2026.05.26ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「志で、日本を変革する。」——創業時こそ”何をやるかより、どんな想いでやるか”株式会社アトラスパートナーズ 代表取締役 杉浦誠二さん【人生ぶち上げch】

「志で、日本を変革する。」——創業時こそ”何をやるかより、どんな想いでやるか”株式会社アトラスパートナーズ 代表取締役 杉浦誠二さん【人生ぶち上げch】

机が窓から飛んでくる教室で、「いじめられないように」とだけ考えて生きていた。

この記事の要点

  • 01事業で一番大事なのは、「何をやるか」じゃなく、「どんな想いで生きるか」だったと。
  • 02株式会社アトラスパートナーズ代表・杉浦さんは2026年3月、「経営は、志がすべて」を掲げて起業した。
  • 03面倒な作業はAIに任せて、経営者は「その人にしかできないこと」に集中する ——アトラスパートナーズで、成し遂げたい未来を聞かせてください。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「“嫌われないこと”が、いつのまにか人生の目的になっていた」——自己投資1,000万円を溶かした男が、“本当に大切なもの”にたどり着くまで。

机が窓から飛んでくる教室で、「いじめられないように」とだけ考えて生きていた。

20社以上に落ちて、やっと入れた営業会社。必死に働いて、トップセールスまで駆け上がった。でも、どれだけ成果を出しても、満たされなかった。

自己投資1,000万円。手元に残ったのは、借金と、毎月20万円近い返済だった。副業でも、ひたすら結果を追い続けた。それでも、人生は何ひとつ変わらなかった。

そんな長い遠回りの末に、杉浦誠二さん(以下、杉浦さん)はようやく気づく。事業で一番大事なのは、「何をやるか」じゃなく、「どんな想いで生きるか」だったと。

株式会社アトラスパートナーズ代表・杉浦さんは2026年3月、「経営は、志がすべて」を掲げて起業した。目指すのは、「100年後の日本を創る挑戦者を、100人世に送り出す」こと。名古屋の荒れた学校で“嫌われないこと”だけを考えて育った少年時代から、安定した大手自動車部品メーカーへ就職、トップセールスの絶頂でのうつ病、そして人生を変えたたった一つの問いまで——杉浦さんがここに辿り着くまでの道のりを、じっくり聞いた。

会社名:株式会社アトラスパートナーズ

役職:代表取締役CEO(株式会社オーケーウェブ 人材紹介事業責任者 兼任)

氏名:杉浦 誠二(すぎうら せいじ)

MISSION:100年後の日本を創る、志ある挑戦者を創り出す

VISION:経営は、志が全て。100人の志ある経営者を、社会に輩出する

机が飛んでくる教室で、「いじめられないように」とだけ考えていた少年時代

周りに合わせ続けた30年間。気づけば、自分が何を好きなのかも、わからなくなっていた

——小学生・中学生の頃の杉浦さんは、どんな子どもでしたか?

杉浦さん:今になって一番思うのは、「自分の人生を、自分で選んでこなかったな」っていう後悔なんですよね。その原点は、名古屋で過ごした少年時代にあって。

通ってた学校が、今思い返してもかなり荒れてたんですよ。授業中に、窓から机が投げ落とされる。鉄パイプを持った同級生が、血相を変えて先生を追いかけ回す。そういう光景が、すぐ隣にある毎日でした。

——その中で、どう過ごしていたんですか?

杉浦さん:とにかく、「いじめられないこと」だけを考えてました。

「自分はこうしたい」って少しでも口に出すと、すぐ目をつけられて、標的になるんですよ。だから、自分の意見は絶対に出さない。周りの顔色をうかがって、その場の空気にひたすら合わせる。誰にも嫌われないように、目立たないように——それが、自分を守る唯一の方法でした。

家でも同じでした。年上の兄と親が、しょっちゅう激しいケンカをしてて。私はいつもその間に入って、場を丸く収める役だったんです。「親をこれ以上悲しませないように」「兄をこれ以上怒らせないように」って、自分の気持ちは後回しで、ただひたすら空気を読んでいました。

そんな生活を何年も続けてたら——気づいたときには、自分が何をしたいのか、何が好きなのかも、わからなくなってたんです。

1社目でみた「死んだ目の大人たち」——このままここにいたら、自分も同じになる

世間が“正解”と言う道を進んだ先で、私は10年後の自分の姿を見てしまった

——進路は、どんな基準で選んだんですか?

