2026.07.11 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「苦しい時にどれだけ明るくいられるか、それが漢らしさ」——離職率6%のチームで訪問販売日本一を目指す男。株式会社最強・原薗涼さん

「訪問販売」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。しつこい、怖い、なんとなく後ろめたい。そんな世間のイメージを、内側から変えようとしている男がいる。 株式会社最強は、2024年11月に大阪で産声を上げた、平均年齢22歳の若手集団だ。インターネット回線などの代理店事業を軸に、全国およそ20社のパートナー代理店を束ね、業界内でも際立って低い離職率6%と
この記事の要点
- 01紆余曲折の末にたどり着いたのが、代表の松本龍拓さんと創業した「最強」という名の会社だった。
- 02サッカーを始めたきっかけは単純で、友達がやっていたから誘われて、という感じです。
- 03目標を明確にして、小さな行動から積み重ねていくことが大事なんじゃないかと思います。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「訪問販売」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。しつこい、怖い、なんとなく後ろめたい。そんな世間のイメージを、内側から変えようとしている男がいる。
株式会社最強は、2024年11月に大阪で産声を上げた、平均年齢22歳の若手集団だ。インターネット回線などの代理店事業を軸に、全国およそ20社のパートナー代理店を束ね、業界内でも際立って低い離職率6%というチームを作り上げてきた。
その中心にいるのが、取締役の原薗涼さん。鹿児島でサッカーに明け暮れた少年時代、大学卒業後に上京してからの挫折と借金、そして訪問販売という仕事との出会い。紆余曲折の末にたどり着いたのが、代表の松本龍拓さんと創業した「最強」という名の会社だった。
以下、原薗さん。
会社名:株式会社最強
役職:取締役
氏名:原薗涼(はらぞの・りょう)
二十社の代理店を束ねる、「伴走者」としての仕事
――現在のお仕事の内容を教えてください。
原薗さん:役職としては取締役になっています。今やっている業務は訪問販売の営業で、パートナーという代理店さんが今20社ほどあるんですけど、その代理店さんを推進していく事業を基本的にやっている感じです。毎週、パートナーさんとの定例の打ち合わせをして、抱えている案件や課題、今後どう会社をスケールしていくか、財務面や人事制度だとか、そのあたりを一連でアドバイスさせていただくのが基本的な業務になります。
サッカー漬けの少年時代と、鹿児島から東京への衝動
――幼少期や学生時代はどんな性格でしたか。
原薗さん:僕は結構ずっと、いじられキャラというか、一発ギャグキャラでしたね。小学校から大学までずっとサッカーをやっていて、学生時代はサッカー一本でした。
――出身は鹿児島なんですね。
原薗さん:そうです、鹿児島です。高校は鹿児島で、大学は福岡の大学に進学しました。学生時代の成績は、めちゃくちゃ良かったわけでも悪かったわけでもなくて。大学では教員免許を取るために割と勉強していましたが、高校まではほとんど勉強していなかったです。
――サッカーではどんな結果を残されたんですか。
原薗さん:個人では、鹿児島の国体の選手に選ばれました。サッカーを始めたきっかけは単純で、友達がやっていたから誘われて、という感じです。
――教員を目指したきっかけは。
原薗さん:高校の担任から「免許を取っておいた方がいいんじゃないか」と言われたのがきっかけです。
借金、工事現場、そして訪問販売との出会い
――大学卒業後のキャリアを教えてください。
原薗さん:本当は大学卒業後、人材系の会社に入る予定だったんです。ただ、大学4年生の12月に初めて東京に旅行に行って、「東京って楽しい」と思ってしまって。田舎者なので、東京のキラキラした世界にあこがれて、実際行ってみたらめちゃくちゃ楽しかった。それで内定していた仕事を辞退して、そのまま東京に居着いてしまったんです。
――それからどうなったんですか。
原薗さん:東京では仕事がなかったので、足場の仕事をしたり、バーで働いたり。ただ好き放題に過ごして借金もできて、結構苦しい生活でした。
その借金を返すためにダブルワークをしていた時期が1年くらいありましたね。
――そこから訪問販売に出会うわけですね。
原薗さん:友人に60万円を返してほしいと言われて、正直難しかったので、どうしようと思っていたところ、紹介してもらったのが訪問販売をやっている社長でした。最初は本当にお金を借りるためだけに会いに行ったんです。ただ「働いて」と言った方が貸してもらえるかなと思って、その日のうちに「60万円貸してください」とお願いして、訪問販売に出会いました。そこから7、8ヶ月ほど働いて、毎月12万円ずつ返済していく生活でした。
――その後、上場企業のセレブリックスに転職されたと聞きました。
原薗さん:その間、2ヶ月ほど無職の時期もあったんですけど、「このままじゃまずい」と思って。セレブリックスに中途で入って、4、5ヶ月働いてから独立しました。
「こいつは頭おかしいな」――盟友・松本龍拓との出会い
――代表の松本さんとは、どこで出会われたんですか。
