2026.06.08 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「仕事が楽しくなきゃ、人生は豊かにならない」——三河の採用を“根”から支える経営者。株式会社エンルーツ・駒田雄也さん

「三河には、本当に素晴らしい企業がたくさんある。」
この記事の要点
- 01代表取締役の駒田雄也さんは、HRソリューション(採用戦略コンサルティング/人材紹介)とクリエイティブ制作を軸に、三河エリアの企業の採用課題を“根”から支援する経営者だ。
- 02地場の自動車販売会社で、いわゆる一族経営の会社だったんですけど、その副社長は東京の高学歴な環境から、東京の広告代理店で働いて、自分で広告系の会社を起業して、それを譲渡して親の会社に戻ってきた、という経歴の人で。
- 03副社長が経営の主導権を握った途端、面白い施策を次々と打って社風がガラッと変わっていった。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「三河には、本当に素晴らしい企業がたくさんある。」
愛知県岡崎市に本社を構える株式会社エンルーツ。代表取締役の駒田雄也さんは、HRソリューション(採用戦略コンサルティング/人材紹介)とクリエイティブ制作を軸に、三河エリアの企業の採用課題を“根”から支援する経営者だ。「三河人事」というコンセプトを掲げ、広報・集客から入社後の定着・活躍までをワンストップで伴走する。以下、駒田さん。
1992年、愛知県幸田町生まれの三河っ子。大学では野球部に所属する一方、興味のない講義にはとことん身が入らず、サボりすぎてしっかり1年留年。しかし、そのエネルギーが仕事に向かうと、社会人1~3年目に自動車ディーラーで東海エリアの若手部門トップを獲得。その後マイナビへ転職し、わずか1年半で支店立ち上げのマネージャーに最速昇格。中途採用支援は延べ1000件以上、月商1,000万円を一人で叩き出した実績を持つ。
そんな駒田さんが、なぜマイナビを辞めて独立したのか。なぜ名古屋ではなく、三河の岡崎で会社を興したのか。そして今、4期目を迎えるエンルーツが描く未来とは。学生時代の挫折から、独立後の手応えまで、駒田さんの“原点”をじっくり伺った。
・会社名 株式会社エンルーツ
・役職 代表取締役
・氏名 駒田 雄也(こまだ ゆうや)
「三河人事」というコンセプトで、採用のすべてを支える
三河エリアに特化したHRソリューション×クリエイティブ
——まず、エンルーツさんの事業内容について教えてください。
駒田さん:弊社は大きく分けて、HRソリューション事業とクリエイティブ事業の2本柱で構成しています。
HRソリューション事業の中には、企業の採用課題を解決する「採用戦略部」というコンサルティング部門と、「人材紹介」の部門があります。そこに、クリエイティブ制作を内製でやっている部門が加わって、現在は採用戦略部に3名、人材紹介に4名、クリエイティブに2名という体制です。
コンセプトとして掲げているのは「三河人事」。三河エリアに特化した採用支援・人材紹介・クリエイティブを提供する会社というポジションで、企業の広報から集客、入社後の定着、活躍までを全部ワンストップで支援していくのが、うちの会社のスタイルです。
なぜ名古屋ではなく、三河なのか
——HR領域で独立する方の多くは名古屋を拠点に選ぶと思うのですが、なぜ三河だったんですか?
駒田さん:理由は二つあります。一つは、僕自身がずっと三河エリアでHRの仕事をしてきたので、市場理解度が一番高いということ。
もう一つは、あえて地方に特化して圧倒的なシェアを取るという「ランチェスター戦略」的な狙いがあるからです。
いま、都会を中心にHRの会社は乱立していますが、地方に目を向けると、情報はあっても実働が伴っていない“ラストワンマイル”の課題が放置されています。だったら、僕らがそのエリアのファーストペンギンになればいい。
まずは2030年までに、ここ三河で「三河人事といえばエンルーツ」という絶対的なポジションを確立します。そこで培った再現性のあるノウハウを持って、次の地方エリアへと水平展開していく。だからこそ、まずは勝てる場所、そして僕が最も愛着のある三河から戦略的に攻めているんです。
「このまま社会人になったら、やばい」——留年が教えてくれたこと
大学時代、人生で一番モチベーションが落ちたタイミング
——少し時間を巻き戻して、駒田さんの学生時代についてお伺いできますか?
