2026.08.01ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「遠回りだからこそ見えた景色がある」——"ありのまま"の価値で地域と挑戦者をつなぐ男。株式会社RIAN・槻澤尚英さん

「遠回りだからこそ見えた景色がある」——"ありのまま"の価値で地域と挑戦者をつなぐ男。株式会社RIAN・槻澤尚英さん

遠回りの先に見えた"ありのままの価値"。株式会社RIAN・槻澤尚英さん 岩手県八幡平市出身、1991年生まれ。東京でイベントPR・運営会社を経営しながら、岩手との二拠点生活で地域活性化にも取り組む槻澤尚英さん。幼少期の怪我によるスポーツ断念、上京後の挫折、目標が見えないまま転々とした社会人生活——波乱に満ちた半生を経て、今は「挑戦したい人の可能性を広げる場所

この記事の要点

  • 01東京でイベントPR・運営会社を経営しながら、岩手との二拠点生活で地域活性化にも取り組む槻澤尚英さん。
  • 02幼少期の怪我によるスポーツ断念、上京後の挫折、目標が見えないまま転々とした社会人生活——波乱に満ちた半生を経て、今は「挑戦したい人の可能性を広げる場所を創る」という明確なビジョンを持つ起業家へと変貌した。
  • 03季節ごとに種目が変わるスポーツ少年団で、ソフトボール、陸上、相撲、スキーと、とにかく体を動かしてばかり。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

遠回りの先に見えた"ありのままの価値"。株式会社RIAN・槻澤尚英さん

岩手県八幡平市出身、1991年生まれ。東京でイベントPR・運営会社を経営しながら、岩手との二拠点生活で地域活性化にも取り組む槻澤尚英さん。幼少期の怪我によるスポーツ断念、上京後の挫折、目標が見えないまま転々とした社会人生活——波乱に満ちた半生を経て、今は「挑戦したい人の可能性を広げる場所を創る」という明確なビジョンを持つ起業家へと変貌した。

一見バラバラに見えるその歩みも、続けるうちにその一つひとつが一本の線でつながっていった。遠回りだからこそ見えてきた景色がある。そして、遠回りの先にようやく見えてきたのが、"ありのままの価値"だった。

以下、槻澤さん。

【プロフィール】

会社名:株式会社RIAN

役職:代表取締役

氏名:槻澤 尚英(つきさわ なおひで)

「できない」の連続だった

——子どもの頃から、「できない」という経験が続いていたと聞きました。

槻澤さん:小さい頃はスポーツに明け暮れていました。季節ごとに種目が変わるスポーツ少年団で、ソフトボール、陸上、相撲、スキーと、とにかく体を動かしてばかり。ただ、よく捻挫をする足になってしまって。好きだからこそ、痛くても無理を続けたせいで、どんどん悪くしてしまったんです。小学校低学年で「鬼ごっこはするな」って言われるのは、結構きついですよね(笑)。運動会に出られないこともあったし、親には病院や整体に何度も連れて行ってもらって、相当迷惑をかけましたね。

足と相談しながら、できる範囲でスポーツは続けていました。中学に上がって、いろんな競技をやってきたなかで「これが好きだ」と胸を張れたのが、棒高跳びだったんです。今思い出しても、本当に楽しかったですね。

高校進学のときは、散々悩みました。スポーツ校に行くか、将来を考えて商業高校に行くか。結局は将来を取って商業高校へ進んで、それでも棒高跳びは続けようとしたんですが、足の故障だけではなく物理的な問題にも直面して、叶わなかった。「選択を間違ったのかもしれない」と、今もかなり苦い記憶として残っています。

やっと「好きだ」と思えるものに出会えた矢先に、できなくなってしまう。目標を失い、好きなことができなくなるショックは本当に大きくて、当時は抜け殻みたいになった時期もありました。ほかにも、学生時代は本当にいろいろあって(笑)。そんな経験が積み重なって、「どうせやりたいことがあっても、最後はできなくなるんだ」という思い込みを、ずっと引きずっていましたね。

——上京してからも、順調ではなかったと。

槻澤さん:髪を切ることに興味があって、美容の専門学校で上京しました。ただ、田舎から大都会に出てきたギャップや、理想と現実の差に耐えられず、結局は3ヶ月で辞めてしまって。「人を笑顔にしたい」と綺麗な言葉で語っていたけれど、本当は、自分の「好き」と「仕事にしたいこと」が混ざっていただけだったんでしょうね。そうやって自分を客観的に見られたのは、遠回りだけど大事なことだったなと、今では思います。そこからは、不動産会社、芸能関係の会社、制作会社と、いろんな仕事を転々としましたが、社員として働いたことはなく、研修期間で辞めたり、業務委託で働いたりしていましたね。転職の合間にお金がなくなって、日雇いの派遣で食いつないだ時期もありました。お金がないときは、ローソンでコッペパンを100円で買って、三等分にして朝昼晩に分けて食べていたこともありましたね(笑)。働くうちに、仲間が増え、協力してくれる人が集まってきて。毎日が、新しい出会いと経験の連続でした。気づけば個人事業主になり、その先で起業していました。

起業してからすぐに、コロナが直撃

——起業して、いちばん大変だったのは。

槻澤さん:2020年1月に法人を設立したんですが、その2ヶ月後にコロナが来て、4月には売上がほぼゼロ。「これから頑張るぞ」と言った矢先で、正直「速攻で潰れるんじゃないか」と思いました。

