2026.06.08 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「楽しいから、栄える」——21歳で立ち上げた会社が、3つの事業で社会の底を上げにいく。合同会社楽栄・時枝南空さん

家庭環境の事情を経てのスタート。 バスケットボールに人生を捧げた高校時代。 大学で出会ったビジネスの世界と、運命を変えたの経営者との出会い。 ──そんな道のりを経て、20歳で会社を立ち上げ、いま3つの事業を率いている若き代表がいる。
この記事の要点
- 01組織を一から作り、立ち上げの苦労と失敗を経験しながら、いま「日本に走り続けられる人間をもっと増やす」というビジョンを掲げ、スポーツ×教育の領域に挑もうとしている。
- 02動いていない人より、動いている人のそばで時間を過ごすほうが、間違いなく自分も変わっていく」──そう語る時枝さんに、これまでの歩みと、楽栄が目指す未来について聞いた。
- 03そこから売上を伸ばすにはチームが必要で、組織を作って、紹介でVIPの経営者にもつないでもらって。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
家庭環境の事情を経てのスタート。 バスケットボールに人生を捧げた高校時代。 大学で出会ったビジネスの世界と、運命を変えたの経営者との出会い。
──そんな道のりを経て、20歳で会社を立ち上げ、いま3つの事業を率いている若き代表がいる。
今回お話を伺ったのは、営業・不動産・スポーツ事業の3軸で事業を展開する合同会社楽栄・代表の時枝南空さん。組織を一から作り、立ち上げの苦労と失敗を経験しながら、いま「日本に走り続けられる人間をもっと増やす」というビジョンを掲げ、スポーツ×教育の領域に挑もうとしている。
「やりたいことが見つからない時こそ、行動している人のそばに身を置いてほしい。動いていない人より、動いている人のそばで時間を過ごすほうが、間違いなく自分も変わっていく」──そう語る時枝さんに、これまでの歩みと、楽栄が目指す未来について聞いた。
・会社名:合同会社楽栄
・役職:代表
・氏名:時枝南空
家庭環境の事情と、児童相談所で過ごした3カ月──僕の人生の原点
葛飾への引っ越しと、小学校からのバスケ人生
——まず、幼少期のお話から聞かせてください。
時枝さん:小学校1年生からバスケットを始め、東京の東久留米、文京区、大田区と引っ越しを経験しました。家庭環境の影響で、3ヶ月ほど児童相談所で過ごしました。その後、葛飾に住んでいた祖母の家が受け入れてくれ、葛飾でおばあちゃんと母と3人の暮らしが始まったんです。葛飾でも地域のクラブチームに入って、そこから本格的にバスケ人生がスタートしました。
強豪校への挑戦
センター一本でやってきた高校時代。リバウンドが武器だった
——中学、高校でバスケに本気で取り組んでいたんですよね。
時枝さん:小学校3年生から葛飾でバスケを始めて、身長もあったので区の選抜やMVPに選ばれていました。中学校でも優秀選手にも選ばれて、地元の高校に推薦で行く話もあったんです。授業料も無料、特待生扱いです。でも、その学校は東京都ベスト32レベルで、僕としてはもっと上を目指したかった。
月刊バスケットボール誌に「千葉の高校のスカウト対象選手」として記事に載せていただいて、夏休みに練習に行って、日本体育大学柏高校への入学が決まりました。八村塁さんも同じ雑誌に載っていた時期だったので、本当に夢みたいでしたね。
——高校バスケのレベルはどうでしたか?
時枝さん:もう全然違いました。同期に身長190cm近い選手が何人もいて、留学生も来る。僕は身長178cmなので、平均身長で下から数えたほうが早かった。ポジションもセンター一本でやってきたから、ハンドリングもない、シュート力もない。じゃあ何で勝負するかというと、体の強さ。リバウンドだけは留学生からも取り切る、それだけが武器でした。
朝5時に起きて、5時半に家を出て、7時から朝練。授業を受けて、夕方に練習、9時、10時まで残って自主練。家に帰るのが10時半で、ご飯を食べてすぐ寝て、また5時に起きる。それを3年間繰り返しました。オフは毎週水曜日の1日だけ。
大学2年で月収120万円。ビジネスの世界に足を踏み入れた
数字を出した代わりに、地元の友達とは距離ができた
——大学はバスケで進学を?
時枝さん:いや、僕は推薦じゃなかったんです。プロなりたいという夢も特になくて、「バスケで将来食っていく未来」が見えなかった。それで一回バスケから離れて、消防士を目指して日本体育大学に進学したんです。
でも入学してすぐ、「やっぱりやろう」となって、セレクションを受けて入部しました。Cチームスタートだったけど、推薦組じゃないとAチームには上がれない壁がある。「ここから先の伸びしろは限られているな」と気づいて、夢は消防士、部活はバスケ、というスタンスで1年生の前半まではやっていました。
——そこからイベント業に?
