2026.07.11ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「特別な才能なんてない、だからこそ誰よりも動く」——飛び込み営業で通信業界のイメージを変える。株式会社最強・富山京汰さん

「特別な才能なんてない、だからこそ誰よりも動く」——飛び込み営業で通信業界のイメージを変える。株式会社最強・富山京汰さん

特別な才能なんてない。だからこそ、誰よりもコツコツ動き続ける。 大阪発、平均年齢22歳の若手集団が挑むのは、Wi-Fi固定費削減の提案を軸にした通信事業。飛び込み営業という泥臭いスタイルで急成長を遂げているのが、株式会社最強だ。同社で採用の采配を振るいながら、現場メンバーのマネジメントも担うのが富山京汰さん。以下、富山さん。

この記事の要点

  • 01富山さん:もちろん松本が最初から言い続けている「日本一の訪問営業組織にする」という目標を叶えたいという思いが一番にあります。
  • 02富山さん:発信すること自体で自分が変わったというよりは、自分がやっていることを一人でも多くの人に知ってもらうことの重要性に、最近すごく気づかされています。
  • 03学んだことや言われたことに対して素直に、一生懸命変わろうとするし、困難にぶつかっても乗り越え続けられる子が多いです。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

特別な才能なんてない。だからこそ、誰よりもコツコツ動き続ける。

大阪発、平均年齢22歳の若手集団が挑むのは、Wi-Fi固定費削減の提案を軸にした通信事業。飛び込み営業という泥臭いスタイルで急成長を遂げているのが、株式会社最強だ。同社で採用の采配を振るいながら、現場メンバーのマネジメントも担うのが富山京汰さん。以下、富山さん。

1999年生まれ、兵庫県尼崎市出身。母子家庭で育ち、小学5年生のときに祖父母のもとへ引っ越した。バスケットボールに打ち込んだ中高時代を経て大阪の大学へ進学。塾講師のアルバイトを経験したのち、コロナ禍にTikTok発信をきっかけに動画編集の仕事へ転身し、その縁で株式会社最強代表・松本龍拓氏と出会う。以来、飛び込み営業の現場に約1年半向き合い、直近ではマネジメント職として研修体制の構築にも携わっている。

会社名:株式会社最強

役職:採用責任者/現場統括マネージャー

氏名:富山京汰(とみやま けいた)

通信事業を、飛び込み営業で切り拓く

株式会社最強での役割

——まずは簡単な自己紹介と、株式会社最強でどんな役割を担っているか教えてください。

富山さん:今は株式会社最強で人事、採用責任者を務めながら、現場で働く学生インターンや社会人メンバーのマネジメントも担当しています。

母子家庭から祖父母の家へ——「心配をかけたくない」という思い

優等生であろうとした少年時代

——幼少期や学生時代はどんな性格で、どんなふうに過ごしていましたか?

富山さん:僕は生まれたときから母子家庭で育っていて、父親とはほとんど顔を合わせたことがないんです。小学4年生から5年生に上がるタイミングで母が体調を崩してしまって、一人っ子だったので一人では生きていけない年齢だったこともあり、祖父母の家に引っ越して転校しました。祖父母は周りの同世代の親御さんに比べて歳を重ねていたので、「心配をかけたくない」という思いがすごく強くて。母に対してもそうでしたけど、人一倍ちゃんとしなきゃいけない、優等生でいなきゃいけないという意識が強くなっていきました。敷かれたレールの上をきちんと走るというか、何をやっても平均点は取りに行くような過ごし方をしていましたね。

進学校での挫折と、塾講師で折れたプライド

偏差値68の高校で味わった「勉強ができなくなる」経験

——部活動や勉強では、どんな学生時代でしたか?

富山さん:バスケットボールは中高の6年間やっていました。きっかけは小学校の担任の先生がバスケ好きで、昼休みに一緒にやっていたのが楽しくて。勉強は中学までは成績もほぼオール5くらいだったんですけど、地元・尼崎で偏差値68くらいの高校に頑張って入ったら、周りが賢い子ばかりで、あっという間に学年200番くらいになってしまって。そこから完全に勉強ができなくなって、バスケに比重を置くようになりました。大学も第一志望には落ちて、滑り止めで大和大学に進学しています。

——大学時代に一番力を入れたことは?

富山さん:4年間、塾講師のアルバイトをしていました。自分自身が大学受験に失敗して、初めて自分の弱さに気づかされた経験があったので、同じ思いをする子を減らしたいという気持ちと、お世話になった塾の先生方に少しでも恩返しがしたいという思いで始めました。

コロナ禍の「不純な動機」から始まったTikTok発信

動画編集の仕事、そして代表・松本龍拓氏との出会い

——動画編集を始めたきっかけを教えてください。

富山さん:コロナ禍で塾講師のシフトが減って、正直暇だったんです(笑)。ちょうど就職活動もやめていて、周りの会社員の方たちがあまり楽しそうに見えなかったこともあり、若いうちに何でもできるだろうと。時間を持て余していたので、教育系のコンテンツをTikTokで発信し始めたのが最初でした。かなり不純な動機だったんですけど、結果的にアベレージでもそこそこ再生されて、いいときは50万回再生くらいまで伸びて。それを知り合いの社長さんが見てくれて、「編集をやってくれないか」と声をかけていただいたのが、動画編集の仕事を始めたきっかけです。

——そこから株式会社最強に入社するまでの経緯を教えてください。

富山さん:動画編集の仕事を2年ほど続けたあと、代表の松本と出会いました。松本が大阪に来て1〜2ヶ月目、社員がまだ3人しかいなかったタイミングです。そのときから「訪問営業で日本一の会社にしたい」とずっと話していて、その熱量に惹かれて最初から一緒に走ってきました。

「訪問営業のイメージを変えたい」——日本一を目指す理由

通信業界に向けられる厳しい視線と向き合う

——松本さんが掲げる「日本一」というビジョンに、富山さん自身はどんな思いで向き合っていますか?