杉浦さん:自分の意志なんて、まったくなかったですね(笑)。

「理系に行っておけば、なんとなく将来困らないだろう」「名城大学の理工学部なら親も安心するし、メーカーに入れば世間体もいい」。愛知って土地柄もあって、“メーカー=安定”っていう、世間が言う“正解”をそのままなぞっただけでした。「これがやりたい」なんて気持ちは、ひとつもなかったです。

——大手の自動車部品メーカーに新卒で入って、どうでしたか?

杉浦さん:配属された生産技術の現場で、ゾッとする光景を見たんです。

会社にいくと、聞こえてくるのは会社の悪口、上司への不満、同僚の足の引っ張り合いばっかり。仕事を楽しんでる人、誇りを持ってる人が、一人もいなかったんですよ。「いかにサボるか」「いかに楽して時間をやり過ごすか」——それしか考えていない大人たちが、そこにいました。

その瞬間、はっきり思ったんです。「このまま10年ここにいたら、自分も腐ってしまう」って。

生まれて初めて「自分の意志で、ここを出よう」と決めた瞬間だったかもしれません。

20社に落ちて、やっと入れた営業会社——未経験からトップセールスまで駆け上がった

「ここで逃げたら、もう後がない」血を吐く思いで掴んだ、エン・ジャパンの10年

——その後、エン・ジャパンに転職しますよね。

杉浦さん:はい。理系出身で、営業の経験はゼロ。転職活動では、20社以上から「不採用」の通知が届きました。最後の最後で、ギリギリ拾ってくれたのがエン・ジャパンだったんです。

「ここで逃げたら、もう後がない」。崖っぷちの気持ちでのスタートでした。

——最初から成果は出たんですか?

杉浦さん:いやいや、まったくダメでした(笑)。

理屈で考えるエンジニア気質だった私にとって、人の気持ちが複雑に絡む営業の現場は、本当にしんどくて。どれだけ歩き回っても契約は取れない。ノルマだけが毎月のしかかってきて、上司には連日詰められる。

それでも「ここで変われなかったら、一生、人に合わせるだけの人生で終わる」っていう意地だけで、必死に食らいつきました。「どうしたら、人の心は動くんだろう」って、そればっかり考えて、泥臭く動き続けて——入社2〜3年目で、ようやく“トップセールス”と呼ばれるところまでいけたんです。

そこからは、求人広告の制作ディレクション、マネジメント……と、責任あるポジションを次々に任されて。社内のMVPも、何度か獲りました。

周りからは「順調だね」って言われるし、私も「これでいいんだ、これが成功なんだ」って、自分に言い聞かせてました。

でも——その裏側で、私の心は少しずつ、確実に、壊れ始めていたんです。

一日中、ただ謝り続ける——心を折られた瞬間

日本を本気で変革するような電話が鳴るたびに心臓が痛くなる。私は、いったい何をしてるんだろう?

——心が折れた、決定的なきっかけは何だったんですか?

杉浦さん:ある1年間、クレーム対応だけを専任で任されたことですね。

毎日、朝から晩まで、お客様の怒りをただひたすら受け止める。謝って、改善案を出して、また頭を下げる。その繰り返し。一人の人間じゃなく、ただの「謝るための機械」になったような毎日でした。

人って、「誰かの役に立ててる」っていう実感があるから、しんどくても頑張れるんですよ。でも当時の私には、その実感がまったくなかった。自分の価値が、毎日少しずつ削られていく感覚しかなかったんです。

