2026.05.07 / ぶち上げインタビュー
【ぶち上げインタビュー】「考え方一つで、人の可能性は無限大になる」——消防学校で腰を壊し、保険業界で人生を立て直した男。株式会社InsWill・佐藤裕太さん

19歳、東京消防庁の消防学校で腰椎を痛め、人生で初めて挫折した。父親が北千住の喫茶店で号泣した、あの日を今も忘れない。そこから量販店でのポケットWi-Fi販売、ソフトバンクへの社員雇用、22歳・年収600万、ジブラルタ生命での初年度MDRT達成・そして営業所長へ——。走り続けた先で2度の離婚と2人の子、株式会社InsWillの坂本達真代表に出会い、群馬・高崎
この記事の要点
- 01通信営業でソフトバンクへ、保険業界へのヘッドハンティング、1社専属への違和感、そして独立、そこでの失敗。
- 02InsWillはここ5年で全国20拠点に支社を構えるという目標を持っていて、北関東にまだ支店がないので、僕が高崎に支店を構える動きを任されている、というところです。
- 03保険の一番のメリットは「担当者が変わらないこと」によるお客さま満足度なので、保険を軸にいろんな事業を展開していくイメージです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「能力や才能は変えられない。でも考え方は、プラスに変えられる」
19歳、東京消防庁の消防学校で腰椎を痛め、人生で初めて挫折した。父親が北千住の喫茶店で号泣した、あの日を今も忘れない。そこから量販店でのポケットWi-Fi販売、ソフトバンクへの社員雇用、22歳・年収600万、ジブラルタ生命での初年度MDRT達成・そして営業所長へ——。走り続けた先で2度の離婚と2人の子、株式会社InsWillの坂本達真代表に出会い、群馬・高崎を拠点に保険を軸に「トータルライフプロデューサー」を目指している。以下、佐藤さん。
株式会社InsWillは、プルデンシャルTOT出身の坂本達真氏が代表を務める保険代理店。全国20拠点を見据え、北関東エリアのパイオニアとして高崎支社の開設を佐藤さんが担っている。2026年3月、群馬に引っ越し新天地で人生を再構築している最中だ。
秋田県出身、高校卒業までずっと野球、消防士志望。通信営業でソフトバンクへ、保険業界へのヘッドハンティング、1社専属への違和感、そして独立、そこでの失敗。その後坂本達真代表との出会い。32歳、稀有な経歴を持つ佐藤さんに、挫折の瞬間と、そこから立ち直らせてくれた「考え方」について伺った。
会社名:株式会社InsWill
氏名:佐藤 裕太(さとう ゆうた)
1社専属の保険業界に、限界を感じた
「正々堂々とお客様に向き合えなくなった」日の違和感
——まずは、今やられている事業の内容を教えてください。
佐藤さん:今は株式会社InsWillというプルデンシャル出身の坂本達真氏が代表を務める保険代理店で、保険募集と支社の開設に向けて活動をしています。InsWillはここ5年で全国20拠点に支社を構えるという目標を持っていて、北関東にまだ支店がないので、僕が高崎に支店を構える動きを任されている、というところです。
2026年3月に群馬に引っ越してきたばかりで、代理店の視点をこれから考える段階。群馬のマーケットを開拓しつつ、全国どこからも紹介をもらえる仕事なので、全国でこう、いろんな事業展開をしていければという感じですね。
最終的には保険を軸に複数事業を展開しようと思っています。保険の一番のメリットは「担当者が変わらないこと」によるお客さま満足度なので、保険を軸にいろんな事業を展開していくイメージです。
19歳、東京消防庁・消防学校で腰を壊した日
北千住の喫茶店で号泣した、父の涙が忘れられない
——佐藤さんのご経歴を最初から教えてください。
佐藤さん:秋田県出身で、高校までずっと野球をやっていました。ご縁あって東京消防庁に高卒で就職したんですが、消防学校にいた頃に腰椎ヘルニアをやってしまって。神経痛みたいな感じで痛みが今もあるくらい重い状態で、それが原因で消防を辞めたんです。人生で初めての挫折でした。
野球だけで飯食えないと思ってたけれど、それなりにレギュラーでやってきて、社会をなめてたわけじゃない。消防士として東京で頑張ろうと意気揚々と出てきたのに、半年で目の前から「やりたいこと」が消えた。プライドが高かったので、「怪我して秋田に戻ってきた、ダサい。」とか言われるのが想像できて、帰れなかったんです。
東京に出る時、新幹線のホームで母が泣いていた。19年生きて、母が泣いてるのを初めて見たんですよ。その後、父が「もう一度考え直せ」と話しに来てくれた時、北千住の喫茶店で父がめちゃくちゃ号泣してるんですよ。父の涙を、19年生きて初めて見た。「自分は親の期待にも応えられない、何もできない未熟者だ」——あの時の恐怖心と不安感、「この先どうなるんだろう」という感情は、言葉に表せない。今でも忘れられないですね。
イーモバイルからソフトバンクへ、全国1位の量販店販売員に
——そこからどう立て直したんですか?
