2026.05.02 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「日本からいじめをなくしたい」——ポジティブの輪を循環させる顧問。合同会社IZANAI・稲見義斗さん【人生ぶち上げch】

幼少期に母を亡くし、転校先でいじめに遭いながらも、最後は自ら立ち向かって脱却した経験。それが、15社以上の企業を顧問として支える今の稲見義斗さんの原点になっている。合同会社IZANAIは、社長一人ひとりの「名前の由来」まで深掘りし、北海道から沖縄までの人脈を駆使して企業の課題を解決する顧問業を主軸に、匿名音声コミュニティ「ブラックルーム」を立ち上げ、ポジティ
この記事の要点
- 01僕が大事にしているのは、社長が何のために、何をもってその会社をやっているのか、というところなんですよね。
- 02「僕のことを大事にしてくれている人がこんなにいるんだ」と、小学校3年生ながらに強く感じたんです。
- 03でも「人生一回だし、家族ができた以上、守らなきゃいけない、何を言われても俺はやるぞ」と腹を決めて独立しました。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「人が何を考えているのか、相手の表情一つで感じ取れる——そういうレーダーが出るようになった」
幼少期に母を亡くし、転校先でいじめに遭いながらも、最後は自ら立ち向かって脱却した経験。それが、15社以上の企業を顧問として支える今の稲見義斗さんの原点になっている。合同会社IZANAIは、社長一人ひとりの「名前の由来」まで深掘りし、北海道から沖縄までの人脈を駆使して企業の課題を解決する顧問業を主軸に、匿名音声コミュニティ「ブラックルーム」を立ち上げ、ポジティブの輪を社会に循環させようとしている。以下、稲見さん。
兵庫県西宮市で生まれ、8歳で母を大腸癌で喪い、11歳で愛媛県新居浜市に転居。そこで待っていたのはいじめだった。中3の卒業式、河川敷でタイマンを張り決着をつけた。大阪の美容専門学校を経て美容師へ。手取り12万の生活から訪問販売、不動産投資会社へと移り、最年少リーダーに昇格。社内結婚・双子の出産・マイホーム購入のタイミングで独立し、男性専門美容サロンを経て今の顧問業へ完全シフトした。
「日本からいじめをなくしたい」——このスケールの大きいテーマを、身の回りの一歩から実現しようとする稲見さん。幼少期に感じた「大事にされる感覚」を起点に、どう事業を組み立てているのか。今日は、その原体験と未来への構想を伺った。
会社名:合同会社IZANAI
役職:代表
氏名:稲見 義斗(いなみ よしと)
15社以上の社長の「魂」に触れる顧問業——名前の由来まで深掘りする
北海道から沖縄までの人脈を、課題解決のために動かす
——まずは、今やられている事業の内容を教えてください。
稲見さん:今は、企業の課題を解決する顧問という形で、だいたい15社ほどに就任しています。僕が大事にしているのは、社長が何のために、何をもってその会社をやっているのか、というところなんですよね。社長の名前の由来くらいから深掘りして、相手のことをちゃんと知る。その中で「今どんな課題があるのか」をしっかりヒアリングさせてもらった上で、僕の北海道から沖縄までのつながりを生かして、顧客の紹介や協業先の紹介をするのが主な動きです。
会社は合計3社ありますが、合同会社IZANAIのメイン事業はこの顧問業ですね。
8歳で母を喪い、転校先でいじめに遭った少年時代
「大事にされた感覚」が、人生のすべての出発点になった
——稲見さんの経歴を、最初から教えていただけますか。
稲見さん:もともと兵庫県西宮市の生まれです。小学校3年生、8歳の時に母親が大腸癌で亡くなりました。父は出張でほぼ家にいなかったので、僕は完全に母親頼りだったんですよね。母が入院しているあいだは祖母に育てられて、たまに母が帰ってきて、また入院して……を繰り返して、結局亡くなってしまったんです。
その時、僕もめちゃくちゃ辛かったんですけど、それ以上に、親戚や家族、友達がすごく支えてくれました。「僕のことを大事にしてくれている人がこんなにいるんだ」と、小学校3年生ながらに強く感じたんです。「この人たちに、何倍にも返して大切にしよう」——その時に芽生えた感覚が、今の僕の原点になっています。
