2026.08.11ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「やれば、どうにかなります」——極度の人見知りが、“この人と働きたい”を集める21歳になるまで。合同会社Brother・濵田武流さん

「やれば、どうにかなります」——極度の人見知りが、“この人と働きたい”を集める21歳になるまで。合同会社Brother・濵田武流さん

「やれば、どうにかなります」。 通信事業を軸に、イオンをはじめとする商業施設でのイベント集客から、営業のクローザーまでを一気通貫で手がける合同会社Brother。その代表を務めるのが、濵田武流さん(21)だ。

この記事の要点

  • 01親父がきっかけで仕事を始めましたけど、やっぱり今のほうがいいかな、というのはありますね。
  • 02濵田武流さん:はい、紹介がメインで、採用費用はほぼ、というか全くかかっていないですね。
  • 03幹部が入ってきてくれた以上、僕一人で動くというよりは、組織で動いていくことになる。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「やれば、どうにかなります」。

通信事業を軸に、イオンをはじめとする商業施設でのイベント集客から、営業のクローザーまでを一気通貫で手がける合同会社Brother。その代表を務めるのが、濵田武流さん(21)だ。

大阪で生まれ、幼少期は人と目も合わせられないほどの極度の人見知り。家にお金はなく、父は建築現場の作業員だった。打ち込んだラグビーは怪我で断念。父の会社の手伝いで出会った「人を一人連れてくれば千円」という人材の仕事から、建築人材、そして通信業界へ。しかし——順調に見えた矢先、従業員の不祥事で取引が止まり、10人いた仲間はたった1人にまで減った。

そんなどん底から這い上がり、いまや「濵田武流と働きたい」と、他社の部長や大学生が集まる会社をつくった。そんな濵田武流さんに、その原点と現在地、そして見据える未来を伺った。以下、濵田武流さん。


【プロフィール】

会社名:合同会社Brother

役職:代表

氏名:濵田武流


通信を軸に、イオンの催事から営業までを一気通貫で

——まずは、いまどんなお仕事をされているのか教えてください。

濵田武流さん:事業内容でいうと、いまは通信業界がメインですね。よくあるイオンとかでのイベントで、ティッシュを配ってアンケートを取って、という、いわゆるキャッチ業務からスタートするんです。 そこはもちろん、最初は給料でいうと低いところになっちゃうんですけど、逆にクローザー、営業する側にまわれば給料はどんどんすぐに上がっていくので、そこに関してはもう大学生でもしっかり稼げるんですよ。 かたちとしては、催事がメインで、サブで訪問販売がついてくるくらいの感じですね。

——いまは、濵田武流さんご自身も現場に立たれているんですか。

濵田武流さん:出てます、出てます、もちろん。まだ僕がメインで現場に入って、そこに下の子をつけていく、という立ち上げのフェーズなんです。会社もまだ建てたばかりです。 お盆なんかは、周りに11連勤すると言っている子もいましたね。それくらい、めちゃくちゃ立ち上げの真っ最中です。


目も合わせられなかった、極度の人見知りの少年

——幼少期は、どんなお子さんだったんですか。

濵田武流さん:幼少期でいうと、めっちゃ極度の人見知りでした。もう、本当に人と目を合わせて喋れない、っていうレベルでした。 外に遊びに行くことは多かったんですけど、やっぱり仲のいい子としか遊ばない。交友関係が広いわけでもなかったですね。

——将来は経営者に、という夢があったんですか。

濵田武流さん:全くないです(笑)。幼少期は、新幹線の運転手になりたいって言ってました。 親も経営者ではなく、親父は建築の作業員でした。家も正直、お金はなかったんです。裕福でもなく、お金がないっていうのが日常でした。だから将来的にはこの状況が嫌だな、というのは、部活を引退したあたりからずっと考えていました。


ラグビーを諦めた春休み、「人を一人連れてくれば千円」

——学生時代は、何かスポーツをやられていたんですか。

濵田武流さん:もともとラグビーをやっていました。それこそ、そこまではラグビーだけをとりあえずやっていた、という感じでした。 ただ、腰を怪我したり、膝の靭帯ももうゆるゆるになってしまいました。大学ではもうラグビーはできないな、というので、指定校推薦で大学に進むことになりました。

——「何かしなきゃ」と思ったのは、いつ頃だったんですか。

濵田武流さん:何かしなあかんな、と思ったのは、高校から大学に上がる前の春休みでしたね。せっかくの大学生活を無駄にしたくないな、と思いました。 ちょうどその時期に、親父がいた建築の会社でバイトをさせてもらっていました。人がたくさんいる現場だったので、技術がなくても、人を一人連れてくれば、その人に対して千円もらえる、ということだったんです。それが、僕の人材の仕事の始まりでした。


バーテンダーから建築人材、そして通信へ

——そこから、どんなふうにお仕事を広げていったんですか。

濵田武流さん:大学に入って最初はバーテンダーをやっていて、そこから建築の人材を扱う会社につないでもらったんです。バーテンダーをやりながら、建築人材をBtoBのかたちで始めさせてもらって、一年くらいやりました。 ただ、やっぱり利益率が低かったんですよ。それで、通信会社にいた先輩から「こっちのほうが人材として稼げるで」と言われて、通信業界に入った、という感じですね。

——お父さんと同じ建築の道を継ぐ、という選択肢はなかったんですか。

濵田武流さん:親父と僕は、一緒には仕事をしないと決めているんです。検討自体、絶対にしないよね、というのもありますし、職人になるにも時間がかかるので、そのなかでこっちに切り替えて、今のほうが稼げるというのもあります。 親父がきっかけで仕事を始めましたけど、やっぱり今のほうがいいかな、というのはありますね。


