2026.06.08ぶち上げインタビュー

ぶち上げインタビュー「営業を、誇れる仕事に再定義したい」——とび職から経営者へ、28歳が描く"日本一の営業会社"という野望。Win Win Line株式会社・花井宏行さん

「営業を、誇れる仕事に再定義したい」——とび職から経営者へ、28歳が描く"日本一の営業会社"という野望。Win Win Line株式会社・花井宏行さん

「歴史の教科書に、自分の名前を残したい」

この記事の要点

  • 01それでも、20歳の頃には「将来お金持ちになる」「経営者になる」「日本を変える」と公言していた。
  • 023年後に100名規模、最終的には売上100億円、そして「自分の島を買って、自分の村をつくりたい」と語る。
  • 033年後に100名規模の組織体を作るのが直近の目標で、売上は10億弱を目指してます。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「歴史の教科書に、自分の名前を残したい」

20歳の頃、すでにそう口にしていた男がいる。

愛知県名古屋市に拠点を構えるWin Win Line株式会社の代表、花井宏行さん(28)。三重県の田舎で生まれ、母子家庭で育ち、工業高校の建築科を卒業後はとび職として現場に立った。手にした月給はいい時で月180万円。それでも、20歳の頃には「将来お金持ちになる」「経営者になる」「日本を変える」と公言していた。

21歳でオープンハウスに転職するも3ヶ月で退社。コロナ禍の真っ只中、訪問販売の道に飛び込み、借金5,000万円、子ども3人を抱えながら、寝ずに働く日々を送った。そして2022年1月、Win Win Line株式会社を設立。今は訪問販売事業から完全撤退し、Webマーケティング・営業代行を主軸に事業を再構築している。

掲げるビジョンは「日本一、人と社会を良くする営業会社」。3年後に100名規模、最終的には売上100億円、そして「自分の島を買って、自分の村をつくりたい」と語る。以下、花井さん。

・会社名 Win Win Line株式会社

・役職 代表取締役

・氏名 花井 宏行

Webマーケティングへ——事業転換のリアル

「BtoCより、BtoBの方が日本を良くできる」と気づいた瞬間

——今、事業はどんなフェーズですか?

花井さん:元々BtoCの訪問販売、特に光回線の代理店営業を主軸にやってきたんですが、来年3月で完全撤退すると決めて、今はWebマーケティングのシステム販売にシフトしています。

具体的に言うと、ホームページ制作からSEO、MEO、AIO対策まで、中小企業向けにパッケージで提供する事業ですね。アパレルのECもやってますし、スマホのイベントスタッフ事業もあるんですけど、伸ばしたいのはWebマーケのほうです。

——なぜBtoCからBtoBに切り替えたんですか?

花井さん:理由は大きく2つあって。1つは、訪問販売って暑い・寒い・雨だ・風が強いって外的要因で言い訳が作れちゃう仕事なんですよ。これを今後、例えば40歳になった社員にやらせられるかなと考えた時に、僕は無理だなと思った。

もう1つは、僕「日本を良くしたい」って言ってるので、それならBtoBの方がマーケットが広いんです。中小企業って日本企業の99%じゃないですか。会社が元気になれば、その下の従業員が元気になって、家族まで元気になる。そう考えた時に、BtoCじゃなくてBtoBで会社を盛り上げる仕組みを売る方が、僕のビジョンに合っているなと。

三重の田舎、母子家庭、空手と野球漬けの少年時代

「とにかく外で遊んでいた」アウトドアな幼少期

——幼少期から伺わせてください。どんな少年でしたか?

花井さん:もう覚えてないですけど(笑)。三重県のめちゃくちゃ田舎で、3歳ぐらいまではおじいちゃん・おばあちゃん、両親、兄弟と住んでいて。家がでかいというか土地がでかいんですよ、田舎だから。なので、ずっとおじいちゃんとバドミントン、野球、テニスをやって、ひたすら外で遊んでました。

スポーツは5歳から空手をやって、小学校5年からは野球を始めて、高校までずっと野球。クラスの中ではたぶん中心人物だったと思います。陽気で、落ち着きがなく。今もあんまり変わんないかもしれない(笑)。

高校進学は「野球をやりたいから」、就職は「中卒のつもりだった」

工業高校・建築科を選んだ、純粋な動機

——高校はどう選びましたか?

花井さん:そもそも僕、高校行く気なかったんですよ。家が貧乏だったんで、中卒で働こうと思ってて。でも中学で野球やめた時に「もう少し野球やりたいな」と思って、高校行く決心したんです。

学が全然なかったんで、オール1とかでしたから、ちょっとマズいなと思って受験勉強して、自分が行けるギリギリの公立に進学しました。

工業高校の建築科を選んだのは、絶対就職するし、なんか建物が好きだったから。それで、就職時もとび職を選んだのは、給料が一番高かったのと、大きな建物だと「これ自分がやったんだな」って形が残るのが良かったからです。

入ったのは、地元では大きなとびの会社で、工場とかショッピングモールを担当することが多かったです。

20歳で「お金持ちになる」「経営者になる」「歴史の教科書に載る」と決めた

とび職時代に立てた、10年計画の正体

——いつ頃から経営者を目指していたんですか?