——身体にも、異変が出てきたんですよね。

杉浦さん:朝、目を覚ますと、強い吐き気がして。会社に向かう足が、震えるようになって。オフィスで電話をかけようとすると心臓が痛くなり、怖くてたまらなくなりました。

そのとき、頭から離れなかったのが——「私は、いったい何をしてるんだろう」っていう問いでした。

子どもの頃からずっと、人の期待に応えて、波風を立てないように生きてきた。だからこそ、自分が起こしてもいないクレームと向き合い誤り続ける日々は、あまりにも重すぎたんです。最後は、糸が切れるみたいに心が限界を迎えて。うつ病と診断されて、休職することになりました。

気づいたら私は、一歩も動けない暗闇の底にいたんです。

借金1,000万円、どれだけ自己投資をしても人生が大きく変わらない矛盾。

不動産、せどり、SNSコンサル、広告……次々に注ぎ込んで、残ったのは負債だけ。

——休職したあと、副業の世界に飛び込んだんですよね。

杉浦さん:はい。「自分の力で稼げるようになって、何者かになりたい」。その一心でした。でも、そこから始まったのは、理想とはかけ離れた“迷走”の数年間でした。

まず、なけなしの100万円を払って、不動産投資のコンサルを受けました。でも結局、物件はひとつも買えずに終わり。その焦りから、今度はせどりや転売に手を出したんですが、「これって本当に、誰かの役に立ってるのかな」っていう違和感だけが残って。その後OEMの物販を始めたんですけど、これが少しずつ形となっていってなんとか利益をだせるようになったんですね。

そんな中、ある時本気で独立を考えていたのでエンを退職しようと思った時がありました。当時は経営を学ぶなら経営コンサルかなと思い、内定をもらっていたコンサルファームがあったのですが、まさかの内定後に話が白紙に。すでにその時にエンには退職を伝えていたので当時はすごく焦りました。

でも今思うと、独立したい理由も明確にあったわけじゃないしなんとなくSNSを見ると稼いで人生を変えていっている人たちをみてどこか自分もこうなりたいなと思っていたなと今振り返ると感じます。

だからこそ、「あの人たちのノウハウさえ買えば、自分も変われるはずだ」って、思い込んじゃったんです。

高額なSNSコンサル、広告、LP制作……。次々にお金を払い続けて、気づいたら、注ぎ込んだ額は1,000万円を超えていました。

——手元には、何が残ったんですか?

杉浦さん:1,000万円を超える借金と、毎月20万円近い返済。完全に、人生のどん底です。

でも、その創業時の暗闇が長くあったからこそ、ノウハウにお金を出して学ぶだけでは人生を変えることはできない。自分がどれだけ投資をしてもうまくいかない原因は他にあることに、ようやく気づいたんですよ。

土台になる「自分」がグラグラのままだと、どんなに高いノウハウを買っても、まったく使いこなせないんだ、って。それどころか、私の「自信のなさ」や「焦り」が、夢を持って一歩踏み出そうとする人を食い物にする——そういう不誠実な人たちを、自分から呼び寄せる“スキ”になっていたんです。

「希望を持って、なけなしのお金を握りしめてチャレンジしようとしてる人。その人の芽を、平気で摘み取っていく。そんなことが、許されていいわけがない」。

自分自身が騙されて、もがき苦しんだからこそ——そういう不誠実なやり方に対して、心の底から震えるような怒りが、湧いてきたんです。

「杉浦さんは、本当はどう生きたいの?」——たった一つの問いが、人生を変えた

私が必死で追いかけていたのは、SNSでよく見る憧れるかっこいい経営者になるためで自分が本当に何を求めているのか気づいていなかった。

——どん底から這い上がる、きっかけは何だったんですか?

