2026.05.17 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「誇れる仕事がしたい」——D2Cマーケティングから洗車アプリ、ペット×DXまで、3社の経営で日本のビジネス界に爪痕を残す男。株式会社E.N・和田広矢さん

「結局、人には全力になれる何かはあるはずで、信じて突き進んだ人にしか夢は叶わない」 大阪・本町を拠点に、D2C領域に特化したマーケティング支援を展開する株式会社E.N。代表の和田広矢さんは、5歳から23歳までの18年間をサッカーに捧げ、貯金ゼロから3ヶ月で起業。シャワーヘッドのテレアポ営業で半年1,500万円を売り上げ、創業から5期目を迎えた現在、グループと
この記事の要点
- 01しかし、コロナ禍のフィンランド挑戦と地域リーグでのプレーを経て、1年で引退を決断。
- 02「サッカーで成しえなかったものを、経営の方で成す」——挫折を経て選んだビジネスの世界で、和田さんは「プロダクトカンパニー」になることを掲げ、自社プロダクトで世の中に知られるブランドをつくる挑戦を続けている。
- 03今回は、サッカー少年から経営者へと舵を切った和田さんに、起業の原体験、3社経営の構想、そしてこれからのビジョンについて伺った。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「結局、人には全力になれる何かはあるはずで、信じて突き進んだ人にしか夢は叶わない」
大阪・本町を拠点に、D2C領域に特化したマーケティング支援を展開する株式会社E.N。代表の和田広矢さんは、5歳から23歳までの18年間をサッカーに捧げ、貯金ゼロから3ヶ月で起業。シャワーヘッドのテレアポ営業で半年1,500万円を売り上げ、創業から5期目を迎えた現在、グループとして広告代理店事業(株式会社E.N)、洗車アプリ事業(株式会社emotion)に続き、2026年5月にペット業界のDXを推進する3社目を立ち上げる。以下、和田さん。
和歌山に生まれ、兄の影響でサッカーを始めた幼少期。地元では名の知られた選手として、高校3度の全国大会出場、国体では県選抜の主将として全国3位を経験する。大阪学院大学に進学後も関西優勝を経験するなど、サッカー一筋の人生を歩んできた。しかし、コロナ禍のフィンランド挑戦と地域リーグでのプレーを経て、1年で引退を決断。「サッカーで成しえなかったものを、経営の方で成す」——挫折を経て選んだビジネスの世界で、和田さんは「プロダクトカンパニー」になることを掲げ、自社プロダクトで世の中に知られるブランドをつくる挑戦を続けている。
今回は、サッカー少年から経営者へと舵を切った和田さんに、起業の原体験、3社経営の構想、そしてこれからのビジョンについて伺った。
会社名 株式会社E.N
役職 代表取締役
氏名 和田 広矢(わだ こうや)
「プロダクトカンパニーになる」——3社をつなぐ一本の軸
D2C支援・洗車アプリ・ペット×DX。なぜ事業を広げ続けるのか
——まず、和田さんが現在手がけている事業について教えてください。
和田さん:1社目の株式会社E.Nは、創業時に営業代行で立ち上げ資金をつくり、そこからD2C領域の広告運用やWebマーケティングへと事業を広げてきた会社です。商品を売る部分、いわゆるルートの構築や販売のノウハウを蓄積するために5年間やってきました。
2社目は、洗車アプリの会社(株式会社emotion)です。日本で初めての洗車アプリで、Uberの洗車版のようなイメージですね。私は株主として、社外から経営に関わっています。事務所は東京にあって、月に1度は顔を出しています。
そして3社目が、2026年5月に設立する新法人です。ペットとDX化をテーマにしていて、オンライン診療やSaaSプロダクトを通じて、飼い主とペットの生活を豊かにすることを目指しています。私自身も犬を飼っていて、すごく愛着があるんですよね。だからこそ、業界のDX化を進めて、ペットと飼い主の生活を充実させたいと本気で思っています。
——なぜ3社という形で事業を広げるのでしょうか。
和田さん:ずっと言ってきているのが、「プロダクトカンパニーになりたい」ということです。創業時から自社プロダクトで「この商品といえば、この会社だよね」と言われる存在になるのが目標で、そのためにいろいろな経験を積んできました。
1社目で広告とWebマーケティングのノウハウを溜め、2社目で別領域のビジネスに触れ、3社目で完全自社プロダクトに踏み込む。この流れは、最初から描いていた絵に近いものがあります。
サッカー一筋18年——幼少期から青年期まで
普通の家庭に生まれ、ボールだけを追い続けた18年間
——和田さんのご経歴について、幼少期から伺えますか。
和田さん:和歌山の出身で、ごく普通の家庭に生まれました。父は郵便局で働いていて、母は英会話の教師をしていました。経営者一家ではまったくないですね。
幼稚園の頃から、兄の影響でサッカーを始めて、小・中・高・大、そして卒業後の1年と、ずっとサッカーをしてきました。学校の勉強はほぼしないタイプで、いつも親に怒られているような少年でした(笑)。
