール拾いをさせてください」と勝手に始めました。ボール拾いを1人でやって、練習が終わったあとも自分で居残り練習をする。先輩からは「こいつボール拾いだけしに来てる」といじられることもありました。
全国トップクラスの選手たちの中で、鋼のメンタルをこの3ヶ月で構築しましたね。ようやく「入部できる」と言われたと思ったら、次は「セレクションがある」と。正直、驚きました。それでも結果は、早めに来ていたこともあり、ある程度慣れていたことや、ボール拾いの姿勢が認められて、無事合格。ここからようやくサッカー部生活がスタートしました。
ポジション転換と、自分のミスで先輩たちが走る日々
——入部したあとも、苦しい時間が続いたと。
小林さん:もちろん。苦しくない時はなかったです。僕、もともとボランチだったんです。でも入部1ヶ月目にコーチから、「君の足元じゃ大学トップレベルのボランチは無理だから、センターバック行けば?」と言われて、やったことのないポジションへ転換しました。
やったことのないポジションで、自分で引っかけて失点する、みたいなことが続いて。負けたチームは練習場を走るルールがあったので、チームを2つに分けるときは、「僕がいないチームの奪い合い」になるんですよ。一番下手なこいつを相手チームに入れたいと。
自分のミスで先輩全員を巻き込んで走らせてしまうこともあって、ノイローゼみたいになっていました。頭が真っ白になって、視界がすべて真っ暗になる感覚を、あのとき初めて経験しました
副キャプテンまで——「努力の総量で、何でもどうにかできる」という実感
——そこから、どう這い上がっていったのでしょうか。
小林さん:とにかく、練習量を上げること。日々の練習でうまくいったこと・いかなかったことの実験を繰り返すこと。この辺りを意識してました。2回生の後半からBチームとCチームを行き来し始めて、3回生の秋ごろからだんだん状態が良くなってきて、4回生でトップチームへ。副キャプテンをやらせてもらえるところまで来ました。そこからは、毎日ガンバやセレッソのユースのメンバーと練習ができるようになって、きつかったですが本当に嬉しかったです。今も人生の誇りに感じています。
別カテゴリーの練習も自分だけ参加するみたいな時期もありました。Dチームの練習に行ってからCチームで練習する、みたいなことを続けて、体も鍛え直したことも非常にためになっていました。
プロへの断念——「ファジアーノ岡山との練習試合で、確信した」
「やれないことはない。ただ、俺はプロにはなれない」
——プロへの道を諦めたのは、どんな瞬間でしたか。
小林さん:Jリーグに所属するクラブである、ファジアーノ岡山との練習試合のときです。あの試合で「無理だな」と確信してしまいました。Aチームのサブ組との試合だったんですけど、「なんとなくやれないことはない。でも、ギリギリやれているだけ」という感覚を覚えました。プロが無理なら社会人サッカーでなんとなく続けても意味がないと、試合終わりに腹に落ちたんです。そこで就活に完全にコミットしようと切り替えました。
新卒キャリア——タイピングできない状態から、全社ベストセールスへ
レベルの高い環境に、全てを賭ける
——新卒で株式会社レバレジーズを選ばれた決め手は何でしたか。
小林さん:起業したいという意志がもともとあったんです。そこで考えたのは「これはサッカーのときとまったく同じ構造だな」ということ。
もし幼少期からトップクラブのユースに入っていたら、プロになれていた可能性はゼロじゃなかった。社会に出てからも同じで、ビジネス界のトッププロと一緒に仕事をして、早い段階で挫折経験をグッと積めるかどうかがすべてだな、と。
だから、「レベルの高い環境に自分の全てを賭ける」というのが選んだ理由でした。もう一度吐きそうな経験をしてでも、経験値に全てBETする、という判断です。
右手の人差し指だけで仕事をしていた1年目
——入社してすぐは、どんな状況だったのでしょうか。
小林さん:正直、かなり苦労しました(笑)タイピングができなかったんですよ。恥ずかしい話、PCにほぼ触れたことが無かったので、右手の人差し指1本で仕事をしていて、そこから左手も使えるようになるところからスタートです。
研修でも何を言っているかわからないし、支店配属後は新卒のなかで自分だけ未達。始発で神奈川の青葉台から電車に乗って出社して、タイピングとビジネス用語の勉強をしてから仕事をするという生活をしていました。鉄人みたいな毎日でしたね(笑)