杉浦さん:ある経営者の方から、かけられた一言でした。

その方は、最新のマーケティングのやり方を教えてくれるわけでも、儲かるビジネスを紹介してくれるわけでもなかった。ただ、こう聞いてくれたんです。

「杉浦さんは、本当はどう生きたいの? 何を成し遂げたいの?」

その瞬間、頭を殴られたような衝撃が走りました。

それまで私が必死に追いかけてたのは、SNSで見かける誰かの成功法則とか、「すごい」と言われるための“一般的な答え”ばっかりだったんです。子どもの頃、学校や家で「嫌われないように」と人の顔色をうかがってきた——あの癖を、ビジネスの世界でもそのまま続けて、“自分じゃない誰か”になろうと、あがいてただけだった。

「今の自分じゃダメだ」と自分を否定して、その穴を埋めようと外からノウハウを買い足しても、土台がグラグラだから、何ひとつ積み上がらない。1,000万円という、とんでもなく高い授業料を払って、ようやくそのことに気づけたんです。

「自分は何のために生きるのか」を、初めて言葉にした

軸が決まった瞬間、不思議なくらい迷いが消えた——人は、見たいものしか見えていない

——そこから、自分の“軸”を言葉にしていったんですよね。

杉浦さん:はい。結局、ビジネスの結果を決めるのは、最新のツールでも、よくできたセールストークでもないんですよ。「自分は何のために働くのか」「どんな想いで生きるのか」——その軸に沿った、毎日の小さな選択の積み重ねなんです。

人間って、「自分が意識しているもの」しか目に入らないんですよ。たとえば、赤い車を買おうと思った日から、街中の赤い車が急に目につくようになりますよね。あれと一緒で、自分の中に「これがやりたい」っていう軸がないと、せっかくのチャンスが目の前を通っても、気づくことすらできない。逆に、軸さえはっきり決まれば、必要な情報も、人との縁も、自然と引き寄せられてくるんです。

——だから、まず「自分の言葉」を持つことが先だった。

杉浦さん:そうです。これまでの情けない失敗も、惨めな思いも、全部ひっくるめて受け入れて、「自分は何のために生きて、どんな世界をつくりたいのか」を、一つひとつ言葉にしていきました。誰かに見せるための、きれいな言葉じゃない。自分の腹の底から出てくる、嘘のない言葉で。

「自分が心から納得できる生き方は、これだ」。そう腹落ちした瞬間、不思議なくらい、迷いが消えたんです。

これからAIがどんどん進化して、技術もノウハウも、誰でも簡単に手に入る時代になります。そうなればなるほど、最後に選ばれる決め手は、「その人が、どんな想いでそれをやっているか」になる。真似できない人間性とか、その人だけのストーリーでしか、選ばれなくなるんです。

正解は、SNSの向こうの誰かが持っているんじゃない。自分の中にしかなかった——その確信が、今の私の事業の、揺るぎない軸になっています。

「コーチング × セールス × AI」——“きれいごと”を、結果が出る武器に変える

面倒な作業はAIに任せて、経営者は「その人にしかできないこと」に集中する

——アトラスパートナーズで、成し遂げたい未来を聞かせてください。

杉浦さん:「日本を本気で変えていけるような熱い信念や志をもった挑戦者の事業をちゃんと伸ばしていけるようにしていくこと。そして、この手でまずは短期ビジョンとして100人、世に送り出す」。これが、目先の考えているゴールです。

今の日本を見ていて、すごくもどかしいことがあって。本当は優秀な力を持ってる経営者が、いつのまにか「とにかく稼ぐこと」や「SNSで見栄えよく見せること」だけに、埋もれてしまってるんですよ。

もちろん、売上は絶対に必要です。でも、そこに想いが乗っていない——ただ数字を積み上げるだけの経営だと、結局、誰の心も動かせないし、新しい文化なんて生まれないんです。

——だから、「きれいごと」と笑われる志を、武器に変えていく。

杉浦さん:そうなんです。「そんなの青臭いきれいごとだよ」と笑われるような志を、誰にも文句を言わせないくらいの“結果”を出すための、最強の武器に変えたい。

そのために選んだのが、「コーチング × セールス × AI」っていう、他に誰もやっていない組み合わせです。経営者の心の軸を整える「コーチング」、事業を着実に伸ばす「セールス」、そしてそれを一気に加速させる「AI」。この3つを掛け合わせると、志を持った人の価値が、何倍にも膨らむんです。

——特にAIは、どう位置づけているんですか?