中学校も全力でサッカーに打ち込み、高校は選手権に出たいという思いがあって、地元の和歌山北高校に進学しました。中学の頃から地元国体の活動に呼ばれていたので、地元でやり切ろう、と。高校では3度の全国大会に出場、国体では県選抜の主将として全国3位にもなって、自然とプロを意識するようになりました。
大学は大阪学院大学に進んで、2年生のときには関西優勝も経験しました。本気でプロになれると思ってやっていましたね。
ビジネスとの出会い——シャンプーメーカー創業者からの衝撃
「世の中に知られている商品を作る」かっこよさへの目覚め
——サッカー一筋だった和田さんが、ビジネスに目覚めたきっかけは何だったのでしょうか。
和田さん:大学2年生のときに、誰もが知っているシャンプーブランド・BOTANISTを生み出した会社の創業メンバーの方と食事をする機会があったんです。「あのシャンプーを作っている人なのか」と、本当に衝撃を受けました。
「世の中に知られている商品を作っているって、めちゃくちゃかっこいい」
その瞬間、初めてビジネスというものに興味を持ちました。自分も、こういう仕事をしたい——感情に素直なタイプなので、その日から引退後に何をするかを考え始めました。在学中にアパレルブランドを経営してみたり、いろんな経営者に会いに行ったり、少しずつビジネスの世界に足を踏み入れていきました。
一番きつかったフィンランドの半年——挫折と決断
海外、遠距離、そして「もう日本でプロになれない」という現実
——サッカー人生で一番つらかったのはいつですか。
和田さん:サッカーって、基本的に挫折の連続なんです。優勝以外は全部負けですから、細かい挫折はいくらでもあります。でも、サッカーを辞めようと思った一番の理由は、海外での挑戦でした。
ジュニアユースのときに同じチームだった選手のつながりで、自分も挑戦してみたんです。コロナ禍だったので短期契約が終わって、半年ほどフィンランドにいました。プロのチームと契約できなかったり、海外での生活自体がしんどかったり。さらにそのタイミングで、当時付き合っていた彼女と遠距離になって、別れてしまった。それでホームシックに重なって、もうここにいたくない、と。
その後、日本に戻って福井県内の地域リーグのチームに加入してプレーしましたが、もともと日本でプロになりたかった夢が達成できないまま1年が過ぎて、すぐに引退を決めました。サッカーには、そこできっぱり見切りをつけたんです。
起業——貯金ゼロからの「2回目の挑戦」
スポンサー営業、ミラブル、テレアポ。最初の1社目は徹底的に泥臭く
——引退から起業までは、どれくらいの期間だったのでしょうか。
和田さん:引退から3ヶ月で起業しました。22歳から23歳にかけてですね。
ただ、貯金がゼロだったので、まず会社設立費用をつくらないといけない。知り合いの社長がやっていたサッカーチームのスポンサー集めの営業を成功報酬で手伝わせてもらって、まとまったお金をつくりました。1ヶ月で150〜200万円ほど売り上げて、その3割をいただいて、会社を設立した形です。
設立したものの、また資金は底をつくので、すぐにミラブル(シャワーヘッド)をホテルやお風呂屋さんに売るというビジネスを始めました。テレアポでバンバン売って、お金をつくっていったんです。経営者としてのキラキラした部分を見てくださっている方も多いかもしれませんが、最初は本当にめちゃくちゃ泥臭かったですね(笑)。
でも、僕はスイッチが入ったらバーッと動けるタイプなので、立ち上げ当初の営業は楽しくて仕方なかったです。今も新事業をやるにあたって、自分が先頭に立って動きたいという思いがありますし、どの事業も最初は綺麗な形だけではお金にならないと思っています。
経営の難しさ——3年目以降に向き合った「組織の壁」
数字を生む人間がいなければ、仕組み化はできない
——起業してから今まで、つらかったことはありますか。
和田さん:正直に言うと、創業当初の少人数のときはあまり苦しさを感じていなかったんです。一度キャッシュフローの問題で支払いが間に合わなくなって、友人に5万円ほど立て替えてもらったことはありましたけれど、それくらいでした。
ただ、人数が増えてくると、いろんな問題が出てくる。売り上げも思うように伸びない時期に、固定費だけが膨らんで圧迫されたり、意思疎通の部分でズレが生まれたり。3年目、4年目以降はずっとそこと向き合ってきて、「これが経営の難しさか」と痛感しています。
結局、数字を生まないと経営は成り立たないわけで。仕組み化は当然目指すべきなんですが、そもそも一人ひとりの基準値がないと仕組みにはならないんです。最終的には、自分自身で動いて数字をつくれる人間しか業界には残らない。だから最近は、組織の規律や、メンバーの基準値をどう引き上げるかという課題にすごく悩んでいます。
一緒に働きたい人物像——「自発的に動ける」人がほしい
教わるのを待つのではなく、自分で考えて動ける人
——いま、どんな人と一緒に働きたいですか。
和田さん:とにかく、自発的に動ける人ですね。