花井さん:高校3年の就職を決めた時にはもう、お金持ちになりたいと思ってたんです。じゃあお金持ちって誰なんだろうって考えて「あ、社長だな」と。じゃあ自分は社長になろう、と。

その時はオーダースーツのブランドを立ち上げたいなと思ってて、10年後にそれを立ち上げるプランを立てて。最初の5年は手に職をつけて食いっぱぐれないようにしようということで、とび職を選んだんです。

——歴史の教科書に載りたい、という話もありましたよね。

花井さん:はい。総理大臣になれば歴史の教科書に載れるなと思ったんですけど、時代を追っていくと、革命とか何かを起こした人が載ってる。だから僕、日本を変えたいなと思って。

特に子どもができてから、その気持ちが強くなりました。今の僕たちの世代ですら年金問題とか少子高齢化って言われてるのに、子どもの世代になったらどうなるんだって。先人がつないできてくれたから今の僕たちがあるなら、今度は僕たちがつないでいかないと、その先がない。だから独立して、若い子たちを引き上げていける会社にしたいなと思ったんです。

借金5,000万、子ども3人、コロナ禍——独立直前の崖っぷち

寝ずに働き、バイトを掛け持ちした2020年

——独立する前後、相当苦しい時期があったと聞きました。

花井さん:20歳になる年に結婚して、その時点で子どもがいて、家も買ってたんですよ。だから住宅ローン3,000万に、自分のいろいろな借金が2,000万。ギャンブルとかでめっちゃ負けまくったりして。

固定費だけで月60万持っていかないといけなかったので、マジで寝ずに働いてました。

——独立のきっかけは?

花井さん:とび職を辞めた後、1年弱だけ営業力をつけたくて2020年1月に大手不動産会社に入ったんです。高卒なんでめちゃくちゃいびられたし、シンプルに給料がきつくて、3ヶ月で辞めました。

ちょうどコロナ第一波の時期で、外に出て営業もできない。だから3月末で辞めてから7月までは、ずっとバイトしてました。営業が始まってからも、昼は営業、夜はバイト。業務委託で入金が翌月だから、回らないんですよ。

家族にもいろいろ制限があって、朝は子どもを送ってからじゃないと働きに行けないし、5時には絶対帰ってこないといけない。働ける時間も限られてる。あの時期は本当にしんどかったですね。

営業の師との出会い

コロナ禍の独立、そして光回線営業のスタート

——独立のきっかけになった、その「社長」とはどう出会ったんですか?

花井さん:不動産会社にいた時、外で声かけしてるんでめちゃくちゃ逆に声かけられるんですよ。いろんな社長や人事の方が「うち来ない?」って。オープンハウスで外でやってる人ってめちゃくちゃ気合入ってるから、目をつけられるんですよね。

その中で、唯一頭に残ってた人がいて。僕の11個上、今もうすぐ40になる方ですね。

ちょうど辞めるタイミングだったので、3月末に退社してすぐ電話して。その頃から何度かお話しするようになって。その方のもとで働くことになりました。その人が、僕の本当の営業の師ですね。

2024年、社員ほぼ全員が辞めた——パワハラの自覚と組織の再構築

「家族を大切にしてほしい」と本気で言える組織にしたい

——会社経営で、一番しんどかった出来事は?

花井さん:2024年は、僕の会社の社員、ほぼ全員辞めましたね。20何人か。

僕、もともとパワハラがひどかったんですよ。言葉の暴力ですよね。それで、辞めちゃいました。

そこから組織のあり方を本気で考え直して。うちの会社、営業会社にしては珍しいと思うんですけど、社員みんな彼女がいるし、結婚してるんです。家族を大切にしてほしいというのが、僕の中ですごくある。

営業って「物売り」とか「嫌われ仕事」とか、立ち位置の低い職業っていうイメージじゃないですか。僕はそれを払拭したい。だって僕自身、営業に助けてもらったし、営業のおかげで人間関係もどんどん良くなった。だから営業を誇れる仕事にしたいし、「なりたい職業ランキング」で営業が1位になるような、そんな会社をつくれたらと思ってます。

5月から1人新しいメンバーが入って、新しい風を入れてくれてるので、なんとかなりそうな感触はありますね。

3年後に100人、最終的には100億円、そして「自分の島」をつくりたい

日本を変える

——今後のビジョンを教えてください。

花井さん:企業ビジョンは「日本一、人と社会を良くする営業会社」。3年後に100名規模の組織体を作るのが直近の目標で、売上は10億弱を目指してます。最終的には100億円規模まで持っていきたい。お金持ちにもなりたいですし(笑)。

とび職から営業会社の経営者になった人、見たことない——挑戦に迷う人へのメッセージ

「職種に縛られず、別にやればできるよね」

——最後に、挑戦したいけど一歩踏み出せない読者にメッセージをお願いします。

花井さん:僕、たぶん珍しいと思うんですけど、とび職から営業会社の社長やってる人ってあんまり見たことないんですよ。

別に高卒だろうが、中卒の人もいるし、上を見ても下を見てもキリない。だから、どんな職種からでも新しいことはできるかなって、僕は思ってます。

「私はこれ無理」「自分はこれ無理」とか、職業に縛られるのが意味わかんないっていうか。別に、やればできるよねって思ってるタイプなんで。

そこじゃないですかね、結局。

・会社名 Win Win Line株式会社

・設立 2022年1月11日

・代表 代表取締役 花井 宏行

・事業内容 営業代行、Webマーケティング(SEO/MEO/AIO)、訪問営業、代理店営業、新規開拓、アパレルEC事業、太陽光発電事業(関連会社)

・所在地 〒455-0822 愛知県名古屋市港区甚兵衛通3-22-22

・従業員数 13名(パート・業務委託含む)

・HP https://winwinline.net/

取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)

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