時枝さん:1年生の秋ぐらいに、初めて同期とクラブに行った時に、たまたまイベント団体の先輩と知り合ったんです。昔から「お金を稼ぎたい」という気持ちは強くて、高校時代もバイトで月15〜20万稼いでた。だから「イベントなら稼げる」と聞いて、すぐ入りました。ファーストイベントのハロウィンで30人集客して、新人王を取ったんです。
そこから売上を伸ばすにはチームが必要で、組織を作って、紹介でVIPの経営者にもつないでもらって。最終的には、地元葛飾で知り合った「よしさん」という経営者についていく形で、大学2年の6月に初めて月収120万円を稼ぎました。それまでは20〜30万だったので、嬉しくてブランド物を買ったり、ちょっと派手な発信をしたりしていましたね。
——地元の友達との関係はどうなりました?
時枝さん:少し距離ができてしまいました。「お前何やってんの?」と聞かれることが増えて、週1で集まる輪からも徐々に呼ばれなくなって、誤解されることも増えていったんです。
でも僕はそこで、応援してくれる仲間を大事にする、という選択をしました。組織の作り方、マネジメント、VIPを呼ぶ営業設計──そこで初めて「ビジネスってこうやるのか」って身体で覚えていきました。これが僕のビジネスの原点です。
「自分の足で立てない自分」に気づいた瞬間
月収120万円稼げても、それは誰かの傘の下での話だった
——よしさんの元から独立しようと思ったきっかけは?
時枝さん:気づいたんです。「これって、よしさんがいないと僕は稼げないな」って。誰かに依存している状態だと、その人がいなくなった瞬間に自分には何も残らない。それじゃダメだ、自分の足で立てるようにならないと、と。
そこから個人事業主として、まずパーソナルトレーナーを始めました。1コマ50分3000円。本数を増やせば40万にはなったんですけど、時間制限がある仕事だから天井が見える。「もっと成長したい、もっと上に行きたい」と思っていた、大学2年の頃です。
同世代で結果を出している経営者との出会いが、僕を「ただ稼ぐ人」から「社会に何かを残す人」に変えた
同い年で年商億超え。この人と一緒に成長したい、それだけだった
——現在の事業の原点は、ある経営者との出会いだったと。
時枝さん:去年の4月、ちょうど1年ちょっと前ですね。同世代でしっかり結果を出している経営者の方に出会って、初めて「会社としてやる」「社会に貢献するものをスタートする」という発想を持ったんです。それまでは個人で動いていて、目に見える成果や派手なものに気持ちが向いていた時期でした。
その方は僕と同い年で、当時で年収2億。それでも偉ぶることなく、「一緒にやろう」って言ってくれて、僕も素直に「やりたいです」と。その日から、会社を起業して営業の組織を作り始めました。
——会社名「楽栄」の由来は?
時枝さん:シンプルに「楽しい」と「栄える」を組み合わせています。なぜそこに行き着いたかというと、僕がバスケを10何年も続けてこれたのは、楽しかったからなんですよ。本気でやるから楽しい。楽しいから成長する。成長するから栄えていく。
最初は「学生が学べる場所」という意味で「学栄」みたいな名前も候補にあったんですけど、ちょっと普通すぎてインパクトがないなと。「楽しい」を起点に、ちゃんと「栄える」までつなげる、その方向性が一番自分たちの会社らしいなと思って、「楽栄」にしました。
一度、組織を崩壊させた経験から学んだこと
自分が動けるからといって、人も同じ熱量で動けると思ってはいけなかった
——マネジメントで一度躓いたと聞きました。
時枝さん:起業して最初に作った組織は、仙台支店も合わせて10人ぐらいまで増えていました。「このままいけば年商5,000万いけるな」というところまで見えていた。
でも、営業って母数を追わなきゃいけないし、結果が出ないと辛い仕事です。みんなだんだん稼働が落ちていく中で、僕は自分が動けるタイプだったので、「なんで件数取れないの?」と詰めてしまった。言い方も強くなって、メンバーに対してかなり厳しい接し方をしてしまったんです。
そしたら仙台メンバーをまとめてくれていた人が「もう時枝とはやれない」と離れてしまって、芋づる式に仙台組織は全員離脱。一気に崩壊しました。
——そこからどう立て直したんですか?