うちは法人2社合わせて数十名規模で、僕も含めて全員27歳以下なんです。だから、教える側の僕たちが言っていることが必ずしも正しいとは限らない。実際、正しくない部分があるから、形としてうまくいっていないところもあるわけです。じゃあ、それをどう解決するかというと、一人ひとりの自発性しかないんですよね。
たとえばSNSであれば、「どうやったら売れるか」「どうやったら広告が当たるか」「どうしたらバズるか」——そうした発想を自分で持って、なおかつそれをPDCAで回し続けられる行動量がある気合の入った人。そういう方と一緒にやっていきたいです。
スタートアップに入る意味というのは、こういうところだと思っていて。大手や中小企業の仕組みのなかで上がっていくキャリアではなく、自分でこじ開けていく場所だ、という価値観を持って入ってきてほしいですね。
「ビジネスの星」だった自分——価値観の変化
よくが先、社会貢献は結果としてついてくる
——起業の動機について、振り返ってみていかがですか。
和田さん:当初は「世の中のために」みたいな思いはほぼなかったです、正直。
サッカーで失敗したぶん、人生全体としては輝かせたいという思いと、お金持ちになって、かっこいい車に乗って、かっこいい家に住みたい、という、いわばエゴが大きかったですね。当時は別れたばかりの彼女を見返してやりたい、みたいな反骨心もありました(笑)。
僕は基本的に、周りの経営者を見ていても、最初は欲起点のモチベーションでスタートしている人がほとんどだと思っています。最初から「日本のGDPを上げる」みたいな志でスタートできるのは、ごく一部の天才か、生まれが起業家一家の人たちだと思うので。ほとんどの人は、いい暮らしをしたい、かっこよくなりたい——その気持ちが一番のエンジンになる。それは決して悪いことじゃないし、フェーズによってその意味も変わっていくんです。
ただ、経営を続けるうちに気づいたんです。社会貢献や社会問題の解決が、結果として売上につながっていくんだ、と。3社目のペット×DXは、そこを意識して走り始めた事業でもあります。
今後の展望——「いいものは広がっていく」
プロダクトを世の中に届け、ユーザーに選ばれ続ける会社へ
——今後、会社をどんな形にしていきたいですか。
和田さん:2社目、3社目はプロダクト中心の事業なので、それを世の中に普及させて、認知を広げていきたいというのが一番です。いいものは広がっていくと信じているので、ユーザーが増えて、生活のなかに自然と入り込んでいくような状態をつくりたい。
直近では、5月に3社目を設立して、大阪の同じフロアに3社のオフィスを集約します。3つの会社が同じ空間で動くことで、組織のエンゲージメントもグッと上がるんじゃないかと思っています。
経営の理念としては、創業時からずっと「誇れる仕事がしたい」というのがあります。「この会社のメンバーなんだ」「このサービスを世の中に出したんだ」と胸を張れる状態をつくりたい。やりがいや満足感はもちろんですが、それが結果として利益になり、給料になり、メンバーの生活に還っていく——そういう循環を回せる会社を目指しています。
慈善活動をするわけではないので、しっかり利益を出して、周りの人たちと楽しいことができる会社にしたいですね。
読者へのメッセージ——「とにかく早く、動け」
就職するにせよ、起業するにせよ、若いうちに行動を起こす
——最後に、これから起業を目指す方や、これから輝いていく若い方に向けてメッセージをお願いします。
和田さん:とにかく、動くことだと思います。
別に就職するのは全然いいんです。ただ、就職するのであれば、そこで圧倒的な成果を残してほしい。数字を読めない人間が経営をやったら、すぐ潰れるからです。うちの会社でも「この状況、よくないな」というときに「じゃあ、代わりの数字をつくってこれるか?」が問われる場面はいくらでもあります。だから、就職するにしても結果を圧倒的に出さないと、大した経営者にはなれない。
そして、起業するか就職するかで迷っているなら、なるべく早く行動した方がいいです。若さは絶対的なアドバンテージで、若いだけで人が話を聞いてくれたり、引き上げてくれたりする面もある。僕自身、起業して5年目ですが、最初の頃と比べてつながりや紹介は格段に増えました。早く行動を起こすことには、想像以上に大きなメリットがあります。
何かしたいけど何をしたらいいかわからない——その状態で立ち止まっているのが一番もったいない。考えながら動く、動きながら考える。それでいいと思います。
会社概要
会社名 株式会社E.N
設立 2022年5月
代表者 和田 広矢
事業内容 D2C領域に特化したマーケティング支援、広告運用、Webマーケティング
所在地 大阪府大阪市西区京町堀1-12-9 プロト大阪ビル4B
Webサイト https://en-pr.co.jp/
取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)
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