2026.05.20ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー【代表インタビュー】加納さん 「何者でもない人間を、何者かにしたい」——借金400万、火災、組織崩壊。それでも前を向いた23歳経営者の話

【代表インタビュー】加納さん 「何者でもない人間を、何者かにしたい」——借金400万、火災、組織崩壊。それでも前を向いた23歳経営者の話

岐阜の貧困家庭で育ち、牛丼すら食べられなかった子どもが、19歳でトップセールスになり、20歳で起業した。その後、半年で組織は崩壊し、居酒屋は全焼し、400万の借金を抱えた。それでも彼は次の日には地方へ飛んで営業をしていた。そんなとある男の話。

この記事の要点

  • 01岐阜の貧困家庭で育ち、牛丼すら食べられなかった子どもが、19歳でトップセールスになり、20歳で起業した。
  • 02若者が集まり、日本を活気づける営業会社 株式会社swallowを経営する加納さんは現在23歳。
  • 03加納さん:高校生の頃から「経営者になりたい」っていう目標があったので、東京の大学(駒澤大学)に出ました。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

岐阜の貧困家庭で育ち、牛丼すら食べられなかった子どもが、19歳でトップセールスになり、20歳で起業した。その後、半年で組織は崩壊し、居酒屋は全焼し、400万の借金を抱えた。それでも彼は次の日には地方へ飛んで営業をしていた。そんなとある男の話。

若者が集まり、日本を活気づける営業会社 株式会社swallowを経営する加納さんは現在23歳。メンバー30名を率い、年商7000〜8000万円規模の会社を1から作り上げた。しかし彼が本当に目指しているのは、営業代行会社の経営者ではない。

「ノーネームからNAMEDへ——何者でもない子たちが、何者かになれる環境を作りたい」。その言葉は、貧しかった自分自身の過去から来ていた。

現在は拠点を東京・長野・岐阜と広げながら、単なる営業組織の枠を超え、社会人が「働きながら学べる学校」のようなものを構想中。若い世代のキャリアの常識を変えようとしている。

「営業代行」という入口、その先にあるもの 訪問営業からスタートした会社の、本当の姿

——現在の事業内容を教えてください。

加納さん:メインは通信(WiFi)の訪問営業の代理店です。関東ではビックカメラなどの量販店と連携した太陽光パネルの販売もやっています。ただ、僕が本当にやりたいのは「営業代行会社」じゃなくて、もっと教育寄りのことなんですよね。

今はブランドを「NAMED(ネームド)」という名前で立ち上げようとしていて。コンセプトは「ノーネームからNAMEDへ」——名前のない存在が、名前のある存在になる。それだけです。シンプルだけど、僕にとっては一番本質的な言葉なんですよ。何者でもなかった自分が、何者かになろうとしてきた。その道のりがそのままコンセプトになっています。

——どんな人が来てくれているんですか?

加納さん:うちのメンバーは、基本的にリファラル採用です。成長意欲があって、稼ぎたい気持ちがある若者が多い。コアメンバーが10名、東京のインターン生が20名くらいで、合計30名くらいの規模になりました。

幼少期——「キャベツにマヨネーズ」がお好み焼きだった頃 貧困と母子家庭。それでも拾い物のチャリで走り続けた少年時代

——幼少期のことを聞かせてください。

加納さん:正直に言うと、すごく恵まれない子どもでしたね。母子家庭で、家庭環境がかなり複雑で。父親の記憶はほぼないし、母親もちょっとしんどい感じだったので、食べるものにも困るような状況でした。

小学校6年生くらいまで、牛丼すら食べたことがなかった。キャベツにマヨネーズと醤油を混ぜたやつを「お好み焼き」と思って食べてた(笑)。電気が止まることもあったし、友達と遊びに行くお金もない。チャリンコは買ってもらえなかったから、その辺から拾ってきたやつを乗ってましたね。

——かなりハードな環境ですね。転機はありましたか?

加納さん:小学校6年生のとき、母親が再婚したんです。その時の義父が経営者で、いろいろ教えてもらったのが大きかった。中学では野球に打ち込んで、そこで初めて「明るい自分」みたいなものが出てきたかな、という感じです。

高校はハンドボールに変えたんですけど、正直そんなに打ち込んでもなくて。どちらかというと、周りに合わせるタイプで、自分の意志を貫けないような人間でしたね。

起業前夜——19歳、WiFi訪問営業でトップになった理由 稼ぎたい一心で挑んだインターン。半年でトップに立った

——大学に進学して、どんな行動をされたんですか?