しかし、給付金関係の仕事や、ワクチンの接種会場、療養施設の運営など、社会問題の最前線に立つ仕事をいただきました。あの頃は本当に、ずっとずっと働いていましたね。続けてきたからこそ、声をかけてもらえたんだなと思います。ありがたいことに、これまで関わってきたクライアントは一社たりとも切れることなく、今もお付き合いいただいています。それが、僕の一つの自信になっています。やめようと思った時期もあったけれど、続けていてよかったなって。見てくれている人は、いるんですよね。本当に、お陰様です。今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

転機——地元の"当たり前"は、宝物だった

——そこから、目線が岩手に向いていく。

槻澤さん:イベントのPRの仕事をしていく中で、モノに対しての見え方や感じ方が変わっていって。地元では当たり前だったものたちが、東京だと驚くような値段がついている。「地元にあるものって、実はとんでもない価値があるんじゃないか」と感じる場面がありました。生まれ故郷に当たり前にあるものこそ、これまで見ようとしてこなかっただけで、本当は宝物ばかりだったんじゃないか。そう気づいたのが、30とか31の頃でした。

たとえば、父がずっと作り続けてきたお米。実家では当たり前にありすぎて、特別なものだと思ったこともありませんでした。それを試しに東京の友達に送ってみたら、「めちゃくちゃうまい、また来月も頼める?」と返ってきたんです。その言葉をそのまま父に伝えると、来年の米作りを続けるか迷っていた父が、「そんなふうに言ってくれる人がいるなら、来年も頑張ろう」と。その言葉通り、父は今も米作りを続けています。

単に「ありがとう」と喜んでくれるのと、そこから一歩進んで「求められる」とは、また違う格別な嬉しさがあるんです。それは、料理をつくった人が「おいしい!」と喜んでくれた先で、「おかわり!」と求められたときの感動に似ています。感謝の言葉の先にある、「必要とされる喜び」。それが、人を動かすんだなと思いました。

僕がずっと大事にしている言葉があって。「当たり前が当たり前じゃなくなったとき、初めて当たり前だった時の幸せを感じる」という言葉。少し前の米騒動もそうですよね。お米が手に入らなくなって初めて、当たり前のようにあったことへのありがたさに気づく。でも、それでは正直、遅い。だからこそ、今あるものに目を向けて、感謝して、噛みしめること。それがとても大切なことだと思っています。

これから——岩手と、挑戦する人のために

——いま、具体的にはどんな活動をされているのですか。

槻澤さん:いまは東京と岩手の二拠点生活を送りながら、それぞれの場所で様々なことをしています。『やりたいな』と思ったことを、まずやってみているところです。

東京での活動

岩手出身の経営者会

岩手の食材を使った食事会

岩手県人会の運営

和牛会開催

高校OB会、ふるさとの会への参加

47都道府県「地方創生プロジェクト」の岩手代表

世界的名器ストラディバリウスとのコラボイベント

岩手フェス企画

岩手での活動

2ヶ月に1回の帰省による、地域の生産者や住民との交流

地域の方との山仕事やイベントへの参加

米づくり・山菜採り

地元の農産物のPR活動

地元食材のECサイト運営

シングルマザーへの在宅ワーク支援

次世代起業家オーディション企画

などなど実際にやっていたり、今後企画途中のものもあります。

——根っこにある思いは。

槻澤さん:やりたいことがあっても、何からしていいか分からない。何かを理由にやっていない。

このような人は、きっとたくさんいるんじゃないでしょうか。数年前の僕は、まさにそうでした。当時は「自分の目標って何だろう」「何を目指せばいいんだろう」って、そんなことばかり考えて、ずっと人生に迷い続けていました。今思えば、遠くにある「何か」ばかりを探していたんですね。

そんな僕を救ってくれたのは、ある友人の言葉でした。「お前はすでにたくさんのものを持ってる。なのに、無いものばかりに目が向いていて、自分がもっているものが見えてないんだよ。お前は価値として存在し、価値あるものを持っているはずだ」って言ってくれたんです。その言葉が、僕の目を覚まさせてくれました。

僕自身が、人の言葉で気づかせてもらうことで救われた。だからこそ、今度は僕がその役割を担う番だと思っています。かつての僕のように「何かしたいけれど迷っている人」の想いを応援し、可能性を広げられる場所を創りたい。それこそが、これから僕がやっていきたいことです。

最後に、伝えたいこと

——この記事を読んでいる人へ、ひとことお願いします。

槻澤さん:自分の「想い」や「志」を、大切にしてほしいです。

「自分にしかできないこと」は、誰にでも絶対あるはず。

「やりたい」「なりたい」という想いがあるなら、持ち続けてほしいと思います。そう思える動機があること自体が素晴らしいことだと思うので。

誰かより「優れよう」とするのではなく「異なる」こと。そこに、あなただけの価値があるはずです。

だからこそ、「ないもの」を探すのではなく「あるもの」——すでに持っているものに目を向けて、近くにある小さな幸せに気づく心を持ってほしいと思います。

幸せの四つ葉のクローバーは、案外自分の足元にあるんじゃないかな、と思っています。

「一人一人の存在そのものが、当たり前のように輝ける世界を」

想いある人たちと、これから一緒に創っていきます。

【会社概要】

会社名:株式会社RIAN

代表取締役:槻澤 尚英(つきさわ なおひで)

事業内容:イベントPR・運営、岩手地域支援事業

取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)

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