時枝さん:先ほどの同世代の経営者の方と週1で定例ミーティングを組んで、「こういう言い方をしたほうが伝わる」「こう接したほうがチームとして機能する」というのを徹底的に教えてもらいました。やらない人の気持ちが本当に分からなかったので、まず「自分とは熱量が違うのが普通」という前提を持つところからやり直したんです。
経営層とメンバーのマインドの差って、永遠に完全には埋まらない。だからこそ「相手の温度に合わせた言葉」と「組織として走らせる仕組み」の両方が必要だって、あの崩壊から学びました。今、楽栄のメンバーには、あの時の僕の失敗の上に積み上げた接し方ができている自負があります。
営業・不動産・スポーツ──3つの事業を、並行して育てていく
それぞれの事業に本気のメンバーがいて、初めて会社が回る
——現在の事業構成について教えてください。
時枝さん:今は3軸で動いています。営業事業、不動産事業(賃貸仲介・媒介)、そしてスポーツ事業。今月で2期目に入ったところで、営業で5000万、不動産で5000万、合わせて最低でも年商1億の目標をミニマムとしています。
不動産事業は、お取引先の代表の方を紹介していただいたのがきっかけで立ち上げました。事業部長を任せている五十嵐というメンバーは、入社直後の初めての内見で2時間遅刻してきた男です。「5分で着きます」と言って、1時間以上来ない。「お前、何分で着くの?」と聞いたら「5分です」、また1時間後に「5分です」と(笑)。それでも今ではトップセールスとしてチームを引っ張ってくれています。
——3つの事業の関係性や、スポーツ事業への展開はどう考えていますか?
時枝さん:営業も不動産も楽栄の大切な柱として、これからしっかり伸ばしていきたいと思っています。その2軸で会社としての足腰を作りながら、並行してスポーツ事業も育てていく。それぞれの事業に本気でコミットしてくれているメンバーがいて、3軸が噛み合って初めて会社として強くなれると思っています。
スポーツ事業については、今年の冬に池袋の商業施設で3on3の大会を開催する予定で、関東の大学1部・2部リーグの選手を対象にやります。これがスポーツ事業の第一弾です。
走り続けられる人間を、日本にもっと増やしたい
スポーツで育まれる「努力できる力」を、もっと社会に還元したい
——なぜそこまでスポーツ事業にこだわるんですか?
時枝さん:僕、社会に出てから気づいたんですけど、「走り続けられる力」って、めちゃくちゃ大事なんですよ。スポーツをやっている人って、試合に出たい、活躍したい、上手くなりたい──その目標のために、友達と遊ぶ時間を削ってでも、自分の自由を削ってでも努力できる。それが習慣化されているんです。
頑張ったから試合に出られる保証なんてどこにもないですよね。それでも頑張る、走り続ける。その「走り続けられる人間」を、日本にもっと増やしたい。それが僕がスポーツ事業を本気でやりたい理由です。
社会人になってから「頑張り方が分からない」「続けられない」と悩む人は本当に多いと思うんです。でもそれって、その人の能力の問題というより、走り続ける経験を積む機会が少なかったからだと思っていて。だからこそ、その入口を僕らが作りたい。
——そこに教育事業として踏み込んでいくと。
時枝さん:そうです。今、小・中学校の部活動が縮小されていて、運動する習慣自体が減っている。基礎体力データも僕らの世代より下がっている。だから、クラブチームから始めて、幼少期から「走り続ける経験」を作れる環境を増やしたい。昭和は野球、平成はサッカー、令和はバスケが来ると思っているので、僕はバスケットボールのクラブチームから始めようと考えています。
——30歳の大人が同じことを言うのとは、何が違うんでしょう?
時枝さん:再現性です。めちゃくちゃ稼いでいる30代の方に「お前もやれば稼げるよ」って言われても、「いや、遠すぎる」って思ってしまうじゃないですか。でも同世代の僕が、同世代で結果を出している経営者を見て「この人みたいになれそう」って思えたから、ここまで来れた。
だから僕も、同世代や、もっと下の世代に対して「この人みたいになれそう」って思ってもらえるロールモデルでありたい。それは今この瞬間しかできないんです。30歳になってから言っても、もう同世代じゃないので。
やりたいことが見つからない人へ──まずは、一歩を踏み出してほしい
行動している人のそばに、身を置いてほしい
——最後に、目標が定まらず動けない人に向けてメッセージを。
時枝さん:「やりたいことがない」ってよく聞くんですけど、それは別に問題じゃないと思うんです。本気でやりたいことなんて、最初から見えている人のほうが少ない。
でも、たとえば「この服が欲しい」「夏休みに旅行に行きたい」って思ったら、みんなバイトを頑張りますよね。本質はそれと一緒で、ちょっとでも「こうなりたい」「これがほしい」という気持ちがあるなら、まずすぐに行動に移してほしい。
そして、行動している人のそばに身を置いてほしいんです。動いていない人より、動いている人のそばで時間を過ごすほうが、自分も間違いなく変わっていく。失敗しても、それは全部学びになる。
とにかく動く。動いた先に、自分が本当にやりたいことが見つかる。僕も気がついたらここまで来ました。もし悩んでいる人がいたら、僕のインスタにDMください。
楽栄に興味を持ってくれた方、ぜひ一度、ご飯でもオンラインでも、一緒に話しましょう。それで人生が少しでも前に進むなら、いくらでも時間を使います。
会社概要
・会社名:合同会社楽栄
・代表:時枝南空
・事業内容:ライフライン事業/不動産事業(賃貸・売買・空き家再生・投資)/スポーツ事業
・所在地:東京都
取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)
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