駒田さん:スポーツはずっと野球をやっていて、小学校から大学までずっと続けていました。自分を形成している部分は、やっぱりスポーツに支えられている部分が大きいと思っています。
ただ、大学時代は本当に頑張れていなくて。1年留年してるんですよ。部活はしっかりやっていたんですけど、勉学のほうは全然真面目じゃなかった。モチベーショングラフで言うと、人生で一番落ちたタイミングですね。
なんとなく楽な方に行ったり、なんとなく自分に甘えていたり。それで留年という事実を突きつけられた時に、ハッとしたんです。「自分って、本当にかっこよくないな」って。
今思うと、あの時に留年して本当に良かった。その反動で、「このまま社会人になったら本当にやばいな」「かっこいい大人になれないな」って強い危機感を持てたので。だから社会人1年目から、ここで巻き返さないと本当にダメになるって思って、それをバネに頑張れたんですよね。
「就活解禁日に麻雀を覚えてしまって……」——不真面目だった学生時代
——1社目はどんな会社に進まれたんですか?
駒田さん:愛知県の東三河エリアにある、新車の自動車ディーラーで営業職としてキャリアをスタートしました。
実を言うと、当時の僕は世間一般の「まっとうな就活」とは程遠い生活を送っていたんです。というのも、就活解禁日にあろうことか麻雀を覚えてしまって。そこから雀荘やパチンコに入り浸るような毎日になってしまったんです。一度ハマるとそればかりになってしまう、極端な性格なんですよね。
周りがスーツを着て着々と内定を勝ち取っていく中、僕は就活のスタートラインにすら立っていない。見かねた友人に「さすがにやばいよ」と言われて、ようやくふらっと就活フェアに行き、たまたま目についた2社だけを受けて、最初に内定をくれたディーラーに決めた。本当にそれくらい適当な就活でした。
ただ、今はHRの領域で会社を経営していますけど、自分がそんな風にレールを外れた就活をしていたからこそ、「履歴書の綺麗さや面接のテクニックだけじゃ、人の本質って分からないよな」と身を以て思うんです。綺麗事じゃなく、その人の持っている素のポテンシャルを見たい。そういう今のエンルーツのスタンスには、当時の反省や経験が少なからず繋がっていますね。
副社長との出会いが「狭い世界」を抜け出すきっかけになった
地方ディーラーで出会った“異色の副社長”
——その自動車ディーラーには3年半いらっしゃったんですよね。何が転職のきっかけになったんですか?
駒田さん:その会社の副社長との出会いが、すごく大きかったんです。
地場の自動車販売会社で、いわゆる一族経営の会社だったんですけど、その副社長は東京の高学歴な環境から、東京の広告代理店で働いて、自分で広告系の会社を起業して、それを譲渡して親の会社に戻ってきた、という経歴の人で。
当然、地方の常識とはビジネスへの捉え方が全然違うんですよ。副社長が経営の主導権を握った途端、面白い施策を次々と打って社風がガラッと変わっていった。僕もありがたいことに目をかけていただいて、よくお話をさせてもらっていました。
その中で、ビジネスパーソンとしてのマインドセット、つまり「視座を高く持つこと」の重要性を徹底的に叩き込まれたんです。ただ一方で、そうした革新的な考え方に馴染めない、これまでの地方の“現場”の空気感とのギャップも目の当たりにしました。
副社長から刺激的なマインドを吸収すればするほど、「このまま狭い世界だけで満足していたら、自分の可能性を縮めてしまうんじゃないか。もっと広い海へ出て挑戦したい」という気持ちが強くなっていったんですよね。それが、3年半で1社目を辞めてマイナビへ転職する決意に繋がりました。
「1ヶ月で1000万売れたら、課長に推薦してやる」
中途入社1年半でマネージャー最速昇格
——マイナビ時代のキャリアと実績について教えてください。
駒田さん:マイナビには5年いて、初めの1年半はプレーヤー、残りの3年半はマネージャーをやっていました。部門は中途採用部門で、「マイナビ転職」を売る営業です。
岡崎支店でプレーヤーを1年半やった後、豊橋という新幹線も止まるエリアで新しい支店を出すという話があって。そこの立ち上げをやらせてくれと言って、マネージャーに昇格すると同時に、支店の立ち上げを任せていただきました。
当時、中途で入って1年半でマネージャーになるのは、東海エリアでは最速だったと聞いています。実は部長が専務にマネージャー打診をした時、一度「早すぎる」と弾かれたらしくて。でも部長が頑張って通してくれたって、後から聞きました。
通常予算の5倍、月商1,000万円達成
——その背景には、相当な営業実績があったんですよね?