全社MVPの上司に、足繁く通い続けた
——そこから、どうやって成果を出していったんですか。
小林さん:誰から学ぶか、いかにうまくいっている人のノウハウを組み込めるかそこが成果を出した要因かと思います。やって良かったなというのは全社MVPを獲得された方に「教えてください」と、頻繁に自分から足を運んで学ぶということにこだわっていました。
たまたまその人と同じ支店だったのもラッキーで、「あなたに教わりたいんです」とずっと伝え続けた。そのおかげで、上長になっていただき、1年目で全社約1,100名の中からベストセールス15人に選んでいただけました。これは僕のキャリアのなかで、一番大きな転機だったと思っています。
2年目、コロナ禍での法人営業立ち上げ
——2年目以降の歩みを教えてください。
小林さん:2年目以降はコロナ禍が直撃して、若年層の人材紹介事業が一気に契約打ち切りになったんです。そのタイミングで法人側の組織を再生することを任されて、法人営業を始めました。
人生で初めて「時代の流れ」を感じた経験でしたね。「こんなに厳しいのか」と。それでも、なんとか走り切って2年連続のベストセールス。3年目には法人の責任者として「ベストリーダー」にも選んでいただきました。
新規事業検討室——「なんでも屋」としての経験値
——4年目以降はどんな役割を担われたのでしょうか。
小林さん:4年目以降は3年連続の全社表彰をいただいて「ひととおりやり切ったな」と感じていたタイミングで、代表が機会を作ってくださって、新規事業検討室に異動しました。
4人ほどの部署で、「なんでも屋」という感じでした。あるプロダクトを海外展開するための調査、アメリカの営業を受けてみるとか、中国市場の調査、社内への報告書の作成……。調査とコンサルを一生繰り返すそんな日々でした。これもまた非常にいい経験をさせていただき、本当に感謝しかないです。
これらの経験から「どんな底辺からスタートしても、4年くらいあれば何とかなる」という成功体験を、ここでつかんだ気がします。時間を積んで、努力の総量を上げれば、たいていのことはどうにかできるな、と。
事業の変遷——事業立ち上げ → 採用支援 → 人材紹介特化へ
自分の得意なことで、市場に求められることをやる
——独立当初から現在まで、事業はどう変わってきましたか。
小林さん:最初は事業を立ち上げるフェーズから作り上げるプロジェクトを受注しました。自分の経験にもなっていくような仕事で且つ、キャッシュも追求できるステージで仕事がしたいとの思いがありSESの事業立ち上げから始まりました。今でも発注をしてくださったお客様には、本当に感謝していて細かな連絡も欠かさずしています。
そこから、元々前職で人事プロジェクトにも関わっていたので、採用コンサル領域に目を向けるようになりました。お客さまの採用予算から戦略、ツール選定、人数計画までを一緒に落とし込む仕事ですね。
そのあたりから「自分がもともといちばん得意なのって、人材紹介そのものじゃないか」と思い始めて、人材紹介会社を支援する、今の形に落ち着いていきました。また、スケールさせようと思った時に、自分一人だとノウハウ的にもリソース的にもお客さまに迷惑をかけることも出てくると思ったので、現在のプラットフォームを構築するようになりました。今の市場を見た際に顧問のコミットメントや持っている知見で立ち上がるかどうかという支援しか行われていないことからも、まだまだ十分に市場のニーズにクオリティが追いついていないことを感じました。そこで自社においては、顧客課題にマッチしたデータベースを作りながら、市場に見合うベストプラクティスを構築し、プロのノウハウをベースに体制を組んで支援をしていく形を構築することで、品質が落ちない仕組みを構築するようになりました。
「やりたいこと」ではなく「市場に求められること」をやる
——事業選択の軸について、どう考えていますか。
小林さん:「やりたいことをやる」というのは、僕にとってはある種の浪費なんです。市場に求められていることを愚直にやるしか、会社は大きくなれない、という感覚がすごくある。だから今のサービスにおいても、僕らが生きる価値のある市場で事業を展開しています。
サッカーで「点を取りたい」と思っても、フォワードに行ったら僕は何もできない。だからディフェンダーとしてプレーする。これは社会に対しても同じで、自分のできることからちゃんと磨く。そこでできたアセットをベースに自分の資本に紐づいた事業展開をしていく、つまり、隣地を確実に取りにいく。それを事業判断のベースにしています。