小学校5年生の時に、父の出身地である愛媛県新居浜市に、妹と一緒に移り住みました。ただ、そこでは体も小さく転校生だったので、小5から中2までいじめられっ子だったんです。新居浜は「日本三大喧嘩祭り」の新居浜太鼓祭りで有名な、文化的にも血気盛んな町で。中3になってから、逆にいじめっ子に立ち向かって逆襲して、打ち勝ったという感じです。
美容師、訪問販売、不動産投資——業界を渡り歩いた10代・20代
手取り12万の美容師から、年間2〜3億を売る最年少リーダーへ
——高校卒業後の歩みを教えてください。
稲見さん:高校を卒業して、大阪の美容専門学校に進みました。国家資格を取って、美容師として1年半から2年ほど働いたんですけど、手取り12万円の一人暮らしで、もやしと冷凍パスタばかり食べていて、ガリガリになっていました。
そこで「アメリカに行きたい」と思って美容師を一度辞めて、テレアポと居酒屋のキャッチのアルバイトを1年して150〜200万ほど貯めたんです。ところが、そのタイミングで気胸になってしまって、手術を2回して、アメリカ行きは断念することに。
居酒屋キャッチで一緒だった仲間から声がかかって、大阪のWi-Fi訪問販売会社に入りました。当時、大阪ではイケイケの会社で、営業が百人ぐらいいました。人が行かないような山奥の限界集落まで1人で行ったり、東京までチャリで営業したり、怖い人に家の中に連れ込まれたこともありましたね。
そんな中で、不動産投資の大阪の会社の社長に出会って「こっちは稼げるし、楽しいぞ」と誘われて、2019年か2020年頃に不動産投資の会社に入りました。そこで4年ぐらい、史上最年少でリーダーに昇格させてもらって、年間2〜3億ほど販売していました。5〜6年ぶりにテレアポから契約を出せた時は、社内がちょっとざわついたんですよ。
独立を決めた日——「家族を守る覚悟」が背中を押した
社長の紹介で入った会社を辞める気まずさの先にあったもの
——独立のきっかけは何だったんですか?
稲見さん:不動産投資の業界って、そんなに先が長いようには、僕には感じられなかったんですよね。「このまま行っても、そんなに変化がない」という感覚がすごくあって。そこに、社内で出会った妻と結婚して、双子の娘が生まれて、家も買ったタイミングが重なって。「本気で家族を守っていかないといけない」と強く思ったのが独立のきっかけです。
結構、止まりました。社長のご紹介で入った会社だったので、やめにくかったんですよ。「僕が辞めるなんて思ってない」という空気がある中で、切り出すのは気まずくて。でも「人生一回だし、家族ができた以上、守らなきゃいけない、何を言われても俺はやるぞ」と腹を決めて独立しました。
最初に立ち上げたのは、男性専門の美容サロンです。「世の中に二度見される男性になってほしい」というコンセプトで、自信がなさそうな男性、清潔感のない男性に、自信を持って生き生きと生きてほしいという思いで、脱毛・眉毛スタイリング・ホワイトニングなどを展開しました。1年半ほど経った時に売却して、いろんな企業に顧問という形で入っていくスタイルに完全シフトしました。
人生で一番きつかったのは、やっぱり「いじめの時期」
美容師時代のドロッとした女性社会も、僕には重かった
——これまでの人生で、一番きつかったタイミングはいつですか?
稲見さん:やっぱり、いじめのところが一番きつかったですね。人生トータルで振り返った時に、あれ以上のものはないです。
次にきつかったのは、美容師時代ですかね。手取り12万で朝早く夜遅いし、僕がいたお店が結構女性社会で、独特のドロッとした空気があったんです。僕、人の感情が読めてしまう分、気にしいになってしまうところがあって、それでパフォーマンスが落ちたり、行動制限がかかってしまったりしたんですよ。
お客さんとプライベートな会話をしていたら、男性のディレクターから「お前、プライベートの話する暇あるんか」と呼び出されたり——そういう空気が息苦しくて。だから「一度、外の世界を見たい」とアメリカに行こうとしたのは、今振り返ると、半分は逃げだったのかもしれないですね。
いじめを乗り越えて身についた、2つの武器
「人の表情を読み取るレーダー」と「怖いもの知らずの自信」
——いじめを、どうやって乗り越えたんですか?