原薗さん:60万円を借りた縁で入った、あの訪問販売の会社に、もともと松本がいたんです。僕が入ったタイミングで、直属の上司が松本でした。それが初めての出会いです。歳は同い年なんですけど、第一印象は「こいつは頭おかしいな」でした(笑)。
――原薗さんにとって、松本さんはどんな存在ですか。
原薗さん:「ワンピース」のルフィみたいな存在ですね。テンションを上げるのがうまいというか、みんなを引っ張っていく力があります。松本がいなきゃやっていけないです。
離職率6%というチームカルチャーと、大切にしている「あり方」
――チームで仕事をする上で、一番意識していることは何ですか。
原薗さん:「あり方」ですね。それに尽きます。
――実際、どんなチームができあがっているんでしょうか。
原薗さん:今働いてくれているメンバーは、本当に素直ですし、会社への愛が強いです。ステークがないから切り捨てる、みたいな会社は世の中にたくさんありますし、訪問販売という業態自体、離職率も高くて入れ替わりも激しい業界なんですけど、うちは離職率6%くらいなんです。組織への帰属意識が他社より強いのかなと思います。
――株式会社最強という社名やビジョンと、原薗さん自身の生き方が重なる部分はありますか。
原薗さん:会社として掲掜げているのが、すべての若者が自らの夢を実現できる環境を提供するということで。訪問販売という手段を使って、やりたいことを実現できる環境を、完璧ではないですけど作れていると思っています。自分自身がそうやって生き様を体現してきたので、その経験から、同じような立場の人に環境を与えたいという思いがあります。
お客様に説教された夜――一番きつかった経験
――独立されてから、一番苦労したことは何ですか。
原薗さん:訪問販売自体、コミッションの営業なのでキャッシュフローの部分がしんどかったですし、家がなかったので、どうやって食いつないでいくかというところが最初は本当にきつかったですね。
――印象に残っているお客さんのエピソードはありますか。
原薗さん:保険の営業をしている女性のお客さんに、身だしなみについて説教されたことがあって。当時、ひげも剥剃らず、髪もセットせず、ボロボロの靴で営業していたんです。頑頃張っているつもりだったんですけど、「それってお客さんに対してのリスペクトが足りていない」と、タバコの匠匂いいや身だしなみのことまで指摘されました。その時は何も考えていなかったんですけど、今になって「いいこと言ってくれたな」「気付かせてくれたな」と思います。自分よがりな営業だったなと、今に生きている言葉ですね。
高校サッカー部監督の言葉――「漢らしさは、苦しい時の明るさから」
――Instagramのプロフィールに「漢らしさは、苦しい時の明るさから」という言葉を掲げていますよね。ここに込めた思いを教えてください。
原薗さん:これはもう、その言葉の通りなんですけど。高校のサッカー部でキャプテンをしている時期。マネジメントもしていた時に、監督から教えてもらった言葉なんです。チームが苦しい時に、どれだけ明るくいられるかというのが「漢らしさ」なんだぞ、と。そこだけは大事にしろって、ずっと言われていて。会社がきつい時でも、チームがきつい時でも、組織がきつい時でも、自分は明るくいる。それをずっと意識しているポイントです。
素直に提案できる文化と、訪問販売日本一という目標
――一緒に働くメンバーの魅力や強みは、どんなところに感じますか。
原薗さん:入社してきたばかりのメンバーが「自宅で仲間を集めてボディービル大会をやりましょうよ」と自然に提案してくる、みたいなことがあるんです。普通、入ったばかりだとなかなか言い出せないと思うんですけど、それを言える空気がある。「若者のやりたいことができる」という企業理念を掲げている以上、やりたいことを企画して、言葉にして伝えるというのはすごく意識づけている部分なので、それが形になっているのかなと思います。
――今後、5年後、10年後にどんな成長を遂げていたいですか。
原薗さん:大枠としては、訪問販売の日本一を取ることが大きな目標です。それと合わせて、訪問販売って世間からすると怖いものというイメージがどうしてもあるので、そのイメージを一掃したい。社会性という観点からしても意義のある会社である必要があると思っていて、社員の健康管理も含めて、社会に対して高い影響を与えられるような会社になっていきたいです。
――これから一緒に働きたいと思う人物像はありますか。
原薗さん:素直、この一択です。
挑戦したいのに一歩踏み出せない若者へ
――最後に、挑戦したいけれど一歩踏み出せない若者にアドバイスをお願いします。
原薗さん:考えたり、あれしたいこれしたいと思ったりするのは、アクションが伴わないとただの考え事で終わってしまいます。全部アクションベースで、小さなことでいいと思うんです。例えば店員さんに愛想よく振る舞うとか、そのくらい小さいことで大丈夫。目標を明確にして、小さな行動から積み重ねていくことが大事なんじゃないかと思います。大きなことをする必要はないです。
会社名:株式会社最強
設立:2024年11月
代表:松本龍拓
事業内容:インターネット・電話回線の代理店事業、SNS運用代行・コンサルティング、有料職業紹介・労働者派遣事業
所在地:大阪府大阪市浪速区
取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)
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