加納さん:高校生の頃から「経営者になりたい」っていう目標があったので、東京の大学(駒澤大学)に出ました。大学1年でやったことが2つあって。

1つが「人に会いまくること」。でもこれは失敗しかなかった(笑)。学生のレベルで会える人って、怪しい人しかいなくて。情報商材を買わされたり、お金も騙し取られたりして、何百万か溶かしたと思います。

もう1つが、WiFi訪問営業のインターン。これが当たりました。稼ぎたい一心だったんですけど、土日だけで月30〜40万稼げるようになって、夏休みに頑張ったら年収1000万ペースまでいって。半年でそこの会社で、社員も含めたトップセールスを獲れたんですよ。

そこから評価してもらって、代理店を任せてもらえる流れになって、それが今の会社の原点です。

起業と崩壊——半年で全員辞め、居酒屋が全焼した夜 400万の借金、Yahooニュース掲載。それでも翌日には地方に飛んでいた

——起業のエピソードを教えてください。

加納さん:19〜20歳のタイミングで起業して、地元の友達を5人呼んだんです。公務員とか銀行員とかを辞めてもらって、うちに来てもらって。

でも、当時の自分はただ「売れるプレイヤー」だっただけで、組織を作る経験なんてゼロ。マネジメントも経営も何もわかってない状態で社長をやったので、半年で全員辞めていきました。組織崩壊ですね。

しかもそのタイミングで、駒澤大学の最寄りで居酒屋も経営してたんです。オーナーさんから物件を借りて、掃除も仕込みも終わって、集客も完了して、オープン1週間前のある日の夜中——火事が起きました。

——火事というのは、店舗が?

加納さん:全焼です。246(国道246号)に消防車が5台くらい来て、Yahooニュースに「駒澤大学生が経営する〇〇が全焼」みたいな感じで載りましたよ(苦笑)。で、そこで400万近い借金を背負うことになりました。

その時点で、組織も壊れてて、居酒屋も燃えて、借金は山積み。大学もそのタイミングで休学して、やめました。

最大の試練——1週間、何も食べられなかった 「うつ病寸前」から翌日の地方営業へ

——あの時の心境はどんな感じでしたか?

加納さん:燃えてる最中は、記憶がないんですよ。何にも考えられなくて。気づいたら1週間、何も食べずに家にこもってましたね。ほぼうつ病の状態でした。

ただ、そこで今の幹部たちから「こうなっても、俺はお前についていく」って言葉をもらって。その言葉だけで、「やるしかない」って思えたんです。

——それだけで立ち直れたんですか?

加納さん:その翌日には地方に飛んで、営業してました。1週間は本当にしんどかったけど、そのあとはわりとすっきりしてましたね。仲間の一言だけですよ、立ち直れた理由は。

仲間と組織——「母親に捨てられた21歳」が半年で月収50万になった話 ノーネームだった人間が、NAMEDになる瞬間を目の当たりにした

——今のチームにはどんな方がいるんですか?

加納さん:一番うちのブランドに合うロールモデルがいるんですよ。今21歳の子。去年の5月に、母親に家から追い出されたんです。母親が再婚して「お前はもう私の子じゃない」って言って、家の契約全部解約されて、家具も外に投げられて。

学費も払えない、家もない、携帯も使えない状態になって、自殺まで考えたって言ってました。

——そこからどうなったんですか?

加納さん:たまたまSNSのつながりがあって、僕の発信が目に入ったみたいで。「どうせ死ぬなら最後に挑戦してみよう」って感じでうちに来てくれて。今は月収50〜60万を半年で作って、一緒にメンバーとして動いてくれています。

僕よりよっぽどドラマチックなんで、そっちを取材した方がよくないですか(笑)?

でも、そういう子を見ていると確信するんですよ。「何者でもない」って、終わりじゃない。ただのスタート地点なんだって。その子は半年で、自分の名前を自分で作った。それがNAMEDってことだと思うんです。

今後の展望——「社会人の学校」を作る 3年で経営者を輩出する。ノーネームに、NAMEDへの道を作る

——これからどんな会社にしていきたいですか?

加納さん:キャリアの常識を変えたいと思っています。社会人って、会社に入ったら学ぶ場所がないじゃないですか。お金を払って学ぶ場所はあるけど、働きながら稼ぎながら学べる環境って、ほとんどない。

うちを「社会人の学校」みたいな位置づけにして、3年間いれば経営者にもなれる、というルートを作りたいんです。さらに、卒業後の人材紹介まで手がけて「swallow卒業生」というブランドを作って、企業への年収交渉もできるようにしたい。入口から出口まで全部設計できたら面白いな、と。5年くらいかけてやりたいですね。

——「NAMED」というブランドの意味は?

加納さん:ノーネームからNAMEDへ、です。何者でもない人が、何者かになる。

世の中には、学歴もコネも実績もない、でも「何かしたい」ってくすぶってる人間が山ほどいると思っていて。そういう人たちって、スタートラインにすら立てないと思い込んでいる。でもそれは違う。名前がないことは、何も持っていないことじゃない。これから名前を作れる、っていうことなんです。

僕自身がそうだったから。自信を持って言える。

読者へのメッセージ——「ノーネームのままでいい。動いた瞬間、NAMEDになれる」 自分もまだ途中。だからこそ言える一言。

——今、人生に迷っている人へ、一言お願いします。

加納さん:僕も死ぬくらいのことは経験してきていると思います。でも、常に大事なのは「何をしたいか」「どう生きたいか」っていう軸がぶれないこと。そこさえ持っていれば、チャレンジし続ければ必ず何かを掴めると思っていて。

辛い時こそ、実は何も失うものがないから、動けるんですよ。ノーネームでいい。名前がない今が、一番自由に動けるタイミングです。だから挑戦したらいい。動いた瞬間から、あなたはNAMEDになっていく。それが本音です。

取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)

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