佐藤さん:たまたま当時のイーモバイル(今のワイモバイルの前身)のポケットWi-Fi販売を、ヨドバシカメラなどの量販店で始めたんです。理由はただ単に「時給が高かったから」。そこで、当時ソフトバンクがイーモバイルを買収するタイミングで、お世話になった営業の方が「お前、営業やれ」と声をかけてくれたんですよ。
当時のイーモバイル/ソフトバンクの営業たちは、みんなパキッとスーツ着て、キラキラしてかっこよくて。「数字取れないやつはいらない」体育会系ゴリゴリの世界。そんな中でヨドバシカメラの店頭に立たせてもらって、全国で一番ポケットWi-Fiを売らせてもらって、それが3ヶ月くらい連続で取れたんですよ。「俺、やっぱりできるかもしれない」という「素敵な勘違い」ができた。
ソフトバンクは当時、大卒しか取らなかった。しかも大卒でも六大学出身が多かった。高卒の僕が社員になれるかと思ったけど、21歳の時に社員試験を一発でクリアして、正社員になれました。そこから25歳までの約5年間、営業を続けました。
22歳で結婚、年収600万、しかし離婚
月手取り25万と養育費の未来に、漠然と「病んでいた」日々
——そして、保険業界へ。
佐藤さん:22歳で結婚して、年収600万ぐらいあって「人生安泰だ」と思いました。大卒の同期にも引けを取らないぐらいでできる、と調子に乗ってた時期。子どもも生まれて——でも、仕事一辺倒だったのが理由で、24〜25歳のタイミングで離婚したんです。
離婚した時、月手取りは25万ぐらいで、ボーナスはめちゃくちゃ高かったんですけど、漠然と「この給料と養育費で、会社員として毎月やっていけない」という自分の未来に、めちゃくちゃ病んでいて。ちょうどそのタイミングでジブラルタ生命の所長から電話がかかってきて、パキッとしたスーツで「人生、一緒に変えようぜ」みたいな熱い気持ちでヘッドハンティングされて、転職しました。
プレイヤーとして2年で1年目からMDRTを達成して、2年目の途中に所長試験に受かって、そこから営業所長を4年半やりました。当時の支社長に「お前は絶対に管理職向いてる、所長で、お前が人生を変えたように、みんなの人生を変えてやれ」と言われたのが、27〜28歳の時でしたね。
30歳前に2度目の離婚、2人の子と養育費20万
前職に違和感
——ジブラルタを辞めたきっかけは?
佐藤さん:ジブラルタ所長時代に収入もそれなりになって、付き合っていた彼女と2回目の結婚をしたんです。でも30になる前にまた離婚して。子どもも2人、それぞれにできていて、20代で2回結婚して2回離婚、養育費20万という、大きな責任を背負った変な人生なんですよ。
それで所長で年収1200万あっても、モヤモヤした気持ちが消えなかった。もう制約なく、お客さまの期待に応えられるビジネスを全部やろう、と。代理店に移籍すれば保険だけでなく、不動産、証券、その他いろんな商材を取り扱いながら、メインの保険でお客さまの役に立っていける。——そう考えて独立したんです。
そんな時に今のInsWillの坂本達真さん(元プルデンシャルTOT)が「うちにおいでよ!」と、誘ってくれてと。保険業界で成功し経営者としても成功している人のもとで学ぶ方が早い、と思って、2026年3月にInsWillに移籍しました。会社の箱を変えるだけで、自分の可能性がこんなに変わるのか、と実感しましたね。
一番きつかったのは、19歳で夢を失ったあの瞬間
当時の上司に渡された、稲盛和夫の本が人生を変えた
——一番きつかった挫折はやはり19歳の時ですか?