駒田さん:すごく覚えているのが、当時の部長と握ったことがあって。「この期間中のどこかの1ヶ月で、一人で1,000万円の売上を上げろ。やったら課長に推薦する」っていう話になったんです。
中途採用の営業に当時かけられていた予算が、月300〜400万円くらい。なので、3〜4倍近くの達成率を単月でもいいからやれ、と。それで2018年12月に、月商1,000万円を達成したんです。
達成できた要因は、もちろんお客さんとの契約更新タイミングが重なったこともあります。でも本質的には、「できるかできないか」じゃなくて、「やる」って決め切ったことが大きかったと思っています。
やるって決めると、「どうやるか」しか考えなくなるじゃないですか。やったらできる。逆にこの時点でここまでいかなかったらヤバいから、どうにかして必ずやる、っていう思考に勝手になっていく。せっかく与えられたチャンスだったので、活かすも殺すも自分で。絶対に後悔したくなかった。
だから半分は今まで培ってきたもので、半分は気合いですね。
マネージャー時代の挫折と、独立を決めた“ジレンマ”
表彰され続けたプレーヤー時代から一転、マネージャーでは無冠
——マネージャー時代は順風満帆だったんですか?
駒田さん:実はマネージャー時代のほうがキャリアは長いんですけど、全社の表彰はプレーヤー時代だけで、マネージャーになってからは1回も賞をもらえていないんですよ。
ディーラー時代は社会人1年目で東海エリアの若手部門1位、2年目は全国新人賞、3年目は東海エリアで金賞。マイナビに入ってからも、1年目は中途採用全国100人の中で新人賞、2年目は全国プレーヤー約500人の中で上位5%のプレーヤー賞を受賞して。
ただ、マネージャーになってチームとして表彰されることはなかった。それが結構コンプレックスだったんです。
僕の部下が個人で表彰されることはあっても、チームとして、マネージャーとしての受賞がなかった。なぜかと言うと、自分でもうっすらわかっていて——自分に対しては厳しくできるんですけど、メンバーに対して厳しくしきれなかったんです。どこかで「嫌われたくない」っていう思いが、自分にあったんですよね。
「やりきる」ということを、メンバーに徹底させ切れていなかった。それは独立してから、元マイナビの部下に「マイナビの時とは変わった」と言われて、改めて自覚しました。
「自分の幸せって何だろう」——終電タクシー生活で抱いた違和感
——独立を決めた直接のきっかけはなんだったんですか?