富山さん:もちろん松本が最初から言い続けている「日本一の訪問営業組織にする」という目標を叶えたいという思いが一番にあります。それに加えて、通信業界って、去年もリフォーム業界の事件がありましたけど、良くないやり方をしている会社が実際にあるのも事実だと思っていて。自分たちが日本一になって、しっかりとしたやり方で結果を出せば、業界全体のイメージもガラッと変わるはずだと思っています。この仕事に出会って、自分の人生は本当に変わったので、なりたい職業ランキングに、もっと明るいイメージの訪問営業が入るくらいになったら面白いなと思っています。

「誰よりも動く」——コツコツ型のマネジメント哲学

特別な才能がないからこそ意識していること

——マネジメントをする上で大切にしていることはありますか?

富山さん:特別な才能はないと思っているので、誰よりも動く、誰よりも早くやる、誰よりも遅くまでやる、というところを意識しています。コツコツやっていくしかないと思うので。今でいうと採用面談だけでも延べ130名くらいの学生と向き合ってきました。

インスタ経由で生まれた出会い——「見せてください」から始まった採用

SNS発信を続けて気づいたこと

——SNSでの発信を続けたことで、変わったことはありますか?

富山さん:発信すること自体で自分が変わったというよりは、自分がやっていることを一人でも多くの人に知ってもらうことの重要性に、最近すごく気づかされています。実際にこの5月・6月だけで、SNS経由で2人が最強に来てくれて。1人は、たまたま入った居酒屋でアルバイトをしていた子で、僕がノースリーブで行っていたのを見て「筋肉鍛えてるんですか?」と声をかけてくれて。大会に出た話をしたらインスタを見せることになって、そこから話が広がって、「一緒に夢を叶えていこうよ」と誘って。今、研修を終えて2ヶ月目で現場に出ています。SNSをやっていたからこそ生まれた出会いだったので、本当にやっていてよかったなと思います。

まっすぐな目と、感謝を口にできる強さ

メンバーの魅力と、これから来てほしい人材

——一緒に働く学生メンバーは、どんな強みや魅力を持った人が多いですか?

富山さん:3つあると思っていて、1つ目はみんなまっすぐな目をしていること。学んだことや言われたことに対して素直に、一生懸命変わろうとするし、困難にぶつかっても乗り越え続けられる子が多いです。2つ目は感謝の気持ちを強く持っていること。何かしてもらうことを当たり前だと思わず、ちゃんと口に出して「ありがとう」を伝えられる。3つ目は、単純に最強という会社が好きな子が多いこと。正直、名前だけ聞くとめちゃくちゃ怪しいんですけど(笑)、それでも入ってよかったと胸を張って言ってくれる子が多いのは、僕自身すごく嬉しいですね。

——今後、どんなメンバーに来てほしいですか?

富山さん:素直で誠実であること、そして感謝の心を持っていること。この2つを大事にしたいです。人生を変えたいと思っている人と、これからも一緒にやっていきたいですね。

「ADHDでキャリーケースを忘れる」代表が持つ、広い器

富山さんにとって松本龍拓氏とは

——代表の松本さんは、富山さんにとってどんな存在ですか?

富山さん:一言で言うと最強なんですけど(笑)、もう少し言うと、最初から言っていることが変わらない人です。日本一を目指すという話を、いろんなことがあってもぶらさずに言い続けている一貫性は本当に尊敬しています。あとは人としての器が大きい。本人はADHDで、大阪にキャリーケースを忘れて帰ってくることもあるくらいなんですけど(笑)、それくらい人を許容できる範囲が広いからこそ、僕ら幹部陣も含めて120%の信頼で仕事を任せてくれる。経営者としても、一人の人間としても、すごくリスペクトしている部分です。

5年後、年収3000万円で描く未来

悩んでいる若者へのメッセージ

——富山さん自身、5年後・10年後、どんな人になっていたいですか?

富山さん:僕の人生理念は「感謝」と「正義」なんですけど、それを軸に、5年後、30歳のタイミングで年収3000万円を目標にしています。そのころには最強のグループ会社の一事業を任されるような人間になっていたいですね。

——最後に、挑戦したいけれど一歩を踏み出せずにいる学生や若者に、メッセージをお願いします。

富山さん:悩んでいるということ自体が、実はすごく素敵なことだと思うんです。普通に生きていたら、悩まずに過ごしてしまうことも多いので。だから悩んでいるのはネガティブなことじゃなくて、むしろポジティブなことだと思って、ぜひ周りの人にその話をしてみてほしいです。それこそ、僕たち最強にDMをくれるのでも全然嬉しいので。普段しない小さなアクションを一つ取ってみると、そこから見える景色は結構変わると思います。

会社概要

会社名:株式会社最強

設立:2024年11月

代表者:松本龍拓

事業内容:インターネット・電話回線の加入者募集及び利用権販売に関する代理店業/SNS運用代行及びコンサルティング業/有料職業紹介事業及び労働者派遣事業

所在地:大阪府大阪市浪速区

取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)

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