天狗になった先で、仲間が10人から1人に

——これまでで、つらかった経験や挫折はありますか。

濵田武流さん:めちゃくちゃありますよ。 建築の人材をやっていた頃、働いてくれる子が8人から10人くらいいたんです。僕は現場に出ずに管理と営業回りをしていて、大学生で月に40〜50万くらいは稼げていた。 そうなると、やっぱり天狗になるんですよね。

——何が、きっかけだったんですか。

濵田武流さん:天狗になったタイミングで、従業員の子が現場でやらかしてしまいました。意図したことではないんですけど、取引先からしたら関係ない話で、主要なクライアントとの取引が止まってしまったんです。 そうなると、もう仕事に人を入れられない。他の現場にも二、三人しか入れられなくて、従業員がどんどん離れていって、最終的に、残ったのは一人だけでした。 遊んでもいたので、カードの支払いにも切羽詰まっていました。お金が全然回っていなかったんです。


原動力は「支払い」、そして生まれた会社

——そのどん底から、何が頑張る原動力になったんですか。

濵田武流さん:もう、支払いですね。支払いに追われて、とにかく稼がなあかん、と思っていました。 ちょうどそのタイミングで通信に出会って、休学もして、通信に軸足を移しました。残ってくれた一人の仕事も探さなきゃいけないし、事業として給料も払わなきゃいけない。ずっと頭にあったのは、正直お金のことでしたね。

——いまは、リファラル中心で採用されているそうですね。

濵田武流さん:はい、紹介がメインで、採用費用はほぼ、というか全くかかっていないですね。 幹部の二人も、もともと知り合いで、他の会社で部長をやっていたんですけど「こっちで一緒にやろう」と来てくれました。いまは合同会社ですけど、近く株式会社にする予定です。 幹部が入ってきてくれた以上、僕一人で動くというよりは、組織で動いていくことになる。だからこそ、明確な数値を出しながらやっていきたいんです。

「そっちで働きたい」と、ついてきてくれた

——他社の部長さんや大学生が、濵田武流さんのもとに集まってくる。

濵田武流さん:ありがたいですよね。いまは大学生の子も4人いるんですけど、彼らはもともと別の会社で働いていて、僕の仕事の動きを見て「そっちで働きたいです」と来てくれたんです。 一度、他の会社の人と、僕と、その大学生の子らとで話す機会がありました。そのうえで「濵田武流さんのほうがいい」と言って、こっちについてきてくれた。 僕は結構、頑固なので、こうすると決めたらそうするしかない人間なんですけど、それに対して「わかった」と言ってついてきてくれるのは、本当に感謝しかないです。


貪欲に、真面目に——問題がない会社のほうが怖い

——経営者として、一番大事にしていることは何ですか。

濵田武流さん:やっぱり、仕事に対して貪欲であることですかね。 仕事を真面目にやらなければ、結果も仲間もついてこないと思うので、研修のときも結構厳しく指導しますし、まずは真面目にやる。そこが一番大事かなと思っています。

——いま、困っていることや悩んでいることはありますか。

濵田武流さん:まあ、立ち上げなので、問題は結構起きやすいんですよ。でも、その問題も楽しいな、と思っています。問題がない会社も、逆に怖いじゃないですか。 強いて言うなら、まだ会社の基盤が、幹部陣も最近来たばかりで、しっかりできているわけではないので、全部が僕メインで動いてしまっている部分を、ちゃんと立て直さないとな、というのはありますね。 でも、何か問題があっても、さっき言ったように、やればどうにかなります。


通信を基盤に、いつか沖縄で

——これから、どんな会社にしていきたいですか。

濵田武流さん:各々がやりたいことをやっていけたらいいな、というのがひとつですね。大学生の頃って、やっぱりお金を稼ぎたいという気持ちがあると思うんです。 だから、しっかり稼げる環境をつくっていきたい。僕自身もやりたいことはまだたくさんあるので、この通信を基盤に、いろんなことをしていきたい会社ですね。

——濵田武流さん個人としては、どんな人生にしたいですか。

濵田武流さん:個人でいうと、もう、やりたいことを全部やりたいですね。 近々でいうと飲食店をやりたいですし、最終的にはヴィラのような観光業をメインにしたいんです。沖縄が好きなんですよ。ジェットの免許も持っていて、マリンスポーツが好きなので、いつかビーチで自分がインストラクターをやれたら、なんて思っています。


挑戦の、一歩手前にいる人へ

——挑戦する前の、悩んでいる人へ。人生の先輩として一言いただけますか。

濵田武流さん:やれば、どうにかなります。 問題が起きても、結局はやればどうにかなるので、まずはやってみてほしいですね。

——最後に。こんな人と一緒に働きたい、というメッセージをお願いします。

濵田武流さん:正直、僕は「この会社にずっといろ」と言う気はないんです。 ただ、稼ぎたいとか、仕事の仕組み、社会の仕組みを知りたいとか、そういう思いがあるなら、ぜひ来てほしい。そこは僕自身が経験してきたところなので、教えられると思います。 来てほしいのは、真面目に頑張ってくれる人。おふざけはもう抱えきれないくらいなので、真面目な人と一緒にやっていきたいですね。


極度の人見知りだった少年が、どん底で仲間を一人まで失いながら、いまは「この人と働きたい」と人が集まる会社をつくっている。濵田武流さんの言葉は、どこまでもシンプルだ。問題を恐れず、真面目に、貪欲に、やってみる。その積み重ねの先に、彼の見据える景色が広がっている。


会社概要

会社名:合同会社Brother

代表:濵田武流

事業内容:通信事業(商業施設でのイベント集客・キャッチ業務からクローザー営業まで)


取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社One Rep)


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