駒田さん:マネージャー時代に、毎日終電を逃してタクシーで帰る、みたいな日々が一時期あって。
その時にぼんやりと考えたんです。「自分の幸せって何だろう」って。自分は今、幸せなのかな。メンバーは幸せなのかな、と。そう思って部下を見回したら、結構みんな疲弊しているように見えたんですよ。
仕事自体は僕、めっちゃ好きだったんです。仕事人間だったので。でも、「このままずっとマイナビにいて大丈夫なのかな」って、ふと不安になった。
それともう一つ。「マイナビをお客さんに売る」という仕事が、本当にお客さんにとって正しいのか、っていう疑問もあったんです。もちろんメーカーの人間として、自社商材を売るのは当たり前。トヨタの人はトヨタを売るし、リクルートはリクルートを売る。マイナビ社員がマイナビを売るのは当然なんですけど。
でも僕は、モノを売るよりも、本当の課題解決に踏み込んだ仕事がしたかった。お客さんの中には「本当はリクルートだよな」「本当はdodaだよな」っていう企業もある。それでも僕はマイナビを売らなきゃいけない。そのジレンマが、自分の中でだんだん大きくなっていったんです。
人生って、仕事が結構な割合を占めるじゃないですか。だから人生を豊かにするんだったら、仕事って楽しくなきゃいけない。仕事が楽しくないと、人生豊かにはならない。
その当時の自分は、「人生楽しくできてないな」と思った。それが独立の背景です。
「縁を紡ぎ、未来のルーツに」——エンルーツが目指す未来
自分で会社をやるからこそ、本気でメンバーに向き合える
——独立されてから、ご自身のマネジメントスタイルは変わりましたか?
駒田さん:真反対というわけではないんです。大切にしてる部分は基本的に変わっていない。
ただ、サラリーマンの時って今思うと、どこかで他人事だった部分があるんですよ。「結局これは会社のことだから」って。でも自分で会社をやるってなると、圧倒的に当事者になるじゃないですか。
そうした時に、本気でメンバーに向き合っている今の自分がいるんですよね。マネジメントにおける本気度が、マイナビの時はまだ足りてなかったのかもしれません。
「嫌われたくない」を優先しちゃっていた当時の自分から、「本気で向き合う」マネージャーになった。元部下が「変わった」と言ってくれるのは、たぶんそういう部分なんだと思います。
4期目、まずは三河で“成功パターン”を作る
——会社としての中期的なビジョンを教えてください。
駒田さん:今が4期目で、1億円規模くらい。中期的には8期目10億円規模を目指しています。三河エリアで3億円規模を達成したら、次の拠点展開の準備を始めようと思っています。
採用も強化しているところで、特に採用コンサルタントとキャリアアドバイザーをどんどん拡大していきたい。三河でモデルを作って、その再現性を持って地方に展開していく。これが今、僕らが見据えている未来です。
求める人材は「もっとガツガツした人」
——どんな方と一緒に働きたいですか?
駒田さん:経歴で言うと、人材業界の経験者、または事業会社で人事・採用に向き合った経験のある方が、ペルソナとして近いですね。
パーソナル面では、うちのバリューに共感してくれる方。「約束を守り、誠実に対応できる」「主体的に考えて行動できる」「全力で挑んでやりきれる」、そういう方と働きたいです。
ただ正直に言うと、今のメンバーは良くも悪くも優しい人間が多いんですよ。営業会社って、もっとゴリッとした人材が多いじゃないですか。マイナビの時もそうでした。だから今は、いい意味でメンバーに刺激を与えてくれるような、ガツガツした人材が欲しい、というのが本音ですね。
「行動しないと、何も変わらない」——一歩踏み出せない人へ
——最後に、成長したい、環境を変えたい、でも一歩踏み出すのが怖い。そんな読者の方にメッセージをいただけますか?
駒田さん:行動を変えないと、人生は変わらない。これはもう、絶対です。みんな頭ではわかっているし、それを体現し続けている人が、たぶんこういうメディアに出ているような経営者の方々だと思うんです。
行動しないと何も変わらない。だからもう、考えるのと同時に体が勝手に動いちゃう。それがめちゃくちゃ大事だと思っています。
あとはよく言われることですけど、自分が安心しちゃうコンフォートゾーンから抜け出してみる。挑戦していけば、応援してくれる人は周りに絶対にいます。なんとかなる。絶対なんとかできる。「挑戦したい」と言って行動している人は、なんとかできるはずなので。
行動し続けて、やりきる。ただ、それだけだと思います。
・会社名 株式会社エンルーツ
・設立 2023年2月2日
・代表 駒田 雄也
・事業内容 採用支援事業/人材紹介事業/クリエイティブ制作事業
・所在地 愛知県岡崎市美合町五反田7-1 日研オフィスビル102
取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)
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