杉浦さん:AIは、ただ作業を速くするための道具じゃないと思ってます。

機械に任せられる面倒な作業は、徹底的に任せる。しかも、それを自分の会社の中で使いこなせる状態まで、一緒につくる。そうすれば経営者は、「自分にしかできないこだわり」や「人間にしか出せないアイデア」に、100%集中できるようになる。

「一番最先端なのに、一番人間くさい」。そんな関わり方で、一緒に未来をつくる100人の相棒でありたいんです。

100人が、1,000人を動かす——100年後の日本のために、私が何ができるのか。

その背中を見た子どもや孫が、「大人って、楽しそうだ」と立ち上がる未来へ

——その先に見えている景色は?

杉浦さん:まずは本気で伴走した100人の経営者が、それぞれ10人の仲間に、いい影響を与える。そうすると、そこに1,000人の熱が生まれます。その1,000人が、また次の誰かを動かしていく。

そうやって、私が送り出した挑戦者たちが起点になって、熱がどんどん広がっていく。その姿を見た次の世代——私の子どもや孫の世代が、「大人になるのって、こんなに楽しそうなんだ!」って、目を輝かせて立ち上がる。

そんな連鎖の、いちばん最初のスイッチを押すこと。それが、私がこの事業に命を懸けている理由であり、アトラスパートナーズと、ビジネスコミュニティが存在する、たった一つの意味なんです。

かつて、嫌われないことだけを考えて生きてきた私にとって——自分の足で立ち上がった人の熱が、誰かに伝わっていく瞬間を見られること。それが、何よりの生きがいなんですよ。

いま、くすぶっているあなたへ——答えは、あなたの中にある

30年間、人に合わせて生きてきた私でも、見える景色は変えられた

——最後に、いまうまくいかなくて、くすぶっている人へメッセージをお願いします。

杉浦さん:もし今、創業をしもっと事業を伸ばしていきたいにもかかわらず伸び悩んでいるなら——伝えたいことがあります。

あなたが探している答えは、その画面の向こうにはありません。自分の中に、もうあるんです。「自分は本当は、どう生きたいのか」。それを掘り起こして、言葉にすること。それが、人生を変える、たった一つのスタート地点です。

外からノウハウをいくら買い足しても、ダメなんですよ。土台になる「自分」が決まらない限り、何を積み上げても、グラグラ崩れていくだけなので。

——杉浦さん自身が、それで景色を変えてきた。

杉浦さん:そうですね。約30年間、ずっと人に嫌われないように、合わせるだけで生きてきた私でも、自分の軸を取り戻したら、見える景色がガラッと変わったんです。

だから、断言できます。あなたの中にも、必ず“答え”はある。一緒に、それを見つけにいきましょう。

略歴

杉浦 誠二(Seiji Sugiura) 株式会社アトラスパートナーズ 代表取締役 CEO

■ エンジニアから人材のプロへ

2014年:名城大学理工学部卒業。大手メーカーにて生産技術職に従事

2015〜2025年:エン・ジャパン株式会社で営業、制作ディレクション、マネジメント、集客企画を歴任

実績:トップセールス記録、社内MVPを複数回受賞

■ 事業主・事業責任者としての実績と挫折

2019年:個人事業主として開業。中国輸入OEM物販にて副業ながら年商4,000万円超を達成

メディア実績:ラジオ、ビジネスメディア等での取材・出演実績多数

経験:総額1,000万円超の自己投資失敗、うつ病による休職を経験

■ 株式会社アトラスパートナーズ 設立

2026年3月:設立。代表取締役CEO就任

支援領域:経営コーチング、MVC・MVV(経営の軸)設計、セールス・採用・理念浸透の仕組み化支援

独自手法:「コーチング × セールス × AI」による、志の言語化と事業成長の両立支援

会社名:株式会社アトラスパートナーズ 設立:2026年3月 代表:杉浦 誠二 事業内容:経営コーチング、MVC・MVV設計支援、セールス・採用の仕組み化および伴走支援、創業期専門ビジネスコミュニティ運営

杉浦さん インスタグラム

https://www.instagram.com/make_corefan?igsh=MXJ0Z3VpaTRlZTB2NQ%3D%3D&utm_source=qr

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