佐藤さん:そうです。人の役に立ちたい、人のことを助けたい、守りたい——その信念で消防士になって東京に出てきて、半年後に目の前からやりたいことを失った、19歳のあの時。今頑張れる原動力は、結局そこにあると思っています。
乗り越えたきっかけは、当時の上司に頂いた稲盛和夫さんの本ですね。「人生=考え方×熱意×能力」「能力や才能は変えられないけど、考え方はプラスに変えられる」「考え方がマイナスだったら、能力や才能がいくらあってもマイナスになる」——20歳の自分には衝撃でした。この本との出会いには本当に感謝してます。
そこから「まず考え方をポジティブに行こう」と変わって、ヨドバシカメラのポケットWi-Fiで全国1位を3ヶ月連続で取って、「素敵な勘違い」ができた。僕は「考え方×目標を持つ力×小さな成功体験」の掛け算が、僕を立ち上がらせてくれました。
「会社員こそ、自分の可能性を広げに行くべきだ」
新橋の居酒屋で文句を言う人生では、もったいない
——挫折を経て、変わった価値観を教えてください。
佐藤さん:「人の可能性って無限大だな」と気づけたことが、一番大きいです。その人が与える影響もめちゃくちゃ大きい。だから僕は、人それぞれの「選択肢の幅」や「可能性」を広げてあげられる、付加価値を提供できる人になりたいと思うようになりました。
会社員って、めちゃくちゃ文句言うじゃないですか。「給料が低い、上がらない、残業多い、上司が何もやらない」——その環境で負の感情を抱きながら働くより、自分が気持ちよく働ける環境を探し続けるべきだと思うんです。文句を言うということは、少なからず「自分はもっとできる」「もっとやれる」という感情があるからこそ。それを押し殺すんじゃなくて、自分がもっと輝ける環境を求め続ける方がいい。
僕はこれを「新橋の居酒屋さん」と呼んでいます。ソフトバンク時代、汐留で働いていて、新橋で飲み会になると、隣の席の方が「あいつに給料負けた」「仕事行きたくない」みたいな文句ばかり言う。「この人たち、何が楽しいんだろう」とずっと思ってて。文句を言う会社員は「新橋の居酒屋さんになるな」とよく後輩に言ってました。どっぷり使ったら、抜けられないですからね。
トータルライフプロデューサーとして、地方創生も視野に
AIに代替されない「感情に訴える仕事」を、秋田と群馬でつくる
——今後の展望を教えてください。
佐藤さん:僕は自分のことを「トータルライフプロデューサー」と名乗っているんです。ChatGPTに「こういう人を何て言うの?」って聞いたら「トータルライフプロデューサーでいいじゃん」と返ってきて、勝手に名乗っているんですけど(笑)。
家を借りたい、不動産を買いたい、車を買いたい、いろんなことが人生で起こる。そのサポートを保険だけじゃなく全方位でやりながら、「自分らしく生きられる人の選択肢・可能性を広げる」というのが、僕の人生の目的だと思っています。その上で、「自分が豊かに生きる」——幸せにしますと言う人の多くは「あなたは幸せか」と聞かれると「まだ」と答える。それは違うと思うんですよ。まずは自分が幸福感を得られるように生きる。それが、他人を幸せにする前提だと思っています。
その先にあるのは、AIに取って代わられない仕事です。保険も、不動産も、営業職は一生なくならないと思いますが、残るのは「感情に訴えられる人」だけ。人にしかできない仕事を見つけて、それを事業形態として、覚悟を決めて来た群馬、地元の秋田で、地方創生という形でビジネス展開していきたいと考えています。
読者へのメッセージ
「何度挫折しても2回離婚しても失敗、とは思わない」——挑戦しないほうがもったいない
——最後にメッセージをお願いします。
佐藤さん:何者でもない自分でも、ここまでやれるぞ、ということを伝えたいですね。挑戦しないほうが、もったいない。
何度挫折しても2回離婚していても人生失敗だ、とは正直、今も思っていないんです。こう言うとめちゃくちゃ変わってると言われるんですけど、普通の人は2回結婚すら、そう簡単にはできないですからね。人にはできない経験をさせてもらっている事実もある。次、3回目の結婚も視野に入っています。(笑)
人間の根底にある潜在的な感情に訴えかけながら、その人の可能性を広げていける。そういう人になっていけたら、一番の付加価値を提供できていると思うんです。選択肢を広げることで一人一人が自分らしい人生を歩めるよう支援していきたいと思っています。自分が輝ける環境を自分で選び続ける側に、一緒に行きましょう。
会社名:株式会社InsWill
設立:2022年5月
代表:坂本 達真(プルデンシャル生命出身)
事業内容:保険代理店/全国20拠点展開計画/法人・個人の総合ライフプランニング
本社所在地:東京都港区
法人番号:4011001147420
取材・文:木村光志(株式会社One Rep)
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