価値観と信念——「半径1メートル以内の幸福を、最大限にできるかにこだわる」
一番近い人から、幸せにできる会社を
——会社として大切にされていることは何ですか。
小林さん:世の中の会社って、けっこう「距離の遠い幸福」を追求していると思うんですよね。それももちろん素敵なんですけど、僕らはまず、一緒に働く仲間が一番幸せであること。代表としての僕が、社員本人だけでなく、社員の家族の幸せまで追求できる土台を作る。
そのほか、社会のためになるかどうかは市場や顧客が評価することだと思うのですが、求められていることを愚直にやることで、それが結果的に、ユーザーのためになると思っています。だからこそ今一度、半径1メートル以内の幸福を最大化させられるように僕らは事業運営していきたいと思っています。そのためには、運営する全てのサービスで勝ち続ける、その結果クオリティを追求する必要があり、それが顧客の選択肢の最大化にも繋がると感じています。
「好きな仲間と一生幸せなら、どんな事業でもいい」と思っているタイプなので、「この事業でなきゃ」というこだわりは正直ありません。勝てる領域を、自分たちの能力を持ったうえで展開していく。「負けるビジネスはやらない」ということに、命をかけてやっていきます。
サッカーで学んだことが、そのまま事業の礎になっている
——サッカーの経験は、経営にどう活きていますか。
小林さん:ほとんど全部、サッカーの延長線上ですね。
小学校以降、ポジションがキャプテンか副キャプテン以上しかなかったので、「この人はどういうタイプなのか」「このチームを勝たせるために、何をやるべきか」を無意識に考える癖がついた。これは、今の成果に直結する材料になっていると思います。
あと、「こいつらでも無理なのか」と思わされるような圧倒的な差を見せつけられて、自分の立ち位置を客観視させられた経験。これが、ビジネスで「勝てる領域」を選ぶ感覚に、まっすぐつながっています。
今後の展望——「人材紹介会社のインフラ」になる
苦しんでいる事業者・経営者を、直接支援していく
——今後の事業の方向性について、教えてください。
小林さん:事業としては、「人材紹介会社のインフラ」になることを、まずは目指しています。
人材紹介で苦しんでいる事業者さん、経営者さんがいらっしゃったら、1000人のPDCAを回したベストプラクティスが明日すぐに手に入る、市場で最も正解とされている教科書を明日届けることを考え、直接支援に入っていく。そこでの成果を最大化することが、求職者というエンドユーザーにとっても、結果的に一番良いことにつながるはずだと思っています。
プロ人材の確保についても、審査基準を設けて、1時間以上の面談を経たうえで自社のプロジェクトやノウハウのブラッシュアップに入ってもらう形にしています。質の担保には、これからもこだわり続けていきたいですね。
読者へのメッセージ——「背伸びし続けることに価値がある」
挑戦の量が、キャリアを作る
——最後に、くすぶっている若者や、これから挑戦する人へのメッセージをお願いします。
小林さん:少し古い考えかもしれないんですけど、「背伸びし続けろ」と伝えたいです。
自分にとってストレスな環境、自分よりレベルが上の環境に身を置いて、同じ空気を吸う、同じ釜の飯を食う。それが、自分のレベルを常に引き上げてくれる。そこで信頼を得られたら、勝手に自分の価値が上がっていくものだと思っています。
そこで得た経験は、あとから全部「笑い話」にできる。だから、絶対に挑戦し続ける。常に、今より1個プラスした挑戦を目指すこと。それを意識してもらえたら、非常に良いキャリアになるんじゃないかと思います。
会社概要 会社名:Def Works株式会社 設立:2024年7月29日 資本金:5,000,000円 代表:代表取締役 小林 大真 事業内容:採用コンサルティング事業/人材紹介事業/SES事業(システムエンジニアリングサービス)/動画制作・映像制作事業 事業許可番号:有料職業紹介事業 26-ユ-300742
東京支店:東京都渋谷区広尾1丁目7-20 DOTビル 3F
京都支店:京都府京都市中京区御倉町75番地
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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