稲見さん:「強くならないといけない」とすごく思っていたので、小学校5年生の時に柔道を始めました。中学に上がってから、やんちゃな友達とつるむようになって、それが結構影響大きかったですね。休み時間に組み手みたいなことをやったり。そうやってやんちゃな仲間ができたことで、変な自信がついたんですよ。それが結構良かった。
最終的には、中学3年生の卒業式の日に、いじめてきていたやつと「タイマン張ろう」となって、河川敷に先輩たちも集まってきて、そこで完全に決着をつけました。それからは、もう完全にいじめはなくなりました。
あの経験を経て身についたのは2つあります。1つは「人が何を考えているのかを感じ取るレーダー」です。僕の発言を相手がどう受け取っているのか、表情一つで読み取れるようになった。もう1つは「怖いものがなくなった」こと。あれだけ辛いことを思い返せば、今のちょっとやそっとの辛いことなんて耐えられる。それと、人に優しくなれるようになったと思います。
「日本からいじめをなくしたい」——人生のテーマと、今の事業
ブラックルームが仕掛ける、匿名音声という新しい場
——今後、やっていきたいことを教えてください。
稲見さん:僕の人生のテーマは「この日本からいじめをなくしたい」ことなんですよね。もちろん、いきなり日本中からなくすのは到底無理なので、まずは身の回りから始めよう、と。それで今取り組んでいるのが「ブラックルーム」という匿名×音声のコミュニティ事業です。
人間って、生まれた時からネガティブ本能が備わっているんですよ。防御本能として。一度ネガティブに傾くと、世界の全部がネガティブに見えてくる。でも、捉え方一つで世界はまるっきり変わるんです。例えば、事故で足が折れた時に「最悪だ」と思う人もいれば「足が折れただけで済んだ」と思える人もいる。それって完全に捉え方だけなんですよね。
ポジティブな人たちだけを集めるのもいいし、ネガティブな方たちをポジティブな場に巻き込んでいくのもいい。それが家庭で循環されて、子供たちが見て育って、学校生活で現れて、周りの友達にも影響を与えて、社会にも影響を与えていく——そういうインフラを作っていけたら、と思っています。
企業の「存在意義」を証明する——僕の本当の使命
日本の誇りを、次世代に育む精神的土壌をつくる
——その根底にある思いは何ですか?
稲見さん:今の全部の事業に紐づくのは、その人や会社の「生きる意味」「ある意味」を証明したい、ということなんです。ポジティブの輪を循環させることも大事ですし、愛を持って接することもそう。そういったことを通しながら、日本の誇りを次世代に育む精神的な土壌を作っていく——それが、僕が企業の存在意義として掲げていることです。
インフラという形でそれを形成できたら、世の中はまた変わってくるんじゃないかな、と強く思っています。ブラックルームもそのための一歩ですし、規模を大きくしていきたいですね。
読者へのメッセージ
「いい行動・いい発言・いい環境」は、自分で作り出せる
——最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
稲見さん:つらい時って、絶対みんなあるはずなんです。浮き沈みもある。ずっと「こうしてました」って人はなかなかいないと思うんですけど、そこをこちら——ポジティブの方に持っていけるようないい行動、いい発言、いい影響、いい環境を、その人自身が作り出せるようになったら、一番それは理想だと思っています。
「今日落ち込んでるから、ブラックルームで話を聞いてもらおう」——そうやってポジティブな気持ちに戻れる人が1人でも増えていけば、本当に世界は変わっていくと思います。一緒にポジティブの輪を広げていきましょう。
会社名:合同会社IZANAI
設立:独立から約4年
代表:稲見 義斗
事業内容:企業顧問業務/匿名音声コミュニティ「ブラックルーム」運営
所在地:大阪府大阪市都島区
取材・文:木村光志(